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続く未来 細波がうち寄せて引いていく。 夜叉衆を抜けようとした自分。 記憶のないアイツ。 ――千秋!! あの、 ギラついた瞳だけは変わらず、アイツはこの世に存在していた。 三十数年前の阿蘇以来の再会。そして、アイツはアイツではなく、アイツは仰木高耶だった。確かにアイツはアイツでなくなっていた。それでもアイツがアイツであることに変わりなく――――。 記憶を封じたアイツに苛つきながらも奴を助けることを選んだのは、 他でもなく、おまえがおまえだったからだ。 繰り返される日常。いつ朽ち果てても良かった。それでも、生きたのに理由なんてない――そう今の今まで思っていた。 でも、 長秀は投げやりに口許を吊り上げた。 (俺の生きた理由なんて――……) 一つしかあるわけがなかった。 キッと睨んだ先に海がある。 (景虎……――おまえ、だ) 再会の時、俺が抱いた思いが何だったか分かるか? 阿蘇でのこと、美奈子のこと、直江のこと、言ってやりたいことは山ほどあった。 それでも、継いだ心情は――、 ――……安堵――、だったんだよ。 記憶がなかろうが、どんな姿だろうが、形だろうが、 おまえが――、 ――生きていた。 それだけでどれだけ心が軽くなったことか。――おまえは知らない。 千秋はより一層目を細めて海を睨んだ。 それでいい。それでいいのだけど――。 やりきれない思いが込み上げてくる。 認めてしまえば、楽になる。楽になれないのは長秀のプライドが許さないからだ。 アイツにとって、俺は好敵手であったか? 最高の理解者だったか? 最高の味方だったか? 最も信用にたる人物だったか? 俺とおまえの決着はつくことはなかったけど――。 それでもおまえにとって俺という存在は――。 「――――……」 千秋は大きく嘆息した。 それ以上は不毛なことだと知っている。この上なくその答えは出ているのだ。 不意に斜め後ろにいる色部が自分の手を見つめているのが目の端に映った。 その仕草を千秋は一度だけ見たことがある。毘沙門刀を握ることを躊躇ったあの時と同じ――……。 ――毘沙門刀は生前の景虎が帯びた愛刀を象っているとずいぶん昔――それこそ初換生の頃に聞きいた覚えがある。 ならば、色部は景虎から形見を貰い受けたのと変わりないだろう。そして、それとともに総大将の責任も引き継いでいる。 千秋の中で自然と夜叉衆の面々が思い浮かんだ。 晴家は、最後の最後で景虎の心に入ることを許された。 直江は――、 「…………」 ――……今も永遠とともに景虎と歩いているだろう。 俺は――、 「――――」 無意識に胸の辺りを鷲掴んでいた。 「長秀?」 「――……ッ」 色部の呼びかけは千秋に届いていなかった。 ――何も……、何もな――……ッ 「おい? 長秀? どうした!?」 ――千秋!! 「――長秀!!」 「!」 ばっと振り向く。そこにいるのは無論、アイツではなく――。千秋を呼んだのは――確かに色部だったはずなのに。 幻聴か――……。 「――――……」 彼に呼ばれたような気がした。 アイツが俺に残したもの……。 ――そうか。 なくは、――ない。あるには、――あった。 (そうか。そうだよな。確かに――……) 「長秀?」 突然、長秀に驚愕の表情で振り向かれ、凝視された色部はどうして良いのか分からず困惑している。しかし、長秀の方はそんなこと一向にお構いがなしのようだ。 そうだよな。 指をあてがった千秋の口許が自然と緩む。 俺には――、 「千秋、か……」 その名前がある。 笑いたくなるほど簡単なことだった。 己の両手を眺め、千秋は微笑した。 もうあの頃の面影は何一つない宿体だけれど、 アイツは「千秋修平」の宿体でなくなった俺を、 それでも、その名を呼び続けていた。 アイツは俺に――、 新たな名前を、――与えた。 俺には――、 (この名前がある……!) それでいい。それで良いのではないだろうか――? それが、俺とおまえの――……、 夕日を見たまま、千秋は立ち上がった。 振り向くとすぐ様、色部と目が合う。 「とっつぁん」 自然と心からの笑みがこぼれる。 「よく、ここが分かったな」 「なんとなくだ」 「なんとなくか――……」 そう言ったきり黙ってしまった色部を千秋は上目遣いで見上げた。 何か言いたそうなのだが、躊躇っているのが千秋には分かる。躊躇っていて告げられないということは――察しの良い色部だ。自分の心の蟠りに気付いているのだろう。 千秋は苦笑いを浮かべて、海へと向き直った。 「とっつぁん」 夕日が眩しく、千秋は俯き加減になって前髪を描き上げた。 「大切にしろよ。――その刀」 「!」 「それはあんたが握るべき刀だ」 直江でもなく、晴家でもなく、まして俺でもなく――、 「――……長秀。しかし――……」 人をよく気遣う色部だからこそ迷いがあって、 「心配ねーよ。俺には――」 逆光の中、色部には長秀の表情は読みとれなかったが、ほんの僅か口角があがっただろうか。 「この、名前が――ある」 彼が最後まで呼び続けた名前が、 「――千秋修平っていう名がね」 言葉にしてみると恥ずかしいもので、長秀は鼻を掻いた。 「それで――……十分だ」 それが、 俺とおまえの――、 ――絆だ。 (――ああ、そうか……) と色部は思った。長秀と景虎――二人は自分の知らない年月を共に過ごし、今生において共にあったのだ。二人の間に何ら今まで以上の通じ合うものがあってもおかしくない。 「――千秋……」 色部がその名を呼んでみると、今更ながら長秀は照れ笑いを浮かべた。 「何?」 「晴家が待ちくたびれてる」 「何!? アイツ。来てんの? ここに来りゃいいのに」 「そういうな。晴家は晴家なりに気を遣っているんだ。察してやれ」 「今更気を遣うような仲でもねぇだろうに〜」 あっけらかんとした千秋に色部は晴家の申し出を思い出して、苦笑を浮かべた。 ――私が行ったら、きっと長秀のプライドが傷つく。色部さん、一人で行ってあげて……! 「でも、まー。やっぱ持つべきものは友か――」 しみじみ言いながら色部を追い越した千秋は肩越しに色部を見やる。 「何してんだよ。とっつぁん。行こうぜ。晴家が待ってんだろ?」 「――あ、ああ……」 慌てて歩き出した色部と千秋の歩調が自然とかみ合う。 共に歩いてきた年月があり、共に肩を並べてきた歳月がある。 その軌跡は歴史の中から、たとえこの砂浜に付いた足跡のように細波に洗われ消えようとも、確かに存在してきたのだ。 「…………」 「…………」 語らずとも伝わる想い。 色部は海岸沿いの道路へと階段を上りきると、地平線へと向き直った。 その隣にはぴたりと千秋が寄り添っていて、彼もまたコンクリートに両手を付いて自分と同じように眺めている。 もしかしたら――、 自分たちを率い導いた彼が残したものとは――、 刀や想い、生きることへの決着だけではなかったのかもしれない。本当の彼の遺産は――。 「!」 そう思って千秋へとやった視線が吸い込まれて、固定される。真摯な眼差しが色部を捉えていた。 「…………。勝長殿――これからもよろしく頼む」 彼が私たちに残したものは――、最高の彼の形見とは――。 色部は穏やかに微笑んだ。いつも以上に穏和な微笑を称えて、 「ああ――」 ――共にこの先も肩を並べて歩く仲間なのかもしれない。 沈む夕陽を、白む波を――二人はしばし眺めた。波の音がやけに心地良い。 「さてと、とっつぁん。行くか」 「どこへだ?」 真顔で聞き返す色部に千秋は悪戯に笑んだ。 「決まってんだろ。直江のところだ」 謀りある笑みを口許にのせ、 「誰が二人っきりにしてやるか。桜と言ったら花見、花見と言ったら一杯っと相場が決まってる」 「――――……」 まったくこの男は――、と呆れながら色部もまた苦笑った。 でも、今回ぐらい――それもいいだろう。 歩く先に人影がある。晴家だ。 彼はもういない。 けれど、 ともに歩く仲間はいる。 千秋は、小さく笑った。 心の中で――あばよ、と彼に告げて。 <完> 続く未来 |
あとがき いや、もう何も言えません。授業中に書き出したら、こんなになっちゃいました(汗) 反省してます……。これからはちゃんと授業受けます……。 2003年12月11日 たつみ れい |
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