home(フレームなし)>創作場>イタダキモノ>仰木家シリーズ2

仰木家シリーズ2  著・なぎ(蜃気楼の館




『パーティーが始まる』


12月24日。
イエス・キリストがこの世に生を受ける前日。
12月25日。
イエス・キリストがこの世に生まれた日。

と一般的に言われている。
キリストがこの世に降誕したことに祈りを捧げる。
あるいは家族で過ごしたり、友達同士のパーティで盛り上がったり。
恋人と二人きりで聖なる日を過ごすのも悪くない。
ここ松本の仰木家では、例年の如く『家族でクリスマス』の準備が着々と進められていた。

「ねえ、お兄ちゃん。明日のクリスマスパーティ、何作ろうかなぁ?」

居間でクリスマスツリーの飾り付けをしながら美弥が高耶を振り返る。
こたつでみかんを食べながら高耶はテレビのチャンネルを適当にかえていた。

「別に、食えりゃなんでもいいぞ」
「もぉっ!作り甲斐がないなぁ。真面目に考えてよ」
「美弥の腕は信用してるよ。ほら、ちゃっちゃと飾り付けしねーと親父が帰ってくるだろ。晩飯の用意もしなくちゃなんねーんだから」
「直江さんにはご飯作ってあげてんでしょ?直江さんが真面目に答えてくれないと、お兄ちゃん怒るんじゃないの?それと一緒なんだからね」
「何でおまえがそんなコト知ってんだよ」
「ふふふ〜ん。美弥は何でも知ってるのだ」

意味深な笑みを浮べて美弥が高耶を見る。

「・・・・・・」

どうも夏に情事寸止め現場を見られてから美弥には頭があがらない。
高耶の苦悩をよそに、美弥は楽しそうにツリーに雪を模した綿をかぶせている。
金や銀、赤に緑のモールをセンスよく巻きつけて、ツリーのてっぺんには星の飾りをのせた。

「よしでーきたっ!」

美弥が満足げに腰に手を当ててツリーを眺めた。
柱時計が七回鳴る。
そろそろ父親が帰ってくる時間だ。
シチューを温めるか、と立ち上がったところにドアノブをまわす音がする。

「今夜は冷えるな。明日は雪が降るかもしれんぞ」

コートを脱ぎながら父親が言う。
確かに天気予報では明日は雪が舞うかもしれないと言ってたっけ。

「おかえり、お父さん。明日もこのくらいの時間に帰ってこられる?」

美弥が玄関まで父親を出迎えに走る。
コートとカバンを受け取りながら美弥が笑う。
仔猫が親猫にまとわりつくように父親の周りをちょろちょろする。

「残業がなければな。たぶん、ないと思うんだが・・・年末だしなぁ」

父親はうーんと腕組みをする。
受け取ったコートをハンガーにかけて美弥も台所に向かう。

「親父、晩酌は?」
「銚子一本だけつけてくれんか?」
「りょーかい。美弥、冷蔵庫からサラダ出して」

今夜の夕飯の当番は高耶だった。
メニューはシチューとサラダ。
父親の晩酌のつまみにキンピラゴボウ。

「ねえ、お兄ちゃん。明日ねぇ、美弥のお友達もひとり呼んでもいい?」
「友達?25日だったんじゃねーのか、友達とのクリスマスパーティー」
「うん、それはそれ。別のお友達なんだけど」
「いいんじゃねーの?」
「ありがと。美弥、ちょっと電話してくるね」

ごちそうさま、と美弥は茶碗を流しに持っていくと電話の子機を持って自分の部屋に入っていった。





翌日12月24日。
街はクリスマスムード一色に彩られている。
サンタの格好をしたバイトの男がケーキを売っているのを横目で眺めた。

「買い忘れはないよな」

美弥は家で今夜のパーティーのご馳走を作っている。
足りない材料の買出しを頼まれて商店街に買い物にやってきた高耶だった。
松本の駅前では日付が変わると同時に設置された特大ツリーに灯りが灯るらしい。
一緒に見に行こうねと美弥が言ってたっけ。
冷たい風が吹いた。
高耶が肩を竦める。

「うー、寒ぃ。早く帰ろ」

コートのポケットに手を突っ込んで高耶は家路を急ぐ。
ふとある男のことが思い浮かんだ。

「あいつ、今ごろ何してんだろうな」

年末と言うこともあり、直江も仕事が忙しそうだ。
長兄の不動産屋を手伝う傍ら、実家の寺も手伝っている。
年末年始にかけてさぞや忙しいだろうと高耶も連絡をしないでいた。
高耶が会いたいと言えば、どんなに忙しかろうと直江は松本までやってくる。
それがわかっていたからなおさら電話もできない。
声が聞きたい。
そう思うこともしばしば。
年賀状でも書いてみようと思ったが、いざハガキを目の前にすると何も書くことが浮かばない。

「会いたいっつーのは、オレの我儘なんだろうなぁ」

灰色の雲に覆われた空を見上げた。
昨夜父親が言っていたように、今にも雪が降り出しそうだ。
夜になって冷え込みが増せば確実に雪になるだろう。

「ホワイトクリスマスか」

直江と過ごしてみたかったなんて乙女チックな考えが浮かんだ。
慌てて考えをかき消すように首を振る。

(何を考えてんだ、オレはっ)

それでもすれ違うダークグリーンの車に反応してしまうのが悲しい。
高耶はため息をつきながら団地の階段を登った。





「お父さん、早く帰ってくるかな?」

夕食の支度を済ませた美弥が居間に入ってきた。
高耶はこたつに寝転がってテレビを見ている。

「美弥、友達何時に来るんだ?」
「う〜んと・・・一応六時には来るって言ってたけど」

美弥が壁の時計を見ながら答えた。
あと五分ほどで六時になる。
少しだけ開いているカーテンの隙間からちらちらと白いものが見え始めた。

「お兄ちゃん、雪降ってきたよっ!!」

美弥が喜んで窓に駆け寄る。
雪なんてそう珍しいものでもないのに、今降っている雪は特別らしい。

「明日は積もってるかなぁ。ホワイトクリスマスだね」
「そうかもな」

こたつから出て高耶も窓辺に歩み寄った。
深々と降り続く雪。
このまま一晩中降り続けば明日は一面銀世界だ。

「あ、お兄ちゃん、唇荒れてるよ」

高耶の顔を下から覗き込んで美弥が言った。
反射的に唇を指でなぞる。
確かに少しがさがさするような気がしたが気にするほどでもない。

「舐めときゃ治る」

そう言って高耶は唇をぺろりと舐めた。
美弥が「そーゆー問題じゃないってば」とポケットからリップクリームを取り出す。

「ほら、美弥のリップ塗ってあげるよ」
「あ?いいって、別に」
「素直に美弥の言うこと聞きなさい」

冗談交じりにそう言って美弥が高耶の唇にリップクリームを塗る。
リップの先が唇をなぞるとふわりと甘い匂いがした。
高耶が僅かに眉を寄せる。

「何だよ、これ。くさいぞ」
「失礼ねー。いい匂いじゃないっ」
「男がつけるモンじゃねーな」
「いいじゃん、たまには」

それにね、と美弥が笑いながら続ける。

「唇荒れてると、キスしたときに痛いんだよ」
「キスって・・・美弥!おまえいつの間にっ!!」

高耶が怒鳴る。
美弥は笑いながら高耶の言葉を受け流した。

「イヤだ、お兄ちゃん。美弥の経験談じゃないよ。友達の話と一般論。お兄ちゃんの唇が荒れてると、直江さんだってキスするとき痛いと思うよ?」
「こら、美弥っ!どう言う意味だ、それはっ!!」

高耶ががなる。
それを遮るように玄関の呼び鈴が鳴った。
ひょいと時計に目をやると六時を少し過ぎたところ。
多分美弥の友達がやってきたのだろう。

「はぁいー!」

明るい声で美弥が返事をして居間を飛び出した。
高耶はもう一度窓の外を見遣った。
相変わらず雪が降り続いている。

「もうすぐお父さん帰ってくるから、ちょっと待っててくださいね」

廊下から美弥の声が聞こえた。
友達にしては口調が丁寧だ。
高耶が訝しげに思って襖に目をやる。
からりと開けられた襖の向こうに立っている人物に目を丸くした。

「なっ・・・!」
「お久しぶりです、高耶さん」
「何でおまえがこんなトコに居るんだよっ!!」
「美弥さんにお招きいただいたんです」

高耶が廊下に立っている美弥に向かって。

「どーゆーことだっ、美弥ぁ!」
「どーゆーって・・・美弥からのクリスマスプレゼント♪」
「何がクリスマスプレゼントだ!」
「気に入らなかった?」
「気に入るも気に入らないも、直江にだって予定っつーもんが・・・」

高耶の言葉を遮るように直江が口を挟んだ。

「ちょうど仕事も一段落ついたところでしたし、仕事仕事でわたしも息抜きがしたかったところです。美弥さんがお電話をくださって嬉しかったですよ」

穏やかに微笑まれて高耶は言葉につまる。
美弥が直江の背中からちょいと顔をだして笑う。

「ほら、直江さんもこー言ってることだし。あんまり怒ると血管切れるよ。適当に座っててくださいね、直江さん」

何を言っても無駄な気がして高耶は脱力して座り込む。

「あなたに黙って来たこと、怒ってるんですか?」
「気が抜けただけ。怒ってるわけじゃねぇよ」
「美弥さんに電話をいただかなくても、あなたに会いに来ましたよ。今日はクリスマスイブですからね」
「クリスマスだからって、わざわざ宇都宮から松本まで来るのか、おまえは」
「今日は東京の事務所で仕事をしてましたから。二時間半ほどで松本へ来ることができるんですよ。松本へ着いたのは四時ごろでしたが、ホテルにチェックインして仮眠をとっていたんです。約束の時間まではまだ時間がありましたからね」

ちょうど高耶が直江に会いたいと思っていた瞬間。
直江は松本に・・・高耶のすぐ傍にいた。
そう考えると何だかくすぐったい気持ちになる。
だけど思いとは裏腹に口をついて出る言葉。

疲れてるのに、わざわざ来るんじゃねぇよ。

呆れ顔で高耶は直江に向かってそう言った。
もちろんそれが高耶の本音でないことは直江にもわかっている。
目を細めて笑いながら直江は高耶の肩を抱き寄せた。
掠めるようなキス。
驚いて高耶が目をぱちくりさせた。

「高耶さんの唇があまりにも可愛かったので、つい」
「おーまーえーはぁっ!!時と場合を考えろって言うのがまだわかんねーのかっ!!」
「わたしはそのままでも構いませんが、鏡を見てみたらどうですか?」

くすくすと笑いながら直江が茶だんすの上に置いてある鏡を指した。
立ち上がって鏡を覗き込む。
びっくり仰天。

「何だよ、これっ!」

うっすらと高耶の唇を彩るピンク。
久しぶりの直江との再会に、こんな顔をしていたなんて。

「美弥のヤツ・・・」

手の甲で唇を拭う。
直江はまだ笑っていた。
顔を真っ赤にして高耶が怒鳴る。

「笑うなっ!」
「すみません。でも、どうしてリップなんか塗ってたんですか?」
「美弥が、唇が荒れてるとキスするときに痛いとか言うから・・・ってそうじゃないっ!勝手に塗られたんだよっ!」
「なるほど」

納得して直江が頷く。
憮然とした顔で高耶がこたつに入る。

「冬は空気が乾燥しますからね」
「おまえも気にするのか、そんなこと」
「そうですね。わたしもそれなりに気は遣ってますよ」

その言葉に一瞬直江がリップクリームを塗っている姿を想像してしまった。
そして吹きだす。

「お・・・おまえがリップ塗ってるのか!?どんな面して塗ってんだよ」
「そんなに笑うことですか?」
「笑うに決まってんだろ〜!ぶっ・・・あはははは」

高耶が腹を抱えて笑っていると美弥が顔を覗かせた。

「美弥、ちょっと飲み物買いに行ってくるね」
「暗いから危ないだろ。オレも一緒に行く」
「大丈夫だって。歩いてればそのうちお父さんと出会うよ」
「ダメだ。女の子の夜道の一人歩きは危ない。直江に車出させるから」
「いいから。直江さんは長距離運転で疲れてるんだもん。ゆーっくり休んでてください」

そう言って美弥はてーっと走り出した。
言い出したら絶対に聞かない。
時計を見れば午後七時。
階段を降りたところで父親と出会ったくらいだろう。

「あいつ、最近ほんっとナマイキ」
「そういう年頃なんですよ。女の子ですからね」
「何でそんな『年頃の女の子』の心理に詳しいんだよ」
「一番上の兄の子供が美弥さんと同い年なんです」

いつまでも小さな子供のような感覚で接していると怒られる。
大人でもなく、子供でもない微妙な年頃。
美弥もそう言う年代に差し掛かってるのか。
高耶は苦笑した。
思考回路が何故か父親化してる気がする。

「女の子はわたしたちが考えるより早く大人になりますよ」
「オヤジみてーなコトゆーなよなぁ」

高耶が目尻を下げて笑った。
次の瞬間視界がぐるりと回転する。
天井が映ったときにはすでに畳の上に押し倒されていた。

「こら、何すんだっ!」
「高耶さんが可愛いから悪いんですよ」
「可愛かったらすぐに押し倒すのか、おまえはっ!!」
「いえ。高耶さん限定です」

唇が塞がれる。
このパターンでは夏休みの二の舞だ。
何としても阻止しなくては・・・とは思うのだが深い口付けに力が抜ける。

「ふ・・・ぅ・・・」

逃げるように顔を逸らす。
それを直江の手が阻んだ。
もう一度深く口づけられる。

「だ・・・めだって・・・」

腕を伸ばして直江の身体を押しのけようとした瞬間、

「何をしてるんだ、貴様ぁー!!」






父親に遅れること五分。
美弥が帰宅し仰木家恒例のクリスマスパーティが始まった。
しかし食卓を囲む空気は何故か重い。
高耶と直江が横に並び、その向かいには美弥と父親が座っている。
濡れタオルで頬を冷やしている直江。
帰宅した父親が高耶が暴漢に襲われているのだと勘違い(実際には襲われていたのだが)し殴りつけてしまったのだ。
おかげで気まずい空気が消えない。

「あの、お父さん」

直江が口を開いた。
しかし高耶の父親はぴしゃりと言い放つ。

「きみにお父さん呼ばわりされる筋合いは無い」

そう言ってコップになみなみと注がれている日本酒を飲んだ。
取り付く島も無い。

「お父さん、態度悪いよ。直江さんに悪いじゃん」

美弥が肘で父親のわき腹を小突く。

「おまえは黙ってなさい、美弥」

高耶は息を吐いた。
手にしていた箸をテーブルの上に置く。

「父さん。話があるんだけど・・・」

高耶の言葉を遮って父親が直江を見た。

「直江くんとか言ったね。きみはウチの高耶と一体どう言う知り合いなんだ?」
「恋人関係です」

きっぱりと宣言した直江の後頭部を高耶が力いっぱい殴る。

「何を考えてるんだ、てめーはっ!物事の順序ってもんを知らんのかっ!!」
「痛いですよ、高耶さん。本当のことを言っただけじゃないですか」
「うるさい、バカっ!」

今度は高耶と直江がぎゃんぎゃんと言い合いを始める。
美弥と父親が顔を見合わせた。

「美弥・・・お兄ちゃんは本当にあの男とそのぅ・・・」
「うん、本当だよ。美弥も知ったのは今年の夏だけどね」
「彼は間違いなく・・・男だよな?」
「あたりまえじゃない。直江さん、どーみたって女には見えないわよ」



高耶と直江が言い争うこと二十分。
ようやく決着がついたのか、高耶も直江も料理に手を伸ばし始めた。

「高耶、さっき言ってた父さんに話しって何だ?」
「あのさ、オレ、来年東京の大学受けようと思って」
「大学か。もうそんな年なんだな。それで、大丈夫なのか?」

高耶は少し困った顔をして曖昧に笑った。

「一年は予備校がよいかもしんねーけど。バイト頑張れば何とか学費稼げねーかな、と思ってんだ」

二学期の中間に行われた進路希望調査。
高耶の希望大学を見て担任は難しい顔をした。
期末テストの結果を見て、努力が実ったのか前回より順位は大幅にアップ。
このまま一年頑張れば、合格ラインぎりぎりまで行けるのではないか。
一年は予備校に通わなくてはならない覚悟もして、高耶は東京の大学を受けることに決めた。

「生活の方はわたしが援助します。兄の不動産事務所の支店が東京にありますので、実家は宇都宮にありますが月の半分以上は東京暮らしなんです。一人暮らしですから部屋も余っていますし、高耶さんも気兼ねなく勉強できると思うのですが」

家賃を支払う代わりに、家事一般を高耶に任せる。
それが直江に同居を提案されたときの高耶の条件だった。
高耶の父親はそれを聞いて首を激しく横に振る。

「君は高耶を家政婦代わりに使おうと言うのか!?」
「家政婦じゃねーよ」
「もちろん学校が忙しいときには無理はさせません。ここは一つ、わたしを信用して息子さんを預けてくれませんか?」
「東京へ行くことは認めよう。だが、同棲は許さんっ」

父親の『同棲』と言う言葉に高耶は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
お茶が気管に入って激しく咳き込む。

「どうしてですか、お父さん」

直江の言葉に仰木家の三人がほぼ同時に叫ぶ。

「だから君にお父さんと呼ばれる筋合いはないっ!」
「勘違いすんなよ、親父っ!同棲じゃなくて同居だ、同居っ!!」
「何で反対すんのよ、お父さん!」

続いて言葉を発したのは美弥が一番早かった。

「せっかく直江さんがお兄ちゃんの面倒みてくれるって言ってくれてんのに。二人はとってもラブラブなんだから、邪魔すると馬に蹴られちゃうんだからね。いいじゃん、美弥は大賛成。そりゃお兄ちゃんが東京行っちゃうのは美弥だって寂しいけど、お兄ちゃんが幸せになってくれたほうが嬉しいもん」
「高耶はうちの長男だ。嫁にはやらんっ!!」
「何を勘違いしてんだ、バカ親父っ!誰が嫁に行くって言った!!」

オレは男だぞ、と主張したが父親と美弥の声が大きすぎて高耶の声は届いていない。

「お父さん、ふっる〜いっ!!別に長男だから跡取らなくちゃいけないなんて決まってないじゃない。父親だったら子供の幸せ一番に考えるべきでしょ?お兄ちゃんが選んだひとが直江さんで、直江さんがたまたま男の人だっただけじゃん。美弥は直江さんがお義兄になってくれるんだったら嬉しいもんっ」
「美弥は黙ってなさい。百歩譲って二人の仲を認めたとしても、学生には学生らしい付き合いというものがあるだろう」
「大丈夫だって。直江さんは大人だし、二人で暮らしてたって快楽に溺れてお兄ちゃんの勉強の邪魔なんかしないと思うよ」

さすがに今の美弥の発言に高耶は顔を真っ赤にした。

「コラ、美弥っ!快楽に溺れてっつーのは何なんだっ!!」
「とにかくっ!その男との同棲は許さんぞっ!!」
「お父さんのわからず屋っ!」
「だから同棲じゃねぇっつってんだろうがっ!!」
「誰がわからず屋だ、このバカ娘っ!!」
「ひっど〜い、誰がバカ娘よ、誰がっ!」

今度は高耶と美弥、それに二人の父親の三人があーだこーだと言い争いを始める。
事の成り行きを見守っていた直江が一言。

「高耶さんをいただかなくても、わたしが入り婿すればいいんですよ。うちには兄が二人いますから」
「直江さん、それいい考え〜!!」

パンと両手を合わせて美弥と直江は大喜び。
それを見つめる高耶と父親は深い溜め息をついた。





あと数分で日付が変わる。
美弥と高耶、直江の三人は松本駅の前にやって来た。
25日になると同時にライトアップされる巨大ツリーを見にきたのである。
グループで来ている少年少女。
肩を寄せ合っているカップル。
人ごみから少し離れた位置で高耶と直江はツリーを見ていた。
美弥は友達と合流し楽しそうにおしゃべりをしている。
冷たくなった両手をこすり合わせ、高耶は灯りの灯る瞬間を待った。
直江が革の手袋を外して高耶の右手にはめさせる。
そうして左手を握り自分のコートのポケットに突っ込ませた。

「こうしていれば少しは暖かいでしょう?」
「恥かしいからやめろっつーの」
「誰も見てませんよ」

直江の微笑みに高耶は照れ隠しにそっぽを向いた。
ツリーのまわりでは若者たちによりカウントダウンが始まる。

3・2・1

メリークリスマスの言葉と共に巨大ツリーにカラフルなライトが灯る。
ツリーに積もった白い雪が光を反射して煌く。

「キレイですね」

直江の言葉に高耶は素直に頷いた。

「受験までに、親父説得すっから。オレも・・・おまえと一緒に暮らしたいよ」

聞き取れる限界の小さな声。
直江は顔を輝かせて高耶を抱きしめた。

「愛してます、高耶さんっ!」
「だからおまえは時と場所を考えろっつーんだよっ!!」

高耶の鉄拳を喰らっても直江は幸せそうに笑っていた。
友達の輪から離れて美弥が二人に駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん。美弥、これからミッコたちと一緒に遊んでくるから。お父さんにはちゃんと言ってあるから心配しないでね。ついでにお兄ちゃんも直江さんの泊まってるホテルにお泊りだからって言っておいてあげたから。ゆっくりクリスマス過ごしてきてね。美弥は今日の夜には家に帰るから」

じゃあ、バイバイー!
美弥は高耶と直江に大きく手を振って再び友達の輪に戻って行った。
これから友人とのクリスマスパーティーに突入するようだ。
気をつけて行けよ、と言うと振り返った美弥が「はーい」と返事をする。

「美弥さんもああ言ってくださってることですし、ホテルに戻って二人でクリスマスと洒落込みましょうか」
「ほんっとにおまえが言うと、いちいちスケベっぽっく聞こえるのは何でだろうな」
「まあ、下心がまるっきりないとは言えませんしねぇ。わたしも仕事が忙しくて・・・最後に会ったのは2ヶ月?3ヶ月前でしたか?」

にっこりと微笑んで「今夜は寝かせませんよ」と耳元で囁く直江。
確かに最近アッチのほうはご無沙汰だったよなとは思ったが、素直じゃないのが高耶。

「たまには枯れろよなぁ」
「それは無理な相談ですね。高耶さんが魅力的すぎるから」
「言ってろ、バカ」

並んで直江の宿泊先のホテルに向かいながら高耶が問う。

「そー言えば、何で美弥がおまえの連絡先知ってんだよ」
「言ってませんでしたっけ?夏に携帯の番号を交換したんですよ」
「聞いてねーぞ、んなこと」
「おかげで会えない日々の高耶さんの様子も知ることができましたよ」

美弥は二日に一度は直江に電話をしていたらしい。
内容はもっぱら高耶の生活について。

「・・・」

頭痛を覚えて高耶は額に手をやった。
直江にとって美弥は最強の味方だろう。
そして最強の味方を得た直江は・・・誰よりも強いかもしれない。

「頼むぞ、おい・・・」

おおらかすぎる妹の将来を心配して高耶は夜空の星を見上げた。
日付が変わる前に降っていた雪はやんでいる。
代わりに瞬く幾つもの星。

「どうかしたんですか?」
「何でもねぇよ」

言いながら誰も歩いていない新雪に足を踏み入れた。
キュッ、キュッと音が鳴る。
そんな高耶を見て直江は笑った。

「何やってんだよ、おいてくぞ」
「今行きますよ」



白い雪に包まれた聖夜の街。
恋人たちの甘い夜はまだまだ終わりそうにない。



























オマケ(小悪魔たちのパーティー)
「美弥のお兄ちゃんって相変わらずイイ男よね〜」
「マジ、カッコいいよ。彼女とかいるのかな?」
「っつーか、隣にいた男の人もめちゃカッコよくなかった??」
「背ぇ高かったしね。ね、美弥。あのヒトって美弥たちとどーゆー関係なの?」
「えっとね、美弥のお義兄ちゃんになるヒト」
「えっ!?美弥ってお姉ちゃんいたっけ?」
「違うよぉ。あのヒトはお兄ちゃんの恋人♪来年から一緒に暮らすんだよ、東京で」
「えぇ〜!?(美弥の友人一同の悲鳴)」
「マジでっ!?」
「うん、ホント。昨日、お父さんにも挨拶に来たんだ」
「男同士じゃん、どーすんのっ!?」
「美弥は大賛成だよ。直江さん、カッコいいし優しいしお金持ちだし」
「そーゆー問題!?」
「でもいいじゃん。ビジュアル的に問題ないし〜」
「美弥のお兄ちゃんってすぅ〜っごい色気あるよね」
「言えてる。遊びに行ったときなんか、ドキドキするよ」
「いやぁ〜。どうやって知り合ったの?」
「美弥もよく知らないんだけど、お兄ちゃんのお友達が霊にとり憑かれたときにお払いしてくれたのが直江さんなんだって」
「霊能者なの?」
「お仕事はお兄さんの不動産屋さんを手伝ってたり、お家がお寺だから直江さんもお坊さんの免許を持ってるんだって」
「坊主で不動産屋?」
「本業はお坊さんらしいんだけどね」
「もっと詳しく教えてっ」
「何?弘子ってばそーゆーのに興味あったんだ」
「ちっがーう。ウチのお姉ちゃん、本作ってるじゃん。その参考」
「おっけーおっけー。美弥、密着取材してきてあげるよ」
「やーん、ありがと。持つべきものは友達よね」
「で、これから二人はドコ行くの??」
「直江さんが泊まるホテルで二人っきりで過ごすんじゃない?」
「きゃあ〜、乱入したいっ!」
「そうしたいのは美弥も同じなんだけど、すっごく久しぶりに会ったんだよね。邪魔しちゃ悪いじゃん」
「じゃあチャンスがあったらぜひっ!」
「直江さんに相談してみるよ」
「絶対だよ〜」

キャッキャとはしゃぎながら歩いていく彼女たち。
小悪魔たちの妄想は留まるところを知らない。









=END=   [例えばこんなバースディ・プレゼント]へ続く

仰木家シリーズ2  著・なぎ(蜃気楼の館

   or   [世界で一番熱い夏]へ戻る

home(フレームなし)>創作場>イタダキモノ>仰木家シリーズ2