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「世界は俺色に染まる」 「よ。お帰り」 「……ただいま」 南都は不機嫌なりにも返事して見上げた。 居候はお玉片手に南都を見下ろしている。 「んな。可愛い顔で睨むなよ」 俺困っちゃうだろ、なんて言って台所に戻っていく。 南都はそんな様子の居候こと千秋をげんなりと眺めてしまう。 軽口を叩いていていようと、どんなにふざけていようと、この居候……手はきっちりと動いているのだ。南都の言う文句や小言が段々と減っていったのは想像に難くないだろう。 たったの二週間でこの居候はもう勝手知ったる他人の家だ。 一つ嘆息して南都は手伝いに向かった。 彼が台所に立って、南都がその脇に立つ。これももう定位置になりかけている。 確かに千尋の言う通り、案外巧くやっているのかもしれないと思う南都であった。 「どうした?」 はっと南都は顔を上げた。 そこに待ち受けていたのは、不思議そうにした居候の顔だった。 南都にとって、その涼しげな顔がいっそうムカついて仕方がないのだ……。 「どうしたよ?」 「…………」 南都は南瓜の煮付けをゆっくり咀嚼しながら、居候から目を離さない。 「俺の顔に何かついてるか?」 ああ、やんなってしまうと思って噛み砕いていた。 この居候……顔だけでなく、料理の腕もなかなかなものだ。この居候……なんでもかんでも卒なくこなしてしまう……! 「……別に」 なんだか悔しくて南都は素っ気なくそう言った。 すると、居候は取り付く島のない南都に対して眉を八の字に下げた。そして、僅かに笑んだその口許にお椀をあてがった。 「…………」 それからは居候も南都も黙って料理を突付いた。もくもくと――。 「…………」 「…………」 ……会話がもたない。 今に始まったことではないが、南都の親父がいないといつもこうなってしまう。勿論、意地を張っているのは南都のほうだが、居候も敢えて意固地な南都を口説き落とそうとはしなかった。 けど、二人ともこの沈黙がそれほど嫌いではなかった。寧ろ――。 「…………」 「…………」 一人ではない空間と思えば――。 「…………」 「…………」 時間はただ静かに流れていく。 夕食が済めば、食後のお茶をすすり、何気無しにテレビ番組を見ながらコタツにいっそう深く潜りこんでみたり、雑誌や新聞を開いてみたり。 「なぁ。南都」 「…………」 雑誌を眺めながら、自分が呼ばれていると脳に達するまで少々時間を要した。 (『南都』――?) 南都は顔を上げた。 居候が南都を呼び捨てで呼ぶのは珍しかった。というより、初めてかもしれない。 けれど、居候の視線はテレビに釘付けだ。南都を見ていない。 「……何?」 ぼーっとした居候の視線はやはり相変わらずテレビ画面上だ。 んー……と唸って、何するふうもなく首を軽く傾げた。 「来週、暇?」 「…………」 暇だったら何なのか。 「出かけないか?」 居候はゆっくりと南都へと顔を向けた。 あ、と南都は目をみはった。 こういう顔も出来るのか……、と。 だから、自然と、どこへ? と問い返していた。 「そうだな」 ――町に出たいと思う。 なんだろう。そう言われて南都はその誘いを断る気にはなれなかった。 |
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