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「メノット」 「寒い・・・」吐く息は白く、手袋もしていない手は悴んで感覚がない。 ポケットに入れていたとしてもあまり効果はなかった。 出てくるのは寒い、という独り言とため息。 (もう、帰ろっかな・・・) 時計を見ればもう11時を少し過ぎている。 千秋に言われた30分はとっくに過ぎていた。 あと10分・・・と思っているうちにもう2時間近くたってしまった。 (ほんと、わたし何やってるんだろ?) 今ごろあの男は見知らぬオンナとよろしくやっているかもしれないというのに。 寒い中ただじっと待っているだけの自分がばかばかしくなってきた。 本当は、今日直江と会うことが楽しみでならなかった。 元は男で、400年以上男をやっていたとしても今生の17年間で染み付いた“女の子”としての人格は消せるものじゃない。 別にイベントごとには頓着しない性格だが今日は特別な気がした。 だからいつもより少し早めに起きて、いつもはマスカラくらいしかしないメイクを念入りにやってみたり。 いつもは着ないワンピースを着てみたり、いつもは履かないヒールのあるブーツを履いてみたり。 普段の自分と違うことをするのは、自分ではない何かになるような気がして、少しくすぐったかった。 ドキドキして家を出ようとしたときにかかってきた電話。 直江の謝る声に、今までのドキドキがすっと引いていくと同時に一人浮かれていた自分が馬鹿らしくなった。 気がつけば千秋の部屋のドアを叩いていた。 千秋は迷惑そうにしながらも何も言わず部屋に上げ、そっとしておいてくれた。 そんな心遣いに少し興奮が醒めると、直江に対する怒りと共に一つの疑念が浮かび上がってきた。 もしかしたらオンナかもしれない、と。 何度目になるかわからないため息は白く、わたしはしゃがんでいたドアの前を立った。 もう帰ろう。 あきらめる事には慣れている。 帰ったら暖かいジンジャーミルクティーを飲もう。 それからラベンダーのバスソルトを入れたお風呂にゆっくり浸かって。 エレベーターは一階にいたが、わたしがボタンを押す前に動き出した。 点滅する表示を眺める。 それは今わたしがいる階で止まった。 ポーン 軽やかな音をたてて、扉が開く。 「・・・」 「・・・」 どうやら慈悲深き主はまだわたしを見捨ててはいなかったらしい。 扉の向こうに現れたのは相変わらずのいい男で、びっくりした表情でわたしを凝視していた。 「まさかあなたが来て下さるなんて思ってもみませんでしたよ」 男は嬉しそうに笑い、わたしを部屋に招きいれた。 部屋はしんと冷えきっていた。 「わたしも、お前が本当に仕事だったなんて思ってもいなかったよ」 直江の口調をまねて皮肉ってやった。 朝の電話は嘘ではなく、本当に直江は仕事だった。 直江は兄の経営する会社を手伝っており、その兄の頼みはなかなか断れないらしい。 わたしの皮肉にも直江は小さく笑うだけ。 キッチンに入り、ケトルをコンロにかけた。 エアコンが起動し、温風が部屋全体を温め始めている。 「寒かったでしょう?」 いつの間にか近づいてきていた直江がわたしを包み込むように抱きしめた。 「こんなに冷えて・・・」 「そう。女の子に冷えは大敵っていうだろ」 「すみません」 直江はクスクスと笑いながら謝罪を口にする。 こいつ、反省してないな。 身体を包むスーツからは、いつも直江がつけている香水とタバコの匂いに混じって冷たい外気の匂いがした。 直江の淹れたミルクティー(残念ながらジンジャーがなかった)を飲みながら、わたしは直江に今日のことを話す。 千秋と出かけたこと。 本当は一緒に観るはずだった映画。 直江と一緒だったら絶対食べる事がなかっただろうタイ料理。 そして、本当は今日会えることをとても楽しみにしていた事・・・。 隣に座った直江の腰に手を回し、ぎゅっと抱きついた。 常になく甘えるわたしに直江は一瞬びっくりしたようだが、すぐにその大きな手はわたしの背を撫ではじめた。 「すみませんでした。でもどうしても断れなくて・・・。さっさと切り上げてあなたのところへ行こうとしたのですがなかなか 用件が片付きませんでした。しかもようやく片付いた時に重要な物を忘れたことを思い出しまして・・・」 「重要なもの?」 顔を上げたわたしに、直江はいたずらっぽい笑みを向けた。 そして腰に回っていたわたしの腕を外させ、寝室に入っていった。 わたしは直江の消えたドアを見つめる。 するとすぐにドアは開き 「手首を出して」 言われるがままに差し出した手首に嵌められたのはピンクゴールドに輝く少し太めのブレスレット。 「これ・・・」 「“メノット”―――手錠ですよ」 直江はそう言って持っていた鍵らしきもので止め具の部分を閉めた。 手首にはまったそれは適度なボリュームがあって、本当に手錠のように感じた。 直江は自分の手首と、わたしが今嵌められたのよりサイズの大きなもの 「今度はあなたが閉めて」 そう言って鍵らしきものを差し出した。 わたしは言われるがままそれを直江の手首に嵌め、止め具を閉める。 直江はそれをじっと見ていた。 そして付けおわるとブレスレットを嵌めたわたしの手を取り、指先から順にブレスレットへとキスを繰り返した。 「ごめん。わたしクリスマスプレゼント持ってきてない。」 「構いませんよ。今日、あなたに会えた事で十分です。」 直江の唇が触れる手首が熱い。 金属の硬さと直江の唇の柔らかさに不思議な感覚を覚える。 「ありがとう」 「手錠を送ってお礼を言われるなんて変な感じですね」 そう言って直江は笑い、わたしも笑った。 そしてまだ笑みを刻んでいる直江の唇にそっと触れる。 「お前になら、手錠をかけられてもいいよ。でも、その片方はお前につながってなければ嫌。」 直江はびっくりしたように小さく目を見開き、わたしを凝視した。 何かを探るようにわたしを見つめていたが、やがて諦めたのか、ふっと表情を崩し 「あなたは本当に残酷だ」 そう言って、ぎゅっとわたしを抱きしめた。 それは縋りつく、という形容がぴったりな抱擁だった。 |
※ 謝辞 ※ ぐはッ 高耶さん激白vv ノックアウトゥゥゥオオ!!(直江じゃないんだから!) 可愛らしい高耶さんありがとうございました。本当に可愛かったです。 いただいた時は、ともかく高耶さんが風邪を引かなくて良かった。良かったと一安心。 注・私は高耶さんあってのミラと思ってますんで!(視線そらし) こんな穏やかな中でちょっとぎこちなめな直高大好きです! 甘酸っぱい直高ありがとう。 願わくば 二人に一時の優しい休息を ――forever and a day ではでは、 ニケ様 本当にありがとうございました! たつみ れい |
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