サイト一周年記念
煙草 −5− 高耶は直江に連れられて廃屋の病院内を彷徨っている。夜、夜中、さて、勉強でもと思った頃、いきなり千秋がやってきて高耶は拉致られた。 何事か!? なんて悠長なことを考えている暇もなく、連れてこられたのは、経営難でつい最近閉鎖されたという病院。そこで、直江も綾子ねーさんも待っていて――……、 ふうと高耶は嘆息した。 (明日のテスト……どうしよう) 直江に連れられて、歩きながら脳内占拠しているのは、そのことだけである。ちなみに直江と高耶は一階、綾子ねーさんは二階、千秋は三階を探索している。 別段、何か視えるわけでもない、霊感ゼロ状態の高耶にとってはっきり言って無駄とも言うべきこの探索は、肝試しのナニモノでもない。 「どうです? なにか感じますか?」 「…………」 (んなこと聞かれたって……) 断言するのも情けないが、自分は役立たずである。 高耶の足はずるずるとなんとか直江の後ろを追っているが、そろそろ限界である。先ほどから同じような質問ばかり。答えられないことがどれだけ情けないことか、この男は解っていない。全てが責め苦だ。 (――早く、帰りたい) そう思ったら、行動は早かった。 とうとう高耶の足は踵を返した。思った以上に心と体は連動するらしい。 けれど、帰る手段といったら、直江と千秋の車とねーさんのバイクだけで、 ――自力では……帰れない。 無性に腹が立ってくる。逃げ出したのは良いが、その後が続かない。 選択肢はやはり直江と一緒に院内を歩くこと、一つだけなのだろうか。 背後から、近づく足音。僅かに届く、自分の名――。 またあの文句とも言える台詞を聞きながら歩かなければならないのか。 たとえ本音を言ったって聞き止めてくれないことなど、端から分かっている。 だから、屈するのか? (…………) ……――冗談じゃない!! そう思ったら、足は再び動き出した。 ※ ※ ※ (さて、どうすっかな) 高耶は一人、廃屋の病院内を彷徨っていた。 一人で帰ることができないなら、どこかで時間を潰すしかない。 こういう時、無性に煙草が吸いたくなる。 だけど、どこで吸っていいものやら。 さすがに廃屋といえども病院内で煙草を吸うのもどうかと憚られるし、 めざとく奴に発見されるのがオチだ。 外に出て吸いながら奴らの帰りを待つというのも、右に同じで却下である。 外には出れない。中でも吸うことは難しい。 長考はできない。 じわじわであっても奴の包囲網は狭まっているはずなのだ。 けれど、考えるよりこれまた先に足は動いた。 こういう閉鎖的空間で外にも出られないとしたら――、 ここは自分の良く知る場所と似ているではないか。 閉塞感の中で僅かでも開放されている場所――。 階段の先に見える一つの入り口。 (そこしかない!) 二階、三階を抜ける時は、ねーさん、千秋に気づかれないように屋上に向かう。 ここなら発見されにくいはずだ。 思わず口元がにやけてしまう。 校則は破るためにある! 心境は先生から目を盗む生徒そのもの。高耶にとっては毎度のことなのに、いつも以上にドキドキするのは何故か。ここが知らない場所だからか。 冒険心逞しく高耶はノブを握った。 音を立てないようにそっとそっと扉を開く。 視界いっぱいに展望が広がる。 最初は空を彩る星々に目がいったが、振り向くと夜景は点々と町の明かりで煌めいて高耶の心を奪った。 こんな場所に連れてこられて来たのか――……。 思った以上に都会だったようだ。 もっとよく町の景色を見ようと、高耶は動いた。 (?) が、歩は止まる。振り向いて、出入り口を囲む壁の横を抜けようとして――、 微妙に青白い光が漏れているのに気が付いてしまったからだ。 加えてもくもくと微妙な広がりを見せる霞。 高耶は生唾を飲み込んだ。 もしも、もしもこれが直江達が捜していた幽霊だったりしたら――。 けど、ここで怖じ気づくわけにもいかない。それではバッくれた意味がなくなってしまう。 意を決して高耶はゆっくりと音を立てないように、近づいた。 (誰だろう?) そうして、近づいたものの、やはり最後の一押しがたりなくて、高耶は突っ立っていた。壁を挟んで自分からも相手からも見えない、ぎりぎりのところに立っている。一歩を踏み出して横を見れば、確認できる位置。 でも、突っ立っていたから分かったことがある。 相手は幽霊ではない、人間だ。 霞に見えていたのは、煙草の煙。近づいて嗅覚で分かった。 この廃屋には誰かが住んでいて、その人物が噂を経由して幽霊騒ぎになったのだろうか。 本当はこの時点で、直江達に報告すべきなのかもしれない。 けれど――、 (覗いてからでも遅くないはずだ!) 高耶は、自分を奮い立たせて一歩を踏み出した。 |
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