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festival−祭り 右手の親指と左手の人差し指、左手の親指と右手の人差し指をそれぞれ軽く触れさせれば、即席のフレームが出来上がる。そのフレームが切り取る景色は――。 思わず池沢ヒロは息を呑んだ。 深夜零時をとうに回った都会には、猛スピードで国道を走り抜けていく車があっても歩く人の姿はまったくといっていいほどない。 そんな中、池沢ヒロのフレームに捉えたものは、神鎮まる社へと続く道。 連なる提灯が緩く灯された淡い光を湛えている。 昼間は賑やかだったその通りにも静寂が訪れて、けれど一日中灯された光はうるさいぐらいにその場に賑わっていて――。 けれど、今はそうではない。普段なら今は寝ている時間だ。そうでなくとも外を彷徨いている時間ではない。 ヒロは呆然と立ち尽くしていた。 その人のいない光景に魅入っていた。 人がいない中に感じる気配。 圧倒される力。 この場に本物のカメラがあったならば、すぐさま連続でシャッターを切っていたに違いない。 ヒロはその光の中の目に見えない気配を心の眼に焼き付ける。 気がつかないこと。世の中にはたくさんあることだろう。 これもその一つに違いない。 流れるメロディーはリズムに乗る。 その活気ある光景に圧倒されヒロは人混みの中、立ち尽くしていた。 既に真夜中にあった神気は消えさり、神社前は人の活気で賑わう情景。 夜とはまったく違うリズムの中、神を奉る輿は揺れる。そのダイナミックな波の中に彼女――江田衣久はいる。 捻り鉢巻き、反らしの浴衣。 唇を彩る鮮やかな紅が彼女の気質そのもののような気がしてヒロは微笑ましく眼を細めた。 ワッショイ、ワッショイと神輿を担ぐ中に埋もれるようにしがみついている衣久。 ヒロはすっと腕を持ち上げ、脇を締める。ぐぐっとボタンを押す指に力を込める。 いつもなら筆を持つその手に今日はカメラを持ち、瞬間を狙う。 「衣久!!」 ヒロは叫んだ。 笛の音と共に、掛け声と共に、その呼び声が掻き消えたとしても、それはそれで構わない。 ――これはちょっとした賭けだから。 ワッショイ、ワッショイ。 「…………」 ピ、ピッ、ピ、ピッ。 不意に彼女の顔がぴくりと上がる。彷徨った瞳が何かを捜しだす。 その刹那、ヒロはここぞとばかりにシャッターを切った。 彼女のどんな表情がこのカメラに残されているかは分からない。カメラ目線かもしれないし、そうでないかもしれない。怒った表情かもしれないし、驚いた表情かもしれない。 それは現像してからのお楽しみだ。 けれど、それで良いのだ。 だって、すべてそれはヒロの望むところだからだ。 (……だけど――) 苦笑混じりにヒロはカメラを目線の位置から下げた。 今、彼女はむくれた表情でヒロを睨んでいる。少し、その頬は紅潮しているだろうか。 だから、願わくば彼女が驚いた後、一瞬垣間見せたあの笑った表情がこのカメラの中に納められていれば、最高ー!! だと切に願う。 「好きだよ。衣久」 ヒロは一音、一音はっきりと区切って唇を動かし、彼女に向けて照れくさそうに小さく手を振った。 <fin> |
あとがき 何が書きたかったよく分からないもの……その一。 いや、本当に人気のない神社ってちょっと不気味よ、と描きたく、 加えてヒロは衣久に惚れてますと……。 その後の衣久の反応はご想像にお任せします(爆) |
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