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「世界は俺色に染まる」 
〜迷走編〜


「なっちゃーん〜。行ってらっしゃ〜い!」
「…………」
 和田南都(わだなつ)は朝だというのにどっと疲労が押し寄せてくるような感覚に襲われていた。
 普通、明るい「いってらっしゃい」の挨拶は活力を吹き込んでくれるものではないのだろうか。だが、しかし! 南都にとっては違った。
 これは南都に対するタオルを頭に巻いた作務衣姿の青年からの嫌がらせだ。なぜなら、南都がとことんその青年こと――自称・千秋を避けているからだ。
 南都はマフラーに顔を埋めずんずんと歩く。
 その得体の知らない人物・千秋が家に棲みついてから早一週間が経過しようとしていた。
 この千秋に対する南都の第一印象は最悪だった。
 まさか……まさか……、
(あの親父ッ)
 南都は心中で父親を詰った。
 それもそのはず。
 南都のいない間に知らない男を家に上げてたらふく酒を呑んでいるとは! それも父親と同じ年代の男ではなく若い男だなんて南都だって想像だにしなかった。
 まさか父子二人の生活、それもうら若き乙女が暮す家にお盛んな若い男を居候させるとは……南都の創造力を遥かに父の非常識ぶりは軽く越えた。
 だから、あの日、あの時、障子を開いたときの衝撃といったらそれはもう……。
 こら! 親父ッ! また呑んで! と叫ぶために大きく息を吸い、バッと障子を開いたはいいが。……南都は石化したのは言うまでもない。
「お邪魔してまーす。南都ちゃん」
 語尾にハートマーク。にっこり微笑むその顔はまさしく遊び人。どうみても軽そう……。
「おー紹介しよー! 南都。千秋くんだー」
 ……何が千秋くんだ、だ。クソ親父。
 誰なのよ!? コイツは!?
 と思ったって言葉にできるほど、南都の心と口は連動しない。
 そうこうしてるうちに、
「なっちゃん。当分世話になるからヨロシク〜」
「!!」
 今、なんと言った。酔っぱらい……?
「南都〜。ま、そういうことだから〜」
「…………」
 世話になるって世話になるって……。
「……――て、どういうことよ……!?」
「そういうことだ」
ばっと南都の鋭い視線が刺さろうと意にも介さず親父は、お猪口に注がれた日本酒をくいっと飲み干してほざいた。
そして、
「あんたの親父さん。気前いいよなぁ。朝のお勤めと夜の晩酌付き合えば、三食昼寝付きだってよ!」
 乗らない手はないばかりににっと笑う不審人物。
(……信じられない。……信じられない。……付いてけない。……付いてけない)
 と、南都が思うのも無理はないだろう。というか、普通の反応だ。が、この家の法律はなんだかんだと父親で。
 不審人物と父親は南都を輪の外にすでに違う話題で盛り上がっていて……!
 父親自身に相手を追い出す気がなければ……。あとは――、
 千秋と名乗る不審人物自ら出ていくしか……、
「これ! 幻の大吟醸だねえか!」
「それも完璧百パーセント純米酒だ」
「けどやっぱ新潟の酒が一番だと思うぜ」
「いやいや、そんなこともないぞ。この――」
(…………)
 ――ない、……のだが。
 既に南都の眼が映す光景が現実なのにあまりに非現実に見えて、南都はふっと意識が飛ぶ、心ここに非ずな笑みが浮かべた。
 怒る気持ちも萎えるとはこのことだろう。
 そのあと、南都は速攻寝た。……寝たが、
 早朝――。
『……こんなお経も上げられないのか!?』
『うるせー! 坊主じゃねえんだ! いちいち覚えてねーよっ! つーか、知らねえ!』
『知らないじゃないだろう!』
(…………)
『仮にもおまえ、眷属なんだろう? 知らないって……』
『だから、どうした? 知らねえもんは知らねえよ! こんな長いの覚えてられっかッ!』
「…………」
 南都は布団から腕だけを伸ばしてむんずと目覚まし時計を掴み上げて布団の中に引き込む。
 長針は……六の文字。短針は――……五の文字……。
 つまり、
 五時半――。
 うぅぅぅと南都は唸り、掛け布団を引き寄せた。
『だいたい、眷属だから読める、上げられるという考え自体間違ってんだよ!』
『そうはいうが……普通そう思うだろう!』
『けッ 糞くらえだ!』
『――だったら』
 母屋と本堂はあまり離れていない。毎朝、父親のお経は慣れっこであるが――、
(朝っぱらから……)
 がばっと南都は起き上がり、
「いい加減にしてよッ!」
 と、寝惚け眼に南都は叫んだ。
 これは睡眠妨害だ……。
 すると、しんと静まり返る。何もなかったように。
 そして、うつらうつら南都に眠気が訪れる頃、長いお経は唱われ始めて。
 こうして南都の静かな朝は終わりを告げた。お経の音量も二倍。それもときたま口論付きの騒がしい朝が突然襲来したのであった。
 それから、二週間。
 南都は電車に乗って人心地ついた。
 ゆっくり動き出した車窓から見える景色はどんどん変わっていく。
 それは本当にめまぐるしく、まるでここ最近の南都の生活そのもののようだ。
 急速に早まってそれが普通だと走り続ける電車の揺れに身を委せ南都が思うのは、
 ……あのいけ好かない居候のことであった。

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