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-- 不夜城 --


「案外、時間かかったな」
 悠然とチンピラ共の死体(注・気を失っているだけです)を踏み越えてやってくる。
「遅いぞ! 安田ッ」
 その歩く姿はあまりに堂々としていて、さながらモデル並みだ。いや、そんじょそこらのモデルではきっと敵わないだろう。
「十五分前からいるぜ」
 ――それとも、
「手助けが欲しかったか?」
「! ッ――……」
 思わず両眉を撥ね上げた清正だった。
 そう万全を尽くしたはずなのに抜かりなく清正の神経逆撫でる攻撃ッ。
 清正は咄嗟に何かを言い返そうとして肺を膨らませた。だが、上手い反撃が見当たらない!
 そうだった…コイツはこういう奴だったのだ。どっちに転んでも癪に障って――、
「ふん、貴様の助けなどいらぬわッ!」
 と言い返すのが清正にとって関の山だ。それでも口惜しさを精一杯の反抗に変えてそっぽを向いてやる。
 ――が、
「――殺してねえだろうな?」
「誰が殺すかッ」
 無礼極まったもの言いに思わず反論してしまうが、
「そう言うなよ。後々偽装工作が大変なんだからよ。正直に言ってくれよ」
「誰にモノを言っているッ!」
 勿論、加藤清正さんに対して、だと疑わし気な視線が返ってきて。
「ッ!」
 ――後に後悔するのは結局、……清正のほうなのである。
 おちょくられているのは解っている……。……解っているのだがッ!
 清正はギリギリのところで耐えていた。
 ――今は仲間……イ・マ・は・ナ・カ・マ――ナ・カ・マッ……!
 と、
 言い聞せても――。
 清正は嘆息して、肩を落とした。

 しかし、コレを四百年間、景虎が相手にしてきたのかと思うと――……。
(わしはこんな部下いらんわッ!)
 どうにも景虎といい、謙信といい、上杉は並大抵の度量ではなかったようだ。
 そういえば、あの直江でさえも、慣れるしかないとかなんとか……。
 清正はゆっくりと息を吐いて奴から身体ごと視線を外した。
 とんだことに巻き込まれたものだ……、と思っていたのも束の間――。
 カクッ
「!」
 背をド突かれるとかなんとではなくて、
「何をするッ!?」
「なに格好つけて黄昏れてんだよ」
 足カックン……だ。
 悪戯の張本人は、にやりと笑む。
「おら行くぞ」
 まったく……その笑みが気に食わないの、だ!
「!」
 だが、清正は気にする風もなく飄々とした相手への言葉飲み込んだ。
 相手に頭をクシャリと掴まれて前倒しになるとともに――、
 ――清正に流れ込んだ映像。
 それは茶ばね色のブレザーを着た――……。
(――――……)
 それは自分も知っている――今は亡き……人物。
 清正は目を伏せた。
「どうした?」
「……いや」
 目を上げた先に奴の視線が待っている。挑戦的で愉快そうな眼差し。
「今度はもっと早く片付けろよ」
「無理を申すなッ」
 それは茶ばね色のブレザーに向けていたそれと変わりない。
 清正は目を細めた。
 切なくて、愛おしく――今はもう思い出の中にしかない倖せ。
「しかし、オマエは――」
 おまえたちは――、
「わしが……――恐くはないのか?」
 相手は目を丸くする。
 ――接触読心。
 それは極めて危険な技である。技自体が反則と言っても過言ではない。触れただけで記憶を読み取れる能力。清正にその能力が備わっていると知る人物はやたらめったら自ら清正に触れてこようとはしない。誰だって知らぬ間に勝手に心を覗かれるのは嫌なものである。
「…………」
 始め清正が何を言いたいのか分からなかったようだが、合点いくと、少ししかめっ面をして見せた。だが、それだけだった。清正に触れる手はどけられない。
 そして、驚くほど柔らな表情を浮かべて、
「――別に」
 奴の目は行く先のネオン街へと向かっていた。すっと細められた双眸は揺るがない。
「そんなもん恐くねえよ」
 あまりに無造作に頭の上の手は煙草を求めて離れていく。
「――もっとも、俺は直江と違ってやましい人生送ってないしなぁ」
「!」
 思わず清正は立ち止まり、額に手をやった。
 脳内を瞬時に駆け抜けていった衝撃の実体験――。
 あれは……、
(――衝撃的すぎた……)
 思い出して一気に脱力感に襲われる。襲われない――わけがない……!
 二度と接触読心をしまいと固く心に誓わせた相手などアヤツが初めてだ……。
「どうした?」
「…………」
「――まさか……」
(察しのいい奴め……)
 ちょっと眼があっただけで相手は理解したらしい。
 ま、……そういうこともあるさ、と肩に腕を回してくる。
「…………」
 励まされるように叩かれていて、案外痛い。叩かれる度に流れ込む思考は――……、
 チーン……
 木魚の規則正しい音。
 聞き慣れたお経とご愁傷様という憐れみだった――が、
「――安田」
 ばっと手が離れた。……非常にわざとらしく……。
「――本当にそう思っているか?」
 逃げた腕を強く掴み相手を振り返えらせる。
 流れこんできたものがリアルすぎて確かめずにはいられなかった清正だ。
 すると、突然……簡単に読めていた奴の思考が読めなくなった。
「木魚」
 ――聞こえたか?
「……貴様」
「いやあ、便利だよなあ。接触読心って〜」
「本心ではないなッ」
 ふっと奴は笑みを消した。
「舐めんな。伊達に四百年間ヤツラ主従の気にあてられてきたんじゃねえぜ」
 まあ、アイツの思考なんて見たくはないがと付け加えられて強く背を押された。
 ――無風に風が産まれる錯覚。澱みなく現実に関わる実感。
 さあ、行くぞと誘われて共に歩みだし、先行く男の背を見て――、
 ああ、そうかと清正は思った。
 覗いた記憶の断片は――……。
 ブレザーの制服姿の黒髪の少年が隣を歩いて、小突きあっていた。互いが互いを信頼しあっていて――。
 清正は目を細めた。心に残る寂しさを噛みしめて。
 勿論、その光景を清正がこの世で見る機会は失われた――が、
(この男にもおまえは棲んでおるのか――)
 約数十年が経った。そう……――あれから随分時間(とき)は流れたのに――。
「…………」
 思い出せば胸を焦がす想念。いまだ風化しきれないその熱情に突き動かされて、清正は己の胸に手をやった。

「どうした? 清正」
 置いていくぞと笑って言いのける男。
「ああ」
 清正へと向けられる表情にはかげりがない。
 それどころか――、
(この男もまた――)

 ――過去を見ていない眼差し。どんな苦難も乗り越えてきた人物だけが得られるしなやかな強靭さ。

 清正の、シャツを鷲掴む手から力が抜ける。一度付いたシャツの皺はそう簡単には戻らないが、それでも元の形状にゆっくり戻っていこうとして――。

 ――この男もまた、

 清正は前を行く男と肩を並べるために一歩を踏み出した。

(景虎を――支えてきた漢――)

 それは何も直江信綱だけではないのだ。
 盟友の軌跡を最も長く、間近で見続けた人物の一人。
 清正は顎を引いた。
 雲っていた空はいつのまにか晴れ、静かに月を湛えている。
「さーてと、――飯でも食いにいきますか――」
 隣行く男の視線が捉える景色は夜も眠らないネオン街。
 今も眩しく現実を覆い隠している。
 色とりどりに眩しく瞬く光はこの男によく似合う。
 きらびやかに煌めく中にある譲れないモノを見据えた、

 ――揺るがない双眸。

 清正は口端を綺麗に持ち上げた。
 悪くはない、と思う。

 その男の隣を歩くのも――悪くはないだろう。
「ああ、運動したしな。腹が減ったぞ。東京の名物とは何だ?」
 悪くはないだろう――が、
「名物ねえ」
 何事もなかったように真剣に悩みだす隣の男は、やがて立ち止まりぽんっと手を打った。

 ――そうだ!直江を呼ぼう!

 さも、名案だとばかりに……。
 ――……?
 ――東京って場所はなあ。金かければかけるほど美味いものが食えんだよ。
 ――…………。
 それはつまり、タカるということか!?
 ――そなた……直江を何だと思っておるのだ?
 ――あ? んなの決まってんじゃん〜。

 『金ヅル』

 ――……。
 ――悪いか。
 さも当然とばかりにのたまって、
 喜々として携帯電話を取り出す。
(…………)
「あ、直江ー?」
「…………」
「おまえ今どこにいる? あのさ――……」
 にんまりと声色通りの表情をして……。
(…………)
 安田長秀という男――やはり……よく解らない。
 と、唖然と事の成り行きを見守る清正であった。
 それにしても四百年をも共にした仲間だろうに……。それも唯一この世に残る仲間では――ないのか……?
「!」
 すると出し抜けに奴と視線がぶつかった。電話片手にニッと笑って片目を瞑られる。
「んじゃ待ち合わせは――」
 ……どうやら『金ヅル』確保が成功した合図だったようだが、どうにもあの笑みは心臓に悪い……。
 が、相手はまったく気にしていない。
「さーてとッ」
 通話を切るとヤツは背伸びをした。両腕を天へと投げ出してまるで猫のように。
 そして、ピシッとした見惚れるような歩きを披露してネオン街へと向かいはじめる。
 だが、隣行く男は歩き出して早々――、
「なに奢らせてやろうか――」
 と、……呟いた。否、宣った……。
 思わず一歩引きたくなるような悪戯な微笑を携えて――瞳はキラキラとネオンの光を乱反射させている。
「どうした? 清正」
「いや」
 清正はぎこちなく視線を反らして言葉を濁した。濁して――……話題を変えた。
「……。本当にいいのか?」
「いいって、いいって〜」
 相手は上機嫌だ。
 ――気にするな。アイツこれぐらいしか取り柄ねえんだから〜。
 ――…………。
 ――あ! 待てよ。取り柄と言えばもう一つあったな。
 ――……何だ?

『景虎のストーカー!』

 ――…………。
 訊け、と言う無言の圧力に屈したことを清正は後悔した。
 笑って言える神経が分からない……と、思う。
 少なくとも笑えないジョークだと清正は思うのだが――……。
 隣は――、
(……はぁ)
 ……悪びれてもいないで得意気な顔をしている。

(――これでいいのだろうか……?)

 今はまだ彼等がこういう力関係に落ち着いたことなど、まだまだ理解に苦しむ清正であるが、

 ――その関係を悟る日も――否、巻き込まれる日もそう遠くはない。


 それはもう少し未来(さき)の話になる。

                   ――fin.

 

-- 初出:携帯メールで日記より 05/9/19〜10/20 & 書き下ろし --

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あとがき
千秋&清正、全32通です。
如何だったでしょうか?
初のきよちーです! 本当に清正が動いてくれなくて、困った……(遠い目)
なんて相性の悪い二人!
と思いながら、こんな感じにまとまりました。
本当は8月中には書き終えていたのですが、諸事情により掲載は9月になり、
気がつけば、サイト2周年に突入してしまいました。
今年は何のお祝いも出来ず……。
来年こそはと思っている次第です。

2005年10月22日  たつみ れい


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