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minus_ion−マイナス イオン どんどんと変わる。一心不乱に見つめる景色とは裏腹に、目の端に飛び込んでくる映像は横にすらりと伸びていく。 ふと見上げた空は絵というよりも、グラビア写真に近く、 いや、本物には写真も絵も敵わない。 飛び込んでくる光はクリスタルのように輝いて、当たり前のごとく瞼の裏にその残像を残す。 手をかざすのは、勿体ない。けど、ナニモノにも変えられない唯一つを覗くには必要不可欠で、どうしても――、 ――見タイ……!! 前を見据えた。ゆっくりと姿勢は前のめりに、 握る手に力を込める。 その想いだけで慎重に一歩を蹴る。 ペダルにかかる足。 ひたすら動かす腿の筋肉。 全てが連動して、収束に向けて動き出す。 目的の場所を目指して――!! 一心不乱だった。 溜まらなく見たくなる時がある。 桜がメインな季節が終わると、ふと人は常の生活に没頭して巡る季節を忘れてしまう。 けれど、そうなればなるほど、季節はあっという間。 でも、立ち止まったときに無性に見たくなるものがそこにある。 その瞬間にしか見ることはできない。 手をかざせば、網の目のごとく広がる赤い血潮。 それと同じだ。 みなぎる養分を蓄え、これでもかと顔をあげて、太陽へと向けて伸びようとしている。 光に翳されると、生命の供給路を小さいながらも主張して、見とれるほどに瑞々しい。 ――新緑の若葉。 自分は生きている。 それを実感したくて、今、この瞬間を駆けている。 清冽な太陽。 清々しい空。 撫ぜる風。 そして、 ――未知の力を蓄えた新緑……! この東京の空に最も足りないもの。 ああ、見たい。見たくて見たくて堪らない。 見ると心が洗われる、その色に出会いたい……! 黒く塗りつぶされたアスファルトしかない、この異常な世界に、それでも一生懸命在ることに切なくなる。 ふとした瞬間に、雑踏に紛れているその時に、 無性に見たくなるのだ。 衣久は目的の地に向けてひたすらペダルを漕いだ。 この瞬間、瞬間にもぽつりと緑に出会う。 けれど、今見たいのは、溢れるほどの新緑。 がさりがさりと葉ずれの音と共に天へと伸びる若葉達の大群! 「…………」 衣久は自転車から降りて、辺りを見回した。 大きな池には蓮の葉が浮いている。夏に向けての準備をしようとする、堅いつぼみの脇を抜けて――、 桜の木の下に入る。 あの儚さと人の狂気を誘う薄紅色の世界とは別次元の木漏れ日の下に――、 「――――……」 「やっと来た」 「…………」 思わず衣久の唇はとんがってしまう。 行き交う人の中で、どう考えても邪魔な位置で立ち止まっている人物。衣久の目線は自ずとそいつの踵から上部へと動いた。 そうして、タイミング良く振り向いた奴は……! 「なんで……あんたがここにいんだよ」 「俺も見たいと思ったから」 さらりと言われてしまうと、困ったものだ。 この男、池沢ヒロには何故か衣久の考えていることを読まれてしまう。 「行くんだろ? 美術館」 ガラス面で囲まれた小さな空間がある美術館。 衣久はそこのソファーに腰掛けて、襲いかかってくるように視界を刺激する新緑と戯れるためにわざわざ自転車を走らせてきたのだ。 「…………」 恨めしく睨みつけてみるものの、太陽しか見ていない若葉と同じくまったく動じようとはしないヒロ。 どうにかして一矢を報いてやりたい。 ねめ回すようにヒロを見て、目に留まったのは――、 「それ見せてくれたら」 一緒に行ってやる。 この間とうとうこんな奴に告白してしまった。 恋人同士というほど仲が良いわけでもないが、コイツの絵が好きなのは紛れもない真実で。 指差した先には――、 「ああ、これ」 目線の先には、大きな鞄。スケッチブックがはみ出している。 「先に来てたんでしょ?」 にこやかな笑み。衣久のきつい視線とは正反対。 「そんなに早く来てたわけじゃないけど」 それでも数枚は描けてるだろう。 「わかった。んじゃ、早く行こうぜ」 あそこは人気スポットなんだ、と言い様、衣久の指差してのばされた腕をヒロは掴んだ。 「うわッ」 まったくこの男は思った以上に強引だ。それも行く先行く先で現れるから質が悪い。 ずんずん進むヒロの耳にはまったく衣久の言葉は入っておらず、衣久の気分は諦めモード。 まったく、こういう時は、 未来しか見つめていなくて、我が儘な、けれどその柔らかい色と感触を備えた、 若葉を視界いっぱいに味わいたいものだ。 でも、それってもしかして、人間で例えたら――……コイツみたい? …………。 それも嫌だなぁ。 <fin> |
あとがき さて、第二回はどのような感想を持たれてでしょうか。 衣久の行動は実際4月終わり頃私がしたそのまま(笑) それも徹夜明けに。どうしても見たくなってしまったのだ。 ヒロに関してもおいおい←おい |
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