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〜 祈り 〜 ふと隣を見ると私と同じようにツリーを見る居候の姿があった。 私は気が付かれないように息を吐いて、そんな彼の姿を盗み見た。 近すぎず遠すぎず私に寄り添う彼は私が見ていたように現在ツリーを見ている。 「…………」 慣れというものは恐ろしいものだ。 規則正しく点滅を繰り返す光は多かったり少なかったりまちまちだ。 かれこれ居候がやってきてから三週間が経過した。 私はいつのまにか、こうしてこの居候が隣を歩くことを許している。本当に三週間前では考えられないほどの関係の進歩だろう。 なにせ二人で出掛けるなど特売目当てに近所のスーパーに行ったことぐらいだった。それに比べれば、町に出た理由が居候の日用品、特に服を買うこと……であっても確かに進歩なのだろうと思う。 たしかに居候の出掛けたい理由を知って唖然としたし、そんなくだらないことに付き合わすな! 一人で行け……! と軽い(?)癇癪を起こしたが、まー出掛けてみれば悪くはなかったと今は思う。なにせプレゼントとディナーが用意されれば、斜めった機嫌も直るというものだろう。 そんなこんなで、こうして居候と二人、今日の締括りとも言うべき、この巨大クリスマスツリーを眺めている。 「――千秋は」 じっと隣に立つ連れの視線がこちらへと移る気配に私はほんの少し緊張した。 けど、私も視線を逸らさなかった。逸らすどころか――、 「千秋は、好き?」 じっと私を見る眼を逆に覗き込んでやった。 「――――……」 こんなに近くで千秋と顔を突き合わせたのは初めてかもしれない。彼の瞳に私が映っていて、私の瞳にも彼が映っているだろう。 その瞳を見て、私は強い瞳だと思った。 私はこんな眼をした人間を生まれてこのかた見たことがないとさえ思うほどに。 眼鏡の奥に潜む瞳は強くて、強くて――哀しいほど強くて。 「こういうの」 私に促されて彼はもう一度飾り付けられたツリーを見た。 さっきまで私を映していたその瞳に映るモミの木はどのように見えるのか。 下瞼がすっと持ち上がり、やがて唇は笑みをかたどって。それは判るか判らないかのほんの些細な表情の変化のコマ送り。 そして、最後に彼の表情の行き着いた先は――。 「嫌いじゃねーな」 わずかに笑った。その、たまに垣間見るその微笑が。 「……――そう」 私はふいと視線をずらして、軽く唇を引き結んだ。 「南都?」 ……無意識だから質が悪い。 そんな声で呼ぶな……! と思った。無性に腹が立ってくる。いつものように揶喩してくれるほうがどれだけマシか。……この居候は理解っちゃいない! よくよく見れば、この場にいるのは私達以外は彼氏彼女の関係の人たちだらけだ。もう親子連れ家族のいる時間帯でもない。 まったく、この居候は、と私は複雑な想いで相手を見上げ睨んだ。 千尋の言っていたとおり、そんじょそこらにいる男とは比べものにならないほどの一級品だった。もう認めよう。認めてしまえ……! と私は思った。だが、それはイイ男とか、格好いい男とか、そういうレベルの話ではなく、『人間』として一級品なのだと思う。でなければ、あんな眼差しができるはずが、ない……! 私はゆったりと歩きだした。恋人たちを掻き分け掻き分け進む。 その後に無言でついてくる居候。 私は知っている。彼が何を欲しているのか。なぜこんなにも腹が立つのか。 だけど、それ自体を認めたくはなかった。知らないでいれば、彼を失うことはない、と無意識で知っていたから――。 ずいぶんと長い時間、私と居候は無言であった。電車の中もバスの中も。 何となく話すことがなかったのだ。話すこと自体は捜し出せばなんとはなしにあったのかもしれないが、敢えて私から話題を振ることはなかった。振れるほど私たちの仲は未だ成熟したとは言いきれない。 だから、私はバスに乗って外を眺めていた。 暗闇の中に光。 連想ゲームのように今日の出来事、特にツリーのことが思い出された。 思わず感嘆してしまうほど、きれいに飾られたツリーだった。が、共に思い出すのは――。 嘆息したくなる。 あんな淋しい表情。今にも消え失せてしまいそうな。 無理をしているのは見え見えだ。 そう思うと、 私はちらりと隣を見て、ゆっくりと息を吐いた。 そして、私は一つの決心と共に降車ボタンを押した。 |
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