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     fireworks−花火

 身体の芯から震わす響き。
 まるで地の底からわき上がるようなのに、
 その実、天へと舞い上がる光と炎。
 一瞬の煌めき。
 その一長一短に観客は歓喜とも落胆ともとれるどよめきが起きる。
「…………」
 池沢ヒロは視線をキャンパスに落として、苦笑いを浮かべた。
 この夜空に映える夏の風物詩を写真のように切り取ることは困難だと気がついてしまう。
 なぜなら、こんなにも人を惹きつけてやまないのは――、

 ――煌めきが一瞬だからだ。

 中空に永遠に輝いていたら、それこそたかが火薬の炎に人は興味を持たないだろう。それならば、遠く宇宙の神秘に包まれた星々のほうが余程興味をそそられるに違いない。
 身体を震わせる低い振動。耳を貫く高い音。目に焼き付いて離れない色とりどりの光。
 そのどれもが印象的で、全てをこの真っ白い紙に書き写すなど不可能だ。
 いくら描いても描いてもこの実物には敵わない。
 そう思ったら、溜息しかない。
 不意に隣に座っている江田衣久をヒロの目は留まった。
「…………」
 空に向けた顔は動かない。まるで石像のようだ。
 だけど、視線をその目に向ければ――、
 キラキラとその濡れた瞳に空の華を移していて――……。
「…………」
 思わずヒロの喉は上下した。
 切なそうに緩みきった表情。細められた瞳。
 言い表しがたい衝動。
 再びヒロは視線を落として、白い画面を見つめた。
 胸に込み上げてくる想い。
 キャンバス上に吐きだしていく。
 一心不乱に暗い手元も気にならないほどにヒロの手は勝手気ままに動いて、形を為していく。
 今一、筆が進まなかったのが嘘のようにどんどんと……!
 膝を抱えて、座る衣久。
 髪を結い上げて覗くうなじ。
 見上げる表情は、何よりも陶酔しきっていて、わずかに開いた口元は芸術品だ。
 一瞬の華が与えたのは、奇跡のような美しさ。
 描き止めておきたいのは、空の、華ではない。
 地上の、この世にたった一つの華だ。
 胸が高鳴る。
 響く振動、舞い散る音に、微妙に変化する表情を……。
 その一瞬を書き留めていく。

 何故だろう?

 いつも一緒にいて見慣れた顔だと思っていたのに。
 この暗がりで見る彼女の表情は、なんだが日だまりで見る彼女とは違う。
 いつになく艶があって、けれど、決して彼女らしさが失われていない。
 明るくて、ちょっと怒りっぽくて、拗ねやすい。でも、子供のような喜怒哀楽は案外に清々しくて……!
 なんとも言えない表情を――……、
「……花火、終わったんだけど――」
「!?」
 耳元で囁かれた、ちょっと低めの声にヒロはびくりと首を巡らした。
「…………」
「…………」
「……――肖像権の、……侵害」
 ぼそりと呟かれたその一言は、明らかにヒロの集中力を切らした。そして、はたと現実に引き戻されて、
(た、確かに……)
 こんなにも衣久に近寄られて、熱を感じているのに、背に冷や汗が流れるのをしっかりと感じてしまう。
 流れゆく人混み。
 花火を描くはずだったキャンパス。
 二人の周辺では確かに時間が刻まれているのに、二人の間は時間が止まってしまったように、
 ――動かない。
 じっと見ている衣久の威圧は凄い。
 なんだか分からない、緊張にヒロは苛まれ、
「……花火をスケッチするつもりじゃなかったのか?」
 その予定ではあったのだが、
 ヒロの目は中空を彷徨う。
 こういう時にあの大輪の花火がぱぁっと打ち上がってくれたなら、ごまかせるのに……。
 今更ながらヒロは悔やんで、
 でも、動く気配のない衣久に観念せざるを得なくて、
 再び彼女の顔を覗くと――、
 案の定、ばっちりと目があった。
 強い眼差し、虚偽を許さない瞳。
 目は口ほどにものを、言う……。
 さぞかし俺の頬は引きつっているだろう。
 しかし、それが精一杯だ。

「……予定変更、衣久のが――……」

 ――……夜空に映えた。

 語尾は消え去ったに違いない。
 意味が分からず、きょとんとしてしまった彼女。
 無理矢理視線を外した俺の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。

 お願いだから、これ以上は……、
 言っている俺だって恥ずかしいのだから……。

 大きくヒロの心の中で大輪の華が打ち上げられたのは言うまでもない。

 <fin> 


あとがき
第三回は予告通り(?)ヒロの視点でした。
つーか、ヒロかなり怪しい人化してるような……(汗)
この二人の主導権は、やっぱりね。
あはは! ヒロがんばれ!

 

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