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     impression−印象

「おまえにはそう見えるのか」
 そう隣の奴が言ってきたので、自分も大げさに相手のカンヴァスを覗き込んだ。
「ふうん」
 と唸って、池沢ヒロの顔とその絵を見比べた。
 顔に似合わず、優しい色彩の絵を描く奴。柔らかいタッチで、必要とする輪郭だけがある絵。
「あんたにはこう見えるんだ」
 興味深げに含みを持たせて江田衣久はのたまった。そして、自分の絵と見比べる。
 衣久の絵は、冴えた色で堅いタッチの絵。しっかりとした輪郭のある絵だ。
 二人は無言で絵を見比べていた。本当に興味深げに。
 偶然、同じ題材を選んだ。知り合ったばかりの二人。
 
 
 辿り着いた時はお互い睨み合った。ここは自分の場所だ、と所有権を主張して眼に力を込める。いがみ合いながら、それでも何故か隣に腰を下ろしていた。
 こちらを見るな。
 ――お互いの、無言の了解。
 それでも、意識せざるを得ないのは――、お互い様で、
「…………」
「…………」
 雲は勢いよく流れゆく。新芽の芽吹きは風にのって二人を包む。白爪草と蒲公英が敷き詰められた絨毯の上。二人が見つめるものはただ一つ。
 隣でいそいそと動く筆。
 絵には心血を注ぎ込む。そうして描かれる絵はその人物の人となりを表すから。
「――――」
 ――だから、気にならざるはいられない。
「――――……」
 ここを選んだヒロと衣久は同志。――でも、ライバルで。
 今、お互いが意識しているのは確実で、目線以外の第四感で探り合っている。
 硬直した時間。
 ヒロと衣久が行動を起こすのは同時だった。
 カンヴァスを抱え、お互い相手に見られないように、相手の絵を覗き込む。
「何だよ」
「何よ」
 睨み合い、絡まる視線。
 どちらともなく後ろめたさを隠して。
 
 
 見せ合ってしまえば、なんてことはない。
 二人は、衣久の小さな笑みを契機に肩を潜めて笑い合った。
「あーぁ、やんなっちゃうな〜」
 衣久は寝ころび、絵を空に掲げた。
 同じもの見ているはずなのに、
「どうしてここまで違うんだろうな」
 ヒロの言葉に衣久が大きく息を吐く。
「悔しいけど、やっぱり――あんたの絵、好きだよ」
 衣久は空気を震わせた。自分の絵を抱えて、観念したように瞼を下げて。
「! ――――……」
 言葉ないヒロ。
 きっといきなりの告白に驚いているに違いない。だって、二人は今までライバルだったから。
 何年目の告白だったろうか。
 いつも同じ題材を選ぶいけ好かない奴。
 考えることは、これほどまでに同じなくせに、
 描く絵はここまで違う。
 いけ好かない奴。
「……――俺も」
 風に乗って衣久の耳に届いた。
 不意に隣のヒロに眼球を動かすと――、
 ヒロはいつになく神妙に面持ちで、唇に指をあてがっていた。
 ヒロの考えるときの癖だ。
「?」
 そうして、自分に向けられたヒロの視線にどきりとするのは何故だろう。
「俺も、おまえの絵が好きだ」
 春の木漏れ日のごとく爽やかな微笑。
「同じこと、考えてるのに――どうしてこんなにも違うんだろうな」
 笑みが零れあう。
 
 
 自分にはない世界を見るヒロが好き。
 自分と同じことを考える衣久が好き。
 
 
 ――ただ、それだけのことだった。
 
 <fin> 


あとがき
まー、めっちゃくちゃ唐突な始まりと終わり、
小説と呼べるのか謎(爆死)
マルモッタン美術館展より浮かんだネタです。
まー、これからのヒロと衣久を見守ってやってください。

 

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