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-- 不夜城 --


 どこで片付けても実際変わりねぇんだけどなぁ。
 なのに、人気のない方向へと走る自分。
 四百年で身に付いた習性はそう簡単に直るものではないらしい。
 へっと口許を歪めた。
 まったくやんなっちまう。そう思って内心で苦笑すれども、走るのを止める気はない。
 それも今更なことだ。
 人様の前で怨霊を片付けることほど後々面倒なこともないのも事実。
 それなりに今の行動も理にかなっているのだが――、
 ――それでも、
 自分の行動に醒めた笑みが上ってしまう。
 自由になっても――、
 何かをなぞらずにはいられない自分に、
(――まったくやんなっちまう)

 ――……呆れるしか本当にない。
 けれど、そんなことも言っていられない。
 走る自分に付いてくる数はなかなかなものだ。この分では交差点で別れた血気溢れる相方にも同じくらい、いやそれ以上の刺客が向かったはず。
 きっと今頃は大仰に片鎌槍を振り回しているに違いない。さながらやんちゃな猫化の動物だろうことが微笑ましい。そんな相方の姿が目に浮かぶ。
(……まったく命知らずなヤツラだ)
 刺客に御愁傷様と手を合わせるのとは裏腹に、口許を不敵に歪めたまま俺は突き当たりを曲がった。
 しかし、いつぶりだろうか。
 追われることなど最近滅多になくなっていた。
 織田に味方して赤鯨衆に追われた以来だろうか。最終決戦では自ら渦中に飛込んだし、その前は四国でのんびり過ごしていた。
 そう考えると我ながら今の状況は――……。
 自然と苦笑が口端から漏れ忍ぶ。
 下手したら、四百数十年で、

 ――最も働いているかもしれない。

 使命なんてとうに潰えたのに、いや俺はそれ以前に『使命』なんてものには縛られていなかった。
 俺を縛ったのは――、闇闘を見据えて目を細めた。
(まったく、なにやってんだか――)
 ネオン街から離れても人々の欲望に汚染された気は消えない。残り香程度には漂って俺の鼻を擽る。
 俺は行き止まりを示すブロックを目の当たりにして、くるりと振り返った。
 目を細めて射抜く先は――広がる汚染。
 幻ではなく――ただ、現実を見つめる。
 望むものなど何一つ、ない。
 今はもう……縛る存在など、この世には――、
 ――いない。
 ゆっくりと目を閉じた。衝動にかられる。自分は決して縛られたかった訳ではない。寧ろその逆だ。そのはずなのに――。
「…………」

 ――結局、人間は一人では生きて行けない存在なのだ。
(――ワラッちまう)
 最も単純で、抗いつづけてきた根底。それを沈めるために、深く肺に空気を溜め込みゆっくりと吐き出した。
 ――でなければ、生きてなどいけない。
 そうして――依存することなく生きてきた!
「…………」
 立ち昇る己のオーラが闇を照らす。
 風を従えて立ち昇りながら揺らめく炎気は真白い。
 決して清浄とはほど遠い空気がそれだけで震える。
 全てを浄化してしまいそうな凄烈な身の内の《力》は高まり、解放を待つのみ。
 ――ああ、何度この高揚感を味わってきたか。
 ゆっくりと視線を上げる。
 ざっと並んだ敵共。
「迎え討ってやろうじゃなねえの」
 俺は余裕の笑みを口許から剥いで、よりいっそう《力》を溜める。
 それは四百年間自然に行ってきた動作の一つだ。
 もう体内の排泄物を外に吐き出すのと然程変わりなくなったその行為は『あの』戦闘の間に進化した。
 漲る力の中に宇宙を感じて身を任す。
 念じれば産み出る《力》自体が調伏力となり、それは今まで以上の威力があり強力だ。
 自ずと高揚感に満たされて、心は湖面のごとく静まりかえっていく。
「俺に何の用だ?」
 だが、すぐさま《力》は発動させない。
「俺たちが誰だか分かってやってんだろうな?」
 ざっと俺の前に現れたチンピラ共――憑依霊たちが続々と終結する。ざっと見たところその中に換生者はいないようだ。
随分、ナメられたものだ。
「数で押せば勝てるってもんじゃないことぐらいわかってんだろうな」
 換生者と憑依者では力の差は歴然としている。それは子供と大人、いやそれ以上だ。調伏力を抜きにしてもそれは変わりないだろう。
 少しでも力のある霊ならその事実を悟ることは容易だ。
 その証拠に憑依者たちの間で緊張がにじみ、冷や汗が伝っている。
きっと今にも逃げだしたいに違いない。
 それでもその場に必死で留まるのだから、覚悟はあるのだろう。
 俺が一歩前に出ると奴らはビクリと反応して睨み上げてくる。
 俺は冷ややかに侮蔑を込めた視線を投げてやる。
「――のくせにッ」
 とうとう耐えられなくなったのか、チンピラ共はジリッと一歩下がり吠え出した。
「――換生者のくせにッ」
 存在自体が脅威とはこのことかもしれない、と冷静に思う。
 ああ――言われ慣れた台詞。
 チンピラの身体は憎悪でわなないている。
「――換生者のくせにッ!」
 ああ――見慣れた断末魔の表情。
 怨霊の敵意も人間の敵意も両方相手にしてきた。
「今更な話だな」
「!」
 ひたと俺は相手を見た。動揺なんてこちらにはさらさらありはしない。
「生きるためにおまえらみたいな馬鹿消してんだろうが」
 消して何が悪い。
 今更お綺麗なことを言うつもりはねえ。
 そう。自分を生きるため――正当化するため、俺はヤツラを消してきた。まるで呼吸するのと同じように。
 ――ごく自然とやってきた。
「貴様ッ!!」
「ふん」
 それが生き人を助けることに繋がっただけのことだ。

 ――違う!

「…………ッ」
 突然、俺の中の誰かが叫ぶ。
 声を大にして――、
 奴が――叫ぶ……。
(違わない!)
 違わないッ!
 俺はそうして生きてきた!

 ――千秋ッ!

 うるさいッ! 俺を代弁するな!
 俺とおまえは――、

 ――違うから……

 所詮、自分たちなど生身の人間と関わっていなければ、存在さえしていられないことぐらい――……。
「――理由はそれだけか?」
「ッ!」

 ――いやと言うほど味わわせられてきた……。

「それだけなら――」
 ――俺も暇じゃないんでねえ。
 俺はごく自然に腕を下ろす。――と、霊体の何体が跡形もなく消え失せた。
 貴様ッと低い唸り声。
 俺はゆっくりと声の主へと振り返り、
「これからは喧嘩吹っかける時は――」
「!」
 ああ、オマエのその驚愕の表情で分かる。
「――相手を選ぶんだな」
 きっと俺の面は残忍な――、

 ――夜叉の面(めん)なのだろう。

 夜闇に純白の閃光。
 ただ、それだけのこと。
 後には何も残らない。
 残るのは、現実だけ――。

「――……」
 俺は胸ポケットから煙草を取りだして加えた。仰ぎ見れば、曇天の空で月明かりもない。
「――さてと」
 ――迎えに行きます、か。
 気を失って倒れたチンピラ共はそのままに俺はその現場を後にした。

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