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   〜巡り逢い編〜


 雑踏は嫌だ。
 そう思ったのはいつぶりだろうか。
 自分は決してこの人の流れに身を委すことを嫌いではなかった。むしろ好んで身を委ねていたほうだと思う。
 虚ろいやすい時間(とき)の流れ。それに流されいく自分自身。
 俺はその感覚が嫌いではなかった。けれど、今はそれすらもが煩わしいと思える。
 ……時間の流れは――……想像以上に残酷で。
 不変であることはなく、決して変わらないものがないのが自分自身だけ、だと嫌でも認識させられるものだ。
 その感覚に悩まされ続けければ、俺の知るあの尊く強い魂でさえ疲弊は免れないのだ。
 俺は皮肉気に口端を吊り上げた。
 誰も頼ることは……できない、と思って天を仰ぐ。
「…………」
 あの強い霊魂(たましい)でさえ蝕まれる時間という名の猛毒が俺自身から何を奪っていったのか。
 少し乳白がかった空には雲はない。
 結局、俺が行き着いた先は都会の真っ只中にある小さな寺院であった。都会を離れるわけでもなく、紛れるでもなく――……。
 毘沙門天のおわす社。
「――結局」
 俺の人生――……。
 共にあり続けたのは――。
「あー……情けねえ」
 こんなことぐらいでこんなに凹むなんて予想外だったと俺は頭を抱えた。
 今頃になって――、
「……直江の気持ち分かったかも」
 俺は力なく笑みを浮かべた。
 あの人に絶対、忘れられるはずがないと思っていた俺の自信はどこから来ていたのか。
 所詮、忘却には人間勝てはしないのだ。
 四百年以上の絆だって意味をなさない……。
 それでもどこかで……信じていた。ただの石ころが宝石であると信じて疑わなかったことが、

 ――……滑稽すぎて、

(――嗤っちまう)



 俺はふと閉じた瞳を開けた。
「…………」
 なぜ開けたかというと――、
「……ッくしょんッ」
 ……寒かったからである。しかし、起きて正解であった。もう太陽は傾き、空は茜色にうっすらと染まり初めていた。これから冬になろうしている季節だ。いくら小春日和だろうと、夕方になれば寒い。
 けれど、俺の頭はまだ寝ていた。
「……ここ」
(――どこだ?)
 周囲を見渡せばあまり見覚えのない景色が広がっている。俺は戸惑いながら上半身を起こすと、ふぁさりと俺の肩から何かが落ちた。
「…………」
 拾い上げてみると、それは男物のジャンパーだった。
「……? なんだこれ」
 疑問符のとおりそれは俺のものではない。なぜ俺にかかっているのか。まぁ、寝ている間に親切な誰かがかけてくれたに違いないのだが。
 誰だ? と眉をひそめていたその時、
「そんなところで寝てると風邪を引いたでしょう」
「!」
 背後の声に俺はぎょっと振り返った。
「…………」
 にこにこした作務衣姿の、たぶんこの寺の住職が立っていた。
「引かなかったかい?」
「……」
 なんと答えていいものやら。まだ寝ているらしい俺の頭は答えを引き出せないでいるうちに、
「まぁ、寒いから上がりなさい」
 と、言ってささっと母屋へ行ってしまった。
「…………」
 俺が付いてくるかも分からないのに、である。
「――なんだかなぁ」
 俺は髪をかきあげつつ、だが、付いて行くことに決めた。それはちょっとした気紛れだ。付いて行ってもいいかな、そんな気分ただったからである。

continue→2


   

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