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「世界は俺色に染まる」 
〜巡り逢い編〜


 静寂はいつの間にか訪れ、遠いところで街灯は遠巻きに二人を照らしていた。
「…………」
 佐々木が腰を抜かしているように呆然と尻餅をついていると、妙な光を放った青年は嘆息してから、ゆっくりと佐々木へと振り返った。
 月を背負った青年の顔は思った以上に見惚れるほどに男前であった。
「悪かったな。巻き込んじまって――」
 青年は仰ぐように夜空を見上げて言う。掛けられた眼鏡が表情を隠す。決して佐々木に対する言葉ではなかった。彼は佐々木を見てはいない。

 ――薄暗い空を見ていた。

(…………)
 青年は何を思っているのか。抑揚のない話方そのままに台詞には感情がない。きっとこれは謝罪というよりも独り言だと佐々木は何故かそう確信していた。そして、その理由をも知っているとどこかで佐々木は思っていた。すると、すっと佐々木自身に冷静さが戻ってくる。
 こちらを見る顔に表情が乏しいと思うのは、気のせいか。ゆっくりとこちらへと向く男の表情はまるで幽鬼のようだ。
「すぐ記憶――……」

 ――消してやるから。

 青年がその後に続けようとした言葉は佐々木には何故か手に取るように分かった。だが、佐々木を見下ろした青年の眼が大きく見開かれた理由までは分からなかった。動揺が走る理由――。
 けれど、佐々木は迷うことなく青年の腕を引いた。
「!」
 倒れ込んでくる青年。先程とは逆に佐々木が青年に覆い被さる。
 驚愕に捕らわれていた青年は気が付いてはいなかった。全てが終わっていなかったことに。
 冷静さを取り戻していた佐々木だからこそ動けた。そのことに気がつけた。
「な……!」
 佐々木は自分のできることを熟知している。勿論、この青年のように霊を消してしまうような真似はできない。
 できることは――、

 ――目に見えない力から身を挺して、相手を守ること……!

 呆然とするのは、青年の番だった。
「――あんた……」
「…………ッ」
 視線がかち合う。驚愕に見開かれた瞳が佐々木を捉えて離さない。
「なん、で……あんたが……」
「……はや、く……!」
 佐々木はぎゅっと見も知らぬ青年を抱き締めた。
 そうでもしないと見えない力の衝撃に耐えきれない。
 視線の意味を気にしている余裕などない。
 佐々木には実は人には視えないものを視る力とともに視えない力から身を守る力も備えていた。けれど、その力で他人を守ったことは当然のことながら一度もないし、もしかしたら自分一人に有効なのかもしれないと思っていた。また、それ以前に佐々木自身が自由にできるような単純な力でもなく、突然消え失せてしまうかもしれないような代物なのだ。
 とにかく佐々木にとってこの力で他人を守る行為は未知数のことで、自分自身把握しきれていない力に頼ることは危険度が高い。
「……は、やく、……もた、な……い……!」
「!」
 不意に佐々木を襲う衝撃が和らいだ。
「ナウマク・サンマンダ・バイシラマンダヤ・ソワカ……」
 佐々木は導かれるように衝撃に耐えて冥っていた目を僅かに開けた。
「南無兜抜毘沙門天!」
 朗々とした響き。佐々木は思わず青年から身体を離した。
 やはり目の錯覚ではない。青白いオーラが見えたのは。
 今の今まで佐々木の腕の中に収まっていた青年からまばゆい気炎が立ち昇る。
「我に御力与え給え!」
 佐々木は呆然と青年を見つめていた。
 自分の腕から離れて凛と立つ青年がすること、――それは、
「――……調伏!」
 彼の手の内に産まれた純白の光が膨れ上がり全てを呑み込む!

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