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「世界は俺色に染まる」 
〜迷走編〜


 一言で言えば、居心地が良かったのである。
 だから、居座った。
「…………」
 ここに、留まることを決めたのは、気紛れにすぎなかった。けれど、そうなることは案外必然だったのかもしれないと今は思っている。
 俺は瞳を細めた。
 行く道を飾るイルミネーションがちらちらと点灯しだして、人々の目線が泳ぐ。歓声を上げる人、指を差す人、駆け寄る子供――。
 俺が欲していたものは何なのだろうか。
 あの時から俺は考え続けている。あの日からずっと――……。そうずっと……。
 考えなかった時は唯一、今では日課と化したお経を上げている時ぐらいだ。まーこんな日が来るとは思いもよらなかったが。その時ばかりは考えている余裕はない。いくら仏と契っていようと、日常使っていなけりゃ忘れるものだ。だから、何百年ぶりの読経は悪戦苦闘もいいところなのである。
 けれど、それ以外の時は、そう、酒に興じていようと何をしていようと寝るとき、……夢でさえも頭からそのことはそう簡単に離れてはくれなかった。
 俺が欲していたものは何なのだろうか。俺は何を欲したのか。俺は彼に……何を、

 ――何を、望んだのか。

「――――……」
 俺が望むことなんて――。
 彼の、幸福(倖せ)には代えられない。
 けど、想いは――……!
 ――馬鹿ッ 千秋!
 前を行く少女。
 ――働かざるもの食うべからず!
 柱にもたれて座る俺の眼前で仁王立ちした少女。
 彼女がいなかったら――。
 俺は顎を引いた。
「なぁーつ。なーつ。南都ちゃん?」
 俺の呼び掛けを無視してずんずん行く彼女がいなかったら――。
「おーい、南都! 南都! 待てよ。南都ぅー!」
 俺は――。
「南都南都と……町中で大声で呼ばないでよ! 恥ず――」
 ここにいることは――……。
「――……ッ」
「――今日は」
 背を向けた彼女にふぁさりとマフラーを巻いた。
 肌ざわりの良い、白いマフラー。俺が買い物していた時、彼女が見ていたものだ。
「ありがとな」
 もしも彼女がいなかったら、俺は現実に係わることを今以上に拒絶して、きっと未だ内に籠もっていたに違いない。現実に疲れきった俺は少なくとも、町中に出てこようなんて考えもしなかっただろう。
 彼女がいなければ。
「どうした? 南都」
「……ばか」
 マフラーでくぐもった返事がいとおしく、俺は南都の頭をくしゃりと撫ぜた。
「何か食べて帰るか……?」
「…………」
 呆れたような、恨めしい上目遣い。
「……奢り?」
「ああ」
「――何でも?」
「ああ」
 ぱっと表情の変わるこの同居人はこの約三週間で随分、いろいろな表情を見せてくれるようになった。
「――じゃあ」
 けど、こういう表情は初めて見たと言っても過言ではない。
 それは自分がよくやる表情で。
 俺は不意を突かれて固まった。


「なあ……」
 ――南都……。
「なに?」
 指をしゃぶりながら、南都の目線はガラスケースである。
「今日……クリスマス・イヴだよな?」
「うん」
「…………」
「あ、ハマチ!」
 へい! と職人の掛け声一つ、目の前のゲタに寿司が二つ乗る。
 こういう日は普通――、
(イタ飯とか、おフランスとか――)
 好むんじゃねえのか!? 普通!?
「あ、別にお酒呑んでもいいよ〜」
 あんた酒癖悪くないしね、と美味しそうに頬張る彼女。
「…………」
(洒落たもの好むんじゃねえのか……?)
 と心の中の疑問をそのまま口に出して言えば、倍以上の反論が返ってくるのは目に見えてるので、俺は言われるがままに熱燗を頼んだ。
 そうでもしなければ、どうにもこの場を乗り切れるとは思えなかったのだ。

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