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   サイト一周年記念

煙草  −6−

 やれ幽霊だ。やれ人間だ。凶悪犯だ。ホームレスだ。などと、
 いろいろな考えが巡っておきながらも、何故にその可能性だけを排除していたのか分からない。
 まさかこんなところで自分以外に同じようなことを考える奴がいようとは思わなかった。
 呆然と突っ立って、相手をまじまじと見ていた。
 相手は嫌そうな顔はしたが、別段と気にする風もなく、煙草を再びくわえた。

 ――……千秋。

 口はそう言葉を紡いだはずだが、本当に言葉になっていたのかは怪しい。
 拍子抜けなのか、安堵なのかよく分からない感情のまま呟いた言葉は、素晴らしく間抜けであったことだけは間違いない。
「……――景虎」
 にもかかわず、相手は揶揄入れずに苦く答えた。
 相変わらず、足を投げ出してだらしなく座り込んだまま、手には一本の煙草。
 不意にその細いフレームから覗く目が高耶を睨みあげてきた。
 少しむくれた表情。だが、それも一瞬――、
 まるで気のない猫のような仕草で正面を見る千秋。
 黙りの千秋とは対照的に高耶の口元にもだんだんと笑みを象っていった。
「――……まさか、先客がいるとは思わなかった」
「…………ふん」
 いつも高耶に対して余裕綽々な千秋が、こんな態度を取るなんて――。
 どうやら余程見られたくないところを見てしまったようだ。
 それもそのはずだ。千秋は高耶より先にここで油を売っていたのだから。
 サボったのは一人ではないと嬉々とすればするほど、千秋の機嫌は悪くなる。それを承知で高耶は千秋の隣で壁にもたれかかった。
 二人とも相手を意識せざるを得ない。
 その雰囲気を楽しみながら、高耶は煙草を取り出した。
 拉致られながらもよくぞ、身につけていた煙草!
 気分は上々、煙草をくわえると――、
「――いいのか?」
「そのつもりで来たんだろ?」
「…………」
 火を点したライターを高耶の前に差し出されていた。にやりと千秋らしい笑みを浮かべている。
 それは、あからさまな共犯者宣言。
 高耶も応えて、すとんと座り込んだ。
 そうして、点される煙草の味は格別で――。
 だらしなく吐きだした紫煙は霧散して落ちていく。宙を仰いだお遊びだ。
(――……はぁ、やっと気が抜けた……)
 千秋が煙草を地面に押しつけるのを尻目に、今度は高耶がライターを差し出した。
 ちょっとだけ目を丸くする千秋。
 フレームを押し上げて、覗く瞳が高耶とかち合う。
「……――なかなか気が利くじゃじゃねーか」
 千秋も素直に高耶の共犯者宣言を受け取った。
 秘密を共有する――それは特別なことのように思える。そんなのガキかもしれないが、お互い漏れる笑みが物語っている。
 しばらくの間、二人はその居心地の良い空間でまったりと煙草を吸っていた。
「……なんだよ」
「別に」
 千秋が唐突に高耶を揶揄するような微妙な視線を向けてきた。
 自分をからかう時に送るサインであることを高耶は否が応でもこの数ヶ月で思い知らされている。だから、反応せざるを得ない。
「で、何か見つかったか?」
「…………」
 ――……案の定だ。
 嫌味な奴。
 高耶はついっとそっぽを向いた。
「知るかよ。そんなこと……」
「だろうな」
 何が、だろうな、なのだ……。なにが!
 千秋は、口元に訳の分からない微笑を乗せて、息を細く吐き出した。
「……直江とねーさんに任せておけば――……」
「やっぱ、お前なんだよ。景虎」
 高耶に最後まで言わせる前に千秋は語気重く遮った。
「…………」
 時々千秋が垣間見せる真剣な声と表情は、高耶の口を噤ませる。
 それでも、
「……知らねーよ。それより――」
 高耶は目をすうっと細め、目線を反らして俯いた。
「――……明日のテスト……」
「…………」
 言ってしまってからでは、もう遅い。千秋は呆れながらこちらを凝視しているだろうし、それよりもなによりも!
 再び、脳内の煙は晴れてぐるぐると明日のことが占拠しはじめてしまった。
 力無く煙草を持ったまま髪をがしがしと掻く。
「くそー……」
 どんなに自分が『景虎』だと言われようが、単なる学生の高耶にとってはこちらのほうが数段切実な問題なのだ。

 ――明日の小テスト……

 昔の自分――『景虎』がどうだったかなんて知らないが、自分で言うのも情けないが、……頭はあまり良いほうではない!!

(どうしよう……)
 
 カチッ
「?」
 微妙な音に高耶は顔を上げた。
 目の前に炎が揺れている。
 横目で千秋を見ると――、
「手向けだ。吸っとけ」
「…………」
 手だけをこちらにあらぬ方向を千秋は見ている。
 つまり、諦めろと?
(だけど、だけど、そんなの今更だって自分だって分かってるけど!!)
 憮然とした表情で――千秋の背を見つめると――、
「――――……」
 高耶に向けるその背は小刻みに揺れだした。微妙に上がった口角が月明かりに反射して、高耶の眼に飛び込んでくる……!
「……千秋……」
 ――おまえ、楽しんでるだろ……?
「…………」
 そういえば、ここまで拉致ってきたのは、この男――千秋修平だ。
 ゆっくりと高耶に向けて巡らされた顔は――……、
「…………。んなわきゃないだろ……」
「説得力ねーんだよッ!」
 ……想像の通りの顔だった。
「千秋ィ、覚えてろよ!」
「誰が覚えてるかよ〜」
 高耶は差し出されたライターと煙草のパッケージも強引に奪った。
「くそーッ オマエのせいだ!」
「自分のせいだろ」
 正論で高耶の痛いところを突いてくる千秋に、口で高耶が敵うわけもなく――、
「明日のバレーで目にもの見せてやる!」
「け、返り討ちだ。学習しない子だね〜。高耶ちゃんは」
「なんだとーぉ!」
 ぷはーぁと千秋は煙を吐き出した。負けず劣らず高耶も新たな煙草に火を点ける。
 時を忘れて怒鳴り合う。
 いくら不毛だとて、それが学生時代の特権で、舞っては降りつもる紫煙は――、
「高耶さん! こんなところにいたんですか!? 捜したん――」
 ばんと開かれた音と同時に、上がる声。そして、さも、保護者気取りで現れた男の言葉のフェイドアウト。
「お前のせいで煩いのが来たじゃねーか」
「知らねーよ! んなことッ」
「高耶さん……」
 やっとの思いで言葉にしただろうそれは、やはりオレの名で、
「あらやだ! いないと思ったら長秀まで――……」
 奴の後ろからひょっこり現れた綾子も呆れ顔。
 俺一人に向けられている言葉じゃない。
 怒られるべきは俺一人じゃない。

 舞っては降りつもる紫煙は、物知り顔の大人達への当て付けだ。

 オレは煙草を通して溜めた空気を思い切りよく吐きだした。
「どうした。直江?」
 悪びれなくどうどうと誇らしげに言ってやってから、ちらりとだけ視線をやってみる。
 いくら不毛だとて、それが学生時代の特権で、舞っては降りつもる紫煙は、
 そこには、極めて複雑そうに額を抑えた――、
「いえ……」
 それ以上言葉を紡げないでいる直江信綱がいた。


 ――大人達に取り上げられる前に、やけくそ気味に吸った最後の一本は、

――……最高に美味かった。


 

<了>


あとがき
 サイト一周年迎えちゃったんですねー……(遠い目)
 正直こんなに続くとは、思っても見ませんでしたね〜
 と、思いにふけるのもなんなんで(笑)
 一周年記念もなんのその。まったく関係ないテーマで送らせて頂きました!
 このテーマになった理由はご想像の通りです……(ヒント・壁紙)
 久々に原作の時間軸内です!
 なので、色部さんすまん。今回は勘弁してくれ……
 それに思った以上に、長くなってしまった。短い予定だったのに(遠い目)
 高耶さんにとっての煙草は!? というお叱りの声が聞こえてきそうですけど、
 これにて終了!

これからもよろしくお願いします!
2004年9月11日  たつみ れい

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