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仰木家シリーズ3  著・なぎ(蜃気楼の館




例えばこんなバースディ・プレゼント








4月の末から始まるゴールデン・ウィーク。
三連休して三日間学校。
そしてまた四連休。
何やら気分的にも疲れそうな日程だが致し方ない。
最初の三連休の最終日、四月二十九日。
昭和天皇の誕生日だった日は今は「緑の日」となっている。
高耶は譲の家を訪ねていた。
診療所に隣接する自宅の二階に譲の部屋がある。

「譲、ちょっと調べたいモンあっからパソコン貸して」
「いいけど。何調べるの?」
「電車の乗り換えと時刻表」
「何処まで行くの?」
「宇都宮」

その地名に聞き覚えのある譲は軽く息を吐いて苦笑した。

「直江さんに会いにいくんだ」
「・・・」
「いいよね、おまえは幸せで。俺なんて寂しい独り者なのに。よく女の子が友達に彼氏ができると付き合いが悪くなるとか言ってるけど、ほんっとにそうだよね〜」

にっこりと笑いながら発せられる譲の言葉は高耶の耳に痛い。
確かに・・・休日の予定が譲よりも直江に傾いているのは事実。
付き合いを疎かにしたつもりはないが・・・。
中学時代からの親友を自負している譲はかなり寂しいらしい。

「そんなことねーだろ。学校でだって会ってるんだし」
「学校と休日はまた別だよ」
「あーもう!わかった、わかりました。次の休みにはおまえに付き合うから、いい加減機嫌なおせよ」

何だかんだと言っても親友に弱い高耶であった。
高耶の一言で譲は機嫌を(少しだけ)直したようだ。
インターネットに接続するとカチャカチャとキーボードを操作して「松本⇒宇都宮」間の経路と時間を検索。

「高耶、何時頃出発する予定なの?」
「まだ決めてねーけど・・・向こうに昼頃着けりゃいいんだ。直江、午前中は家の用事があるとか言ってたから」
「んじゃ、午後一時着で検索しなおして・・・」

着時間をフォームに入力して「検索」ボタンを押す。

「一番早いヤツで3時間3分。松本を9時11分に出発するワイドビューしなのに乗って、長野で「あさま」に乗り換えて大宮で「やまびこ」に乗り換えて宇都宮着が12時14分。片道12,120円なり」
「一万円超すのかよ・・・」
「特急料金かかるしねぇ」
「もちっと安いコースってないの?」
「ちょっと待ってね?・・・あ、あった。片道8,480円!」
「片道3,640円で往復7,280円の差か。譲、これ印刷してくれ」
「時間かかるよ?」
「金と時間どっち取れっつーなら、オレは金が安いほうを取るぞ。30分違わねーだろ?そーだったら多少朝早くたって、電車乗ってる時間が長くたって平気平気」
「俺はおまえが将来守銭奴になりそうで怖いよ」
「だって世の中やっぱり【金】じゃん?節約するにこしたことはないだろ」
「・・・直江さんがちょっとだけ気の毒になってきた」

高耶の口から「やっぱり世の中【愛】だよな〜」とか言われても返答に困る。
しかし「世の中金」ときっぱり言い切られては何だか直江が気の毒なように感じた。
直江なら恥かしげもなく「世の中愛です」と言いそうな気はしたが黙っていた。
カタカタとプリンターが作動する。
経路運賃検索結果をプリントアウトした用紙を受け取って高耶は立ち上がった。

「さんきゅ、譲。じゃ、オレ行くから」
「何だよ、もう帰るの?」
「三時からスタンドのバイト入ってんだよ。少しでも旅費貯めとかねーとな」
「ご苦労さん。遠距離恋愛なんかするから大変なんだよ、高耶」
「しょうがねーだろ。これ、ありがとな」

苦笑いをして高耶は手にしていたプリント用紙を軽く振った。





「ただいま」

三時からのバイトを終えて高耶が帰宅したのは午後八時を過ぎていた。
父親は団地の集会に出席するために近くの公民館に行っている。
居間からは美弥が電話でもしているのか話し声が聞こえた。
フスマをそろっと開ける。
美弥は高耶が帰ってきたことにまだ気付いていない。
友達と話をしているには口調が丁寧。
誰と話しているんだろうとこっそりと聞き耳を立てようとしたが、背後に人の気配を感じたのか美弥が振り返った。
一言二言早口でまくし立てて美弥が受話器を置く。
廊下に立っている高耶を軽く睨むように見上げた。

「お兄ちゃん、帰ったんだったら声くらいかけてよ」
「オレはただいまって言ったぞ。おまえが電話に夢中になってて気付かなかっただけだろ」
「うーそっ!聞き耳たてようとしたくせに」

痛いところを突かれてしまった。
確かに聞き耳たてようとしていたことは事実である。
しかしここで妹に負けては兄としての威厳は形無しだ。

「お兄ちゃんが帰ってきたからって慌てて切らなくちゃなんない相手なのか?」
「そんなんじゃないもん。お兄ちゃんのご飯、作らなくちゃって思っただけだもーん」
「そーかい。そりゃ電話の邪魔して悪かったな」

可愛いんだけど・・・可愛くない。
心中複雑な高耶。
美弥は立ち上がると台所に行き刻んであったキャベツと豚肉を炒めて焼そばを作り始める。
ソースの香ばしい匂いが台所に広がった。
急に空腹感を覚えて高耶は椅子に座った。

「なあ、美弥」
「なぁに?」
「兄ちゃん、三日から出かけてくるから」
「ふぅん。どこ行くの?」
「宇都宮。直江んトコ」
「遠距離恋愛って大変だね〜。いっそのこと直江さんにこっちに来てもらえばいいのに」

昨年のクリスマスには「入り婿宣言」をかましてくれた直江である。
「傍に居たいからこっちに引っ越して来い」などと一言でも言ったなら即実行しかねない。
出来上がった焼そばをお皿に移してテーブルに置いた。
ごはんをよそって湯飲みにお茶を淹れると美弥は高耶の向かいに腰を降ろす。

「おまえなぁ・・・親父に余計なこと言うなよ」
「余計なことって?お兄ちゃんと直江さんのこと?」

美弥はお兄ちゃんの味方なのにな〜と唇を尖らせる。
小さく溜め息をついて高耶はご飯を口に放り込んだ。
味方になってくれるのはありがたいとは思う。
問題は・・・その言動にあったりする。

「・・・とにかく、兄ちゃんと直江のことはおまえにあれこれ言われなくてもちゃんと兄ちゃんが親父に話すから」

おまえが口挟むと余計に話がややこしくなる、という言葉を焼そばと一緒に飲み込む。
クリスマスにああいう展開になってしまったお陰で、父親が在宅中には直江から電話があっても絶対に繋いでもらえないという事態にまで発展してしまったのだ。
「なお」と言う言葉を聞いただけでもこめかみに青筋が浮く。
会話にまで気を使わなくてはいけないのである。
直江のバカが「恋人」なんて言わなければこんなことにはならなかったかもしれないのに。
高校三年生としての生活が始まった今、大学受験に向けていろいろなことを考えなくてはならない。
受けたい大学は決まった。
学力は概ね大丈夫(今のところ)。
何が問題かというと・・・父親がネックなのである。
高耶が希望する大学は直江の兄が所有している東京のマンションから程近い。
バイトをして学費+生活費を稼ごうと考えている高耶にとって、家事一切を引き受ければアパート代はタダ・・・というのはかなり魅力的だ。
直江と一緒に暮らしたいのはもちろんだが、こちらの意味(住居費タダ)でも直江との同居を父親に賛成してもらわなくてはならない。

「美弥はお兄ちゃんの味方したかっただけなのに・・・。お兄ちゃんにはそれが余計なことなんだね・・・」
「あ、いや、そーゆーことじゃなくって・・・ほら、やっぱ物事には順序ってもんがあるだろ?段階を踏んで説明すれば、親父だってわかってくれるんじゃないかと・・・」

しゅんとして顔を覆ってしまった美弥に大慌ての高耶。
泣かせるつもりはなかったのに、とあれこれ弁解を始める。
結局妹にも弱い高耶であった。

「嘘だよ〜。そのっくらいで泣くわけないじゃん。さってと、お風呂入って寝よ。明日は学校だし」

パッと顔をあげてにっこりと笑う美弥。
席を立ってお風呂場へと向かってしまった。
箸を握り締めたままテーブルに突っ伏す高耶。
やはり美弥のほうが一枚上手である。












三日間の学校を終えて、明日からは四連休。
受話器を肩に挟んで電話をしながら高耶は壁にかけてある時計を見上げた。
午後七時・・・そろそろ父親が帰ってくる時間だ。
早々に話を切り上げて電話を切らなくてはいけない。

「そろそろ親父帰ってくるから」

そうですか、と受話器の向こうで名残惜しそうな声。
元はといえばおまえが悪いと言いたかったが止めた。

「明日会えるんだから我慢しろ。宇都宮駅に十二時四十分に着く電車だからな。駅着いたら電話すればいいか?」

電車到着の時間に合わせて駅に向かうと直江が言った。
改札を出たところで待ち合わせを決めて受話器を置く。
同時に玄関のドアが開く音。
父親が帰宅したようだ。

「おかえり」
「ああ、ただいま。美弥はどうした?」
「昼から友達のとこ遊びにいったまま」
「こんな遅くまでか?」
「遅いっつってもまだ七時だぞ。あんま口うるさく言うと嫌われるぜ。あ、帰ってきた」

ぱたぱたと廊下を歩く音が聞こえた。
廊下に立ったままの父親の背中を美弥がぽんと叩く。

「おかえり。な〜にこんなところに突っ立ってんの、お父さん」
「美弥、おまえ帰ってくるの少し遅くないか?」
「ごめんね〜。紗代ちゃんのお母さんが夕飯ご馳走してくれるって言うから。美弥、家に電話したけど話し中で連絡できなかったんだよ」

父親はくるりと高耶を振り返った。
こめかみの血管がぴくぴくと動いている。

「高耶くん。どちらさまと電話をしていたんだい?」

口調は丁寧。
だけど目が笑っていない。
心臓ばくばく状態で高耶は思わず。

「ゆ・・・譲と電話してたんだ」
「成田歯科医院の息子さんか?それならいいが・・・まさか父さんに嘘をついて、あの男と話していたんじゃないだろうな」

(親父、鋭すぎ・・・)

どうやら電話の相手が本当に譲かどうか疑っているようだ。
タイミングが良かったのか悪かったのか、いきなり電話のベルが鳴り響いた。

「はい、仰木・・・なんだ、譲か」

ホッとした高耶の手から父親が受話器を奪い取る。

「いつも高耶が世話になってるね。ところでつかぬ事を訊ねるが、六時ごろ、高耶と電話で話をしていたかい?」

このクソ親父!
高耶が上目遣いに睨んでいると父親は始終にこやかに譲と喋っている。
高耶の頭に疑問符が浮かんだ。
苦し紛れについた嘘が絶対にばれているはずなのに。

「ああ、それじゃあよろしくお願いしますよ。ほれ、高耶」

受話器を高耶に渡すと父親は鼻歌を歌いながら風呂へ向かった。
呆気に取られていた高耶は譲に問う。

「おまえ、親父と何話してたんだ?」

直江とのことが父親の前ではタブーだという話を以前したことがあった。
それを覚えていた譲が機転を利かせて助け舟をだしてくれたらしい。
ついでに明日からの家族旅行に高耶も一緒に連れて行くと言ったのだ。
もちろん本当に一緒に行くわけではなく、アリバイ工作のためである。

「サンキュー、譲。助かった。マジで恩にきるっ!」
『俺たち友達じゃんか。お土産に栃木の名産でも買ってきてくれればいいよ』
「買ってくる。栃木の名産なんでもっ!」
『俺たちは三重県に行くんだけど、ちゃんとカムフラージュ用のお土産買ってきてあげるからね』
「ごめん。マジで感謝っ」

けっきょく譲の用件が何だったかわからないまま電話は切られた。
ひょっとしたら明日からのアリバイ工作のために電話をかけてくれたのだろうか。
そんな訳ないか、と高耶は台所で夕飯の支度を始めた。





翌日、高耶は旅行バッグを肩にかけて松本駅のホームに立っていた。
七時五十八分の新宿行きの「あずさ」に乗るためである。
父親に嘘をついて出てきたことは申し訳ないと思っているが、無駄なケンカをするのもイヤだった。
嘘も方便ということわざもあるし、この場合は仕方がないと無理矢理納得する。
美弥も友達の家に泊まりに行くと言っていたから家には父親一人きりだ。
寂しげな背中が可哀想かなとも思ったのだが今回ばかりは我慢してもらおう。
やがて電車がホームに滑り込んできた。
車内の清掃が終わるまでしばらく待って電車に乗り込む。
シートに腰をかけてはーっと息を吐いた。

「土産、こんだけあれば足りるよな」

駅の売店の紙袋には信州蕎麦がいくつか入っている。
直江の家の家族構成は直江の父母、それに長兄家族。
次兄の家族とかなり大所帯だと聞いていた。
少なく見積もっても十人以上はいるわけで、とりあえず十五人分はたっぷり食べられる量を買ってきた。
発車のベルが鳴り響き電車が緩やかに出発する。
しばらくは窓の外を眺めていた高耶だったが、知らないうちにウトウトとし始めた。
松本から新宿までは約二時間四十分ほど。
すっかり眠ってしまった高耶は隣の車輌から自分を見ている視線にまったく気付いていないのであった。



車内アナウンスが新宿駅が近いことを知らせる。
眠っていたため意識はまだぼんやりとしていた。
電車が新宿駅に到着すると高耶は半覚醒状態の脳みそを無理矢理起こして乗り換えのために電車を降りる。
目指すは宇都宮行きの『湘南新宿ライン』のホーム。

「!?」

人の気配を感じて振り返る。
だが人ごみの中では誰の視線か判別できない。
気のせいかと思いながら高耶は駅の案内図を頼りにホームを探し当てた。
新宿から宇都宮までは電車で約二時間。
松本から新宿までほとんど寝ていたので目は冴えている。
窓の外の景色を眺めながら高耶は宇都宮へ向かうのであった。





十二時四十分。
予定の時間通りに宇都宮駅に到着した。
待ち合わせの場所は改札を出たところ。
多分直江のことだからもうすでに宇都宮駅に到着しているはずだ。
ジーンズのポケットから切符を取り出して改札を出る。
荷物を抱えなおして前を見ると周囲の人間よりも背の高い人待ち顔の青年が立っていた。
小さく笑って小走りに駆け寄る。
青年も高耶の存在に気付いたようだ。
優しい笑みを浮かべる。

「いらっしゃい。長い時間電車に乗ってて疲れたでしょう、高耶さん」

ほとんど寝てた、と答えようとしたが次の瞬間言葉に詰まる。

「美弥さん」

直江の視線の方向を振り返ると思いっきり見覚えのある女の子がカバンを抱えて改札から走ってくる。
直江と高耶の前まで走ってくると荷物を足元に置いた。

「お兄ちゃんってば足速いんだもん。美弥、追いつけなかったよ」
「なっ・・・、美弥!?」
「こんにちは、美弥さん」
「こんにちは、直江さん」

にこやかに挨拶を交わす直江と美弥を交互に見ながら高耶は口をぱくぱくさせた。
頭の中はすっかりパニック状態。
状況の飲み込めない高耶に美弥が説明をする。

「えへへ。実は直江さんに、お兄ちゃんと一緒に遊びにおいでって誘われてたの。でもお兄ちゃん一緒に行くっていったら絶対にダメだって反対するでしょ?だからね、成田さんにお願いして電車の時間教えてもらってたの。昨日成田さんが電話くれたでしょ?あれも美弥の作戦の一つなんだよ。直江さんに会いに行くっていったらお父さん怒るだろうし、黙って何日もお家留守にできないでしょう。だから成田さんが家族でお出かけって聞いたから、美弥がアリバイ作ってくれるようにお願いしたの。ま、黙ってついてきたのは悪かったと思うけど、これで帳消しにしてよね、お兄ちゃん」
「・・・」

言葉がつなげない。
直江も微苦笑を浮かべて高耶を見つめている。

「そう言う事情ですから、美弥さんを怒らないでくださいね。騙していたのはわたしにも責任がありますから」
「でも直江さんを怒っちゃダメだよ。美弥が「お兄ちゃんには内緒にしててね」ってお願いしたんだから」

直江と美弥。
ふたりがタッグを組めば最強かもしれないと思ってはいたが。
まんまと騙されてしまった自分を海よりも深く反省する高耶だった。





直江の運転するウィンダムに乗り込んで橘家へ向かう。
助手席の高耶は始終むっつりと黙り込んだまま。
後部座席から高耶の顔を覗き込んで美弥が話し掛ける。

「ねえ、お兄ちゃん。いいかげんに機嫌直してよぉ」
「そうですよ、高耶さん。ほら、美弥さんもわたしもこうして謝ってるんですから」
「うるさい。おまえら二人してオレのこと騙しやがって」
「でも美弥の機転のおかげでお兄ちゃん、お父さんとケンカしないで出てこられたんだよ」
「それとこれとは話が別っ!」

がなる高耶に美弥は座席の後ろから直江に抱きつく真似をする。

「えーん、直江さん。お兄ちゃんが怖いよ〜」
「高耶さん、大人気ないですよ。お兄さんのために美弥さんがあれこれ考えてくださったんですから、その気持ちを汲んであげてもいいんじゃないですか?」
「・・・」

直江と美弥がじぃ〜っと高耶を見つめるのでいいかげん鬱陶しくなった。
折れたのは高耶のほうである。

「あーもう、わかった。わかりましたよっ!アリバイ作ってくれてありがとうな。もう兄ちゃん怒ってないから。これでいいんだろっ!!」
「わーい。だからお兄ちゃん大好きっ」
「さすがはわたしの高耶さん。わたしが選んだひとなだけあります」

パチパチと手を叩いて喜ぶ美弥。
なんだかんだと妹に甘い高耶の性格を知っている直江は吹きだしそうになるのを必死で堪えた。
おもちゃにされた気分になって高耶は再び口をへの字に曲げて窓の外を見る。
住宅地から少し横道に入り、角を折れたところで前方に【光厳寺】と刻まれた石柱があった。

「わあ。直江さんちって広いんですね〜」
「そうですか?庭の掃除や庭木の手入れが面倒なんですけど」
「家持ちが贅沢言ってんじゃねーよ」

とは団地住まいの高耶の一言。

「そんな問題だったら全然大丈夫ですよぉ。お兄ちゃん、掃除大得意ですから♪お兄ちゃんが直江さんトコにお嫁にこれば問題解決、心配なしですっ!」
「それはいい考えですねぇ、美弥さん」
「でしょでしょでしょ?」

本人を無視して盛り上がる美弥と直江。
だれかこいつらを止めてくれ、と思っているうちに直江の運転する車はガレージの前に到着した。
キーケースについていた小さなボタンを押すとシャッターが自動で開く。
自動で開く車庫など初めて見た美弥は大喜び。
あまりのはしゃぎっぷりに高耶は頭を押さえた。

「すっごーい。ベンツとフェラーリだぁ」

橘家のファーストカーとセカンドカー。
ちなみに今直江が運転していたウィンダムは昨年買ったばかりの直江専用の車である。

「坊主ならもっと質素に暮らせよ・・・」

ぼそりと呟く高耶。
直江は慣れているのか一発で車庫入れを成功させ車を降りた。

「父の愛車はこれですよ。ベンツとフェラーリは上の兄の持ち物なんです」

そういって直江が指差した先には相当年季の入ったスクーター。
檀家をまわるときにはスクーターのほうが調子がよいのだという。
次兄の愛車はママさん自転車。
もちろん車の運転はできるのだが、こちらのほうが健康的でいいのだそうである。

「悪い・・・。じゅうぶん庶民的だったんだな、おまえの親父と兄貴」
「まあ、何かあるときは兄の車を借りて行きますからね」
「グラサンかけてスーツ着たおまえがベンツなんざ転がしてたら勘違いされかねないからな」
「どういう意味ですか、それは」
「言葉どおりの意味だよ」

トランクから荷物を取り出して歩き出す。

「美弥。ここでは直江って呼ぶなよ」
「え、どうして?」
「いいから。こいつの名前は橘義明。いいか、わかったな」
「どーして?直江さんって芸名なの?」

思わずずっとつぶれそうになる高耶。
説明するのも面倒なので「いいから言うこときけ」と言い切ってその話は打ち切った。
美弥はわけがわからず不満そうだったがそれ以上は追求してこなかった。
綺麗に掃除された玄関にはいくつかプランターが置かれていた。
直江の母親が手入れしているのだろう。
プランターの花は春らしい可愛い花を咲かせていた。
高耶の背中をつついて美弥が笑う。

「ね、お兄ちゃん。あの花、お母さんが好きだった花に似てるよね」
「ああ、そうだな。同じ花じゃねぇの?」

直江に訊ねると聞き覚えのある花の名前が返ってきた。
ふわり。
風に揺れる小さな花をもう一度見て高耶は小さく笑う。
からりと玄関を開けて直江が「今帰りました」と奥に向かって声をかけた。
すぐに奥から落ち着いた色の和服に身を包んだ初老の婦人が現れる。

「おかえりなさい、義明さん」

直江の後からついてきた高耶と美弥に直江の母親は優しく微笑んだ。

「いらっしゃい。義明の母の春枝です。遠くからいらっしゃってお疲れでしょう?今お茶を淹れますから、さ、おあがりになって」
「初めまして。お世話になります。仰木高耶です」
「こんにちわ。お邪魔します。妹の美弥です」
「義明から話は伺ってますわ。話に聞いたとおり可愛いご兄妹ですこと」

春枝に案内されて高耶と美弥は居間に通された。
居間に二人残された仰木兄妹はあまりの広さに思わずあたりを見回す。
父親の趣味か、母親が選んだのか。
シンプルだが感じよくまとまった家具。
きょろきょろしていると部屋に荷物を置きに行っていた直江が戻ってきた。

「足、崩したらどうですか?後で立つときに痺れて辛いですよ」
「なんとなく・・・正座しなくちゃ悪いような感じ」
「そんなに堅苦しい家じゃありませんからご遠慮なく」

じゃ、お言葉に甘えて、と高耶が膝を崩した。
美弥もかしこまった座り方を少し楽にする。
高耶と美弥。
並べて見るとやっぱりよく似ているなと直江は内心思う。
ところで、と高耶が口を開いた。

「おまえ、家でなに話してんだよ」
「何って・・・世間一般の普通の家族の会話ですが?」
「普通に喋ってて何で可愛いって言われるんだ」
「ありのままを話しているだけですよ」

いけしゃあしゃあと言い切る直江。
高耶の隣で美弥が「も〜、ラブラブなんだからぁ」とからかって頭を小突かれた。
痛いなぁと大げさに頭を押さえながら美弥が高耶を横目で見る。
そんなやり取りを笑いながら見ているとお盆を手にした春枝が居間に入ってきた。

「お待たせしてごめんなさいね。どうぞ、お口にあえばいいけど」

そういって春枝は高耶と美弥の前に湯飲みと木の葉の形をした小皿に乗せた和菓子を置いた。

「わ、可愛い」
「美味しいって評判のお菓子なの。でも若い子には合わないかしらねぇ」
「そんなことないです。あたし、和菓子大好き」
「嬉しいわ。たくさんあるから遠慮しないで食べてね」
「いただきます」

すっかり意気投合してしまった春枝と美弥。
高耶と違い、もともと人見知りじゃない美弥は誰とでもすぐに打ち解けられる。
そんな素直な性格が羨ましくもある高耶。

「やっぱり女の子はいいわねぇ。わたしも一人じゃなくてもう二人くらい娘が欲しかったわ」

そんな春枝の言葉を聞きながら直江は「息子で申し訳ありませんねぇ」と小声で呟いた。
高耶は直江の言葉に吹き出す。
直江のこの性格で女だったら絶対に怖い。

「あきらちゃんも早く帰ってこればいいのに」
「あきらちゃんて?」
「上の息子の娘なの。美弥ちゃんとは同い年なのよ」
「そうなんですか?仲良くなれるかな」
「祖母のわたしが言うのもおかしいけれど、明るくて優しい子よ。きっと仲良くなれるわ」

噂をすれば何とやら。
玄関から「ただいま」と女の子の声がした。
リズミカルな足音。
ひょいっと居間を覗くショートカットの少女。

「ただいま〜。頼まれたもの買ってきたよ、おばあちゃん」

すぐに高耶と美弥の存在に気づき「お客さん?」と春枝に訊ねた。

「義明さんのお友達の仰木高耶さんと妹の美弥さん」
「こんにちは。橘あきらです」
「仰木高耶です」
「美弥です。よろしくね?」










お茶をご馳走になってから、美弥とあきらはご近所散策に出かけていった。
直江は本堂で読経の最中。
住職である父親も、跡を継ぐ予定の次兄も留守。
ゆえに僧侶の免許をもっている三男の義明が駆り出されたのだった。
直江の自室で高耶はのんびりと寝転がっている。
母屋とは廊下で繋がっているが滅多に人がこないこともあって遠慮なくごろごろしていたのだ。
こんなことなら美弥たちについて宇都宮の市内の散策に行けばよかった。
寝転がっていると自然と眠くなってくるもので、高耶は電車の中であれだけ眠ってきたにもかかわらず再び眠りの縁へと足を踏み入れる。
直江が部屋に戻ってくる頃にはすっかり夢の国の住人となっていた。
気持ちよさそうに眠っている高耶に自然と直江の頬が緩む。
背中を丸めて眠るのが高耶のクセなのだと、時折ベッドをともにすることで気づいていた。
今回も膝を抱えるようにして眠っている。
起きたあとに「身体中が痛い」というのも頷けるのだが・・・。

「高耶さん?高耶さん?」

春になって幾分暖かくなってきたとはいえ、こんな格好で寝ていては風邪を引く。
肩を軽く揺すると高耶が薄く目を開いた。
まだ半分眠っているのか、ぼんやりとした瞳で直江を見ている。

「寝るんでしたら布団を敷きますよ。夕方は少し気温が下がりますから風邪を引いてしまいます」
「んにゃ・・・。もぉ起きる・・・」

んーっと大きく伸びをして高耶は身体を起こした。
何度か瞬きをして仕上げとばかりに自分の頬を掌でぱしっと叩く。

「人間、あんだけ寝てても寝られるもんだな。電車ん中でずいぶん寝てきたつもりだけど・・・」

それはあなたが特別なんじゃ、と言う言葉を直江は飲み込んだ。
誰が見るともわからない電車の中であんな無防備な表情で眠っていたのかと考えると少しだけ悔しい。
やっぱり迎えに行けばよかったな、と内心考える直江。
しっかりと覚醒した瞳で高耶は直江を見上げた。

「おまえ、やっぱりぼーさんだったんだなぁ」

しみじみ言われて戸惑った。
実は現在直江が身にまとっているのは法衣。
読経が終わった直後だったためまだ着替えていなかった。
高耶は直江がスーツ以外の服を着ているの見るのは初めて。
スーツ姿の直江も(もちろん)好きなのだが、こういった和服というのもまたいい感じに似合っている。

「ああ、この格好であなたに会うのは初めてでしたね」
「スーツばっか見慣れてるから、坊主だって事実を忘れてた。おまえ、どっちかっつーと青年実業家系のイメージが強いよな」
「似合いませんか?」
「いや?ものすごーく似合ってる」
「それは・・・ありがとうございます」
「なんつーかこう、腹にさらし巻いて着流し姿だったら仁侠映画の世界だよな」
「・・・」

それは誉められているのか?
一抹の疑問を残しながら直江は法衣を着替えた。
どこかへ出かけようかと言ってはみたが時間はもう遅い。
そうこうしているうちに美弥とあきらがふたりを呼びにやってきた。

「義明兄ちゃん、ご飯〜」
「お兄ちゃん、ご飯だって。美弥もちゃんとお手伝いしたんだよ」

散策から返ってきた美弥とあきらは春枝の手伝いをしていたそうだ。

「そっか。手伝いしてたのか。おりこうさんだったな」

頭をぽんぽんとなでて誉めてやる。
美弥はぷーっと膨れて高耶を見上げた。

「お兄ちゃん、それって小学生相手の誉め方みたい」
「そーやってすぐ膨れるのがお子様なの」

美弥と高耶のやり取りを見てあきらが羨ましそうな声をあげる。

「いいな、美弥ちゃん。あたしも年の近いお兄ちゃんが欲しかった」
「伸介がいるじゃないか」
「伸介は弟だもん。かといって義明兄ちゃんじゃ年が離れすぎてるしなぁ」

あきらと直江の年齢差は十四。
あきらの父親で兄である照弘と直江はちょうどひとまわり年齢が違う。
今のあきらと同じ年齢のときにはすでに「叔父さん」という立場。
魂核年齢にいたっては四百年と少々。

「話合わないし、ときどきめちゃくちゃオヤジ入ってるし」
「悪かったな」
「美弥ちゃんはいいよね〜。カッコイイお兄ちゃんがいて」

直江の傍を離れて高耶と歩いていた美弥の腕をとる。
そのままテケテケと美弥の腕を引いて台所へ向かっていった。
少なからずショックを受けている直江の肩を高耶がぽんと叩いた。

「直江・・・現役女子中学生とくらべたらおっさん呼ばわりされてもしょうがないぞ」
「あなたまでわたしをおっさんだと・・・」
「だっておまえ、年の割に落ち着きすぎててじじくさ・・・」

言いかけて口を噤む。
そっと隣を見上げれば、案の定落ち込んだ直江の表情があった。





居間のテーブルに並べられた豪華な夕食に高耶は面食らった。
すでに長兄夫婦、次兄夫婦に直江の父がテーブルについている。
「お邪魔してます」と直江の父親に向かって頭を下げた。
穏やかな笑みは直江のそれとよく似ていてほっとする。
高耶の右隣には美弥、左隣には直江。
コップにビールを注ぎながら兄の照弘が直江に訊いた。

「今日はおまえの誕生日だったな、義明。いくつになったんだ?三十か?」
「まだ、二十九ですっ」

先ほどの「おっさん」呼ばわりが響いているのか、「まだ」の部分に力を込めて直江が訂正する。
二十九も三十もそんなに変わりないような気がするのだが「二十代」と「三十代」の響きの違いは大きいらしい。
高耶の前では大人な直江も橘の家族の中ではやっぱり末っ子。
ちょっぴりムキになる直江も可愛いかも、と高耶は気づかれないように笑った。

「そうか、二十九か。おまえもそろそろ嫁を貰って身を固めてもいい年頃だなぁ」
「兄さん!」

直江が照弘をたしなめる。
高耶が気を悪くすると思ったのだろう。
照弘は悪びれた様子もなく続けた。

「俺がせっかくいい縁談を持ってきてやるのに」
「だから余計なお世話だって言ってるじゃないですか。それにわたしにはもうすでに心に決めたひとが・・・ぐふっ」

みなまで言わせずに高耶が直江のわき腹に鋭い一撃を喰らわせた。
自分の家の二の舞になっては困る。
高耶の拳がめり込んだわき腹を押さえながら直江は照弘に向かって、

「とにかく、今後一切、見合いの話は持ってこないでください」
「あー言えばこう言う。まったく、おまえはいつからそんなに可愛げのない子になったんだ。昔は口答えしないおとなしい子供だったのに」
「口答えって・・・。そんなの小さい赤ん坊の頃の話じゃないですか!」
「口答えする赤ん坊がいてたまるか。それより仰木くん、義明のこんな話を知っているかい?」

などと見合い話の次は直江の幼少の頃の思い出話。
直江は真っ赤になって話を遮ろうとする。

「兄さん、いい加減にしてください〜!!」

悲鳴のような直江の叫びなど、照弘は聞いてはいない。
「一杯どうだい?」とビール瓶を出されて高耶は思わずコップを差し出した。

「兄さん、未成年にアルコール飲ませないでくださいっ!高耶さんもコップを出さないっ!!」

直江ひとりが苦労しまくった橘家の楽しい夕食は和やかに終了した。
その後も何だかんだと照弘が昔のアルバムを引っ張り出してきては、直江の幼い頃の話を面白おかしく語ってくれた。
モノクロの写真の中に収まっている直江。
家族みんなに愛されて育ったことがよくわかる。
すっかり酔っ払った照弘を妻の加代子が自宅へ連れて帰ったのを合図に直江たちも席を立つ。
美弥は夕食後、あきらと一緒に寝るのだと荷物を持って一足先に同じ敷地内にある照弘宅に行っていた。
直江の部屋へ続く廊下を歩きながら直江が詫びる。

「騒がしい家でびっくりしたでしょう?」
「ん?全然へーき。家でも美弥一人であれっくらい喋るからなぁ。話し始めたら止まらねぇんだぞ。まるで機関銃」

学校でこんなことがあったとか、部活がどーだったとか。
そんな他愛もない話を父親とふたりで相槌を打ちながら聞くのだ。

「あなたの迷惑にならなかったならよかったです」
「迷惑だなんて・・・。こっちのほうが兄妹で押しかけてめーわくかけたなって思ったのに」
「誘ったのはわたしですからね。気にしないでください」

微笑みながら直江が言う。
部屋の襖を開けてびっくり。
一組の布団にまくらが二つ。

「・・・」
「粋なことをしてくれるもんですねぇ」

直江の部屋に客用の布団を運んだのは姪っ子のあきらだ。
さすがにシングルの布団に大の男が二人というのも狭い。
直江は押入れから自分の布団を取り出して敷いてある布団の隣に並べた。

「寝ますか?」
「実を言うと、あんまり眠くねーんだよ」
「あれだけ寝てたら、眠くないですよね。散歩にでも行きますか?」
「ううん、いい。それよか直江、こっちこいよ」

自分の隣をぽんぽんと叩く。
直江は小さく笑って高耶の隣に移動した。

「どうしたんですか?」
「・・・とう」
「何?」
「誕生日、おめでとう」

高耶の肩を抱き寄せて軽くキスをする。
一度唇を離して二度目のキスは深く長い。
角度を変えて何度も繰り返されるキス。

「おまえが生まれてきてくれて、本当によかった・・・」









と、直江と高耶がいちゃいちゃとしている隣の部屋。
襖の隙間からこっそりと覗いているのは美弥とあきら。

「ああん、もぉっ!じれったいなぁ。早く押し倒しなさいよっ!」
「あきらちゃん、そんな興奮したら気づかれちゃうよっ」
「だってじれったいじゃないの〜。義明兄ちゃんって、けっこうツメが甘いのよね」
「あきらちゃんってばキツイ。でも知ってたんだ、お兄ちゃんと義明さんのこと」
「気づかないほうが鈍いわよ。美弥ちゃんのお兄ちゃんのこと話すときの義明兄ちゃんの顔っ!みせてあげたいくらいだよ。目尻はこれ以上ないってくらい下がってるし、鼻の下は伸びてるし・・・ってこれは言い過ぎなんだけど。とにかくもうでれでれ。聞いてるこっちが恥ずかしいくらい」
「あれ?でもあきらちゃんのお父さん、お見合いがどうとか言ってたじゃない」
「あれはね、義明兄ちゃんからかって面白がってんのよ。ほら、お父さんと義明兄ちゃんって年が離れてるじゃない?可愛くってしかたがないのよ、うちのお父さん」
「そうか。一種の愛情表現ってやつね」

直江が聞いていたら「そんな愛情はいりませんっ」とでも言いそうだが。
あーだこうだと美弥とあきらは話しに夢中になっている。
当然襖の向こうの人影にも気づいていない。
いきなり襖を開けられて美弥とあきらはずっと直江の部屋に前のめりに倒れこんだ。

「うわっ」
「きゃあっ」

畳にぶつけたおでこをさすりながら顔をあげる。
そこには腰に手をあてて引きつった笑いを浮かべている高耶。

「何をしてたんだ、おまえらっ」
「え?別に何も・・・」
「そうそう。何もしてないよね、あきらちゃん。ちょっと遊びに来たらお兄ちゃんと直江さんが・・・」

笑って誤魔化しながらじりじりと後退りする。
「ごめんなさい〜」と言いながら脱兎のごとく逃げ出す。
そんな彼女たちの後姿を見送りながら直江が額に手をやって笑っている。

「ひょっとしておまえ、気づいてたのかっ!?」
「あの布団敷いたの、あきらだったんだなぁと思って」
「笑ってる場合かっ!ばらしたのか、オレとおまえのことっ!!」
「話してませんよ、まだ」
「じゃ、なんでっ」

知りませんよ、と言う直江の頭をげしっと殴る。
もう寝るっ!と言い捨てて高耶は布団にもぐりこんだ。
拗ねる高耶が可愛くて、直江は苦笑しながら電気を消して布団に入った。

「高耶さん。本当に寝ちゃったんですか?」
「・・・うるさい」
「せっかく久しぶりにあったんですから、こっちにきませんか?」
「・・・」

返事はない。
諦めて寝ようと目を閉じると隣の布団に入っていた高耶がもぞもぞと直江の横に入り込んできた。

「寝るだけだからな。それ以上やったら殴るぞ」

直江の腕枕でぴったりと寄り添う高耶。
これだけ密着していても何もできないのは拷問に等しい。
直江の気も知らないで高耶は幸せそうな顔で眠りについた。









「譲の土産も買ったし・・・忘れもんはねぇな」
「松本まで送っていったのに。本当に電車で帰るんですか?」

実は昨日の夜から「車で送る」と直江は主張していたのだが、高耶が頑として譲らなかった。
直江としては少しでも一緒にいたかったのだが高耶がそれを許してくれなかったのだ。
明日は仕事があるのに無理をさせたくないというのが高耶の本音。
そんな高耶の気持ちもわかっていたからあまりしつこくは言えなかったのだが・・・。
やはり未練はあるようだ。

「ここまで来てぐだぐだ抜かすんじゃねえ」

宇都宮駅のホーム。
土産の入った紙袋を手にして高耶が言う。

「直江さんだってお兄ちゃんと一緒にいたいのに。そのくらいわかってあげなよ」
「おまえは黙ってなさいっ!!」
「ほんと、遠距離恋愛って大変だよね」
「おまえも黙ってなさい」

高耶は美弥に、直江はあきらに。
それぞれたしなめるような口調で言った。
しかし今時の女の子はそんなことぐらいでは止まらない。
また機関銃のような勢いで喋りだして、高耶と直江はもう何も言えないほどだった。
やがて電車がホームにやってくる。
美弥は直江に頭をさげ、あきらには「またね」と手を振って電車に乗り込んだ。

「じゃ、またな」
「元気で。気をつけて帰ってくださいね」
「松本の駅ついたら電話する。あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「オレ、松本帰ったら携帯買うから。メール使えるやつ。そうしたら、もっと気楽に喋れるだろ?」

「じゃあな」と短い別れの言葉を口に高耶は電車に乗り込む。
荷物を置いてシートに座るとポケットに突っ込んだままの包みの存在を思い出した。

「やば、忘れてた」

高耶は慌ててホームに戻る。
直江が「何か忘れ物ですか?」と訊ねると、ポケットから取り出した包みを直江の掌に置いた。

「おまえに渡すの、忘れてた」
「なんですか、これ」
「誕生日プレゼント」
「・・・ありがとうございます」
「安もんだぞ。あんま期待すんなよな」
「あなたがくれるものだったら、何だって宝物ですよ」

恥ずかしい言葉をさらりと口にする。
高耶は「もう行くからな」とデッキに足をかけた。
直江が一歩踏み出して高耶と一緒にデッキに乗り込んだ。
腕を引っ張って振り向かせ、触れるか触れないかのキスをする。

「おまえっ!」

高耶が怒鳴る前に直江が身を引く。
プシュッと電車のドアが二人の間を遮った。
ガタンと車体が揺れ、電車が出発。
遠ざかっていく高耶に直江は少しだけ寂しそうな顔をして手を振った。
一方高耶は真っ赤になったまま唇を押さえる。
油断も隙もあったもんじゃない。

「あのヤロー・・・今度会ったら覚えてやがれ」

座席に戻ると、美弥がホームで買ったジュースを飲んでいた。

「別れ辛かった?」
「別に。会おうと思えばいつだって会えるだろ」
「まったまた、そんな強がり言っちゃってぇ。でも、美弥、あんなドラマみたいな別れのシーン、初めて見ちゃった」
「は?なんだよ、それ」
「直江さん、電車が出発するまえにデッキでお兄ちゃんにキスしたじゃん。何かカッコイイよね〜、あーゆーの♪」
「美弥っ!!」

思わず大きな声をあげる。
同じ車両の乗客が何事かと高耶たちを振り返った。
「何でもないです、ごめんなさい」と謝りながら美弥が頭をさげる。
シートに座ると小声で、

「大きな声ださないでよ、お兄ちゃん。恥ずかしいじゃないっ」

恥ずかしいのはこっちのほうだと思いながら高耶はふてくされて帽子を目深にかぶる。

「兄ちゃんは寝るぞ。起こすなよ」

腕組みをしたまま黙り込んでしまう高耶。
松本に帰ったら早速携帯電話を買いに行こう。
そうすればいつも直江の声が聞けるから。




ひとり窓の外を見ていると携帯の着信音がカバンの中から聞えた。
慌てて取り出すと、あきらからのメールだった。

『やっほ、美弥ちゃん。また今度遊ぼうね♪。見た?義明兄ちゃんと美弥ちゃんのお兄ちゃんのキスシーン。あたしもバッチリ目撃しちゃった。すごいよね(笑)。あたしも協力するから、美弥ちゃんのお父さんの説得頑張ってね〜。あきら(^_-)☆』

慣れた手つきで美弥も返事を打ち込む。

『あはは。何か見てるこっちが照れるというか・・・。でも応援したくなるのよね。美弥も頑張ります(笑)今度は松本にも遊びに来てね。待ってます。美弥』

送信完了の画面を見て美弥が携帯をカバンに入れる。
高耶を見ると、本当に眠ってしまったようだ。
よく寝るな、と思いながら美弥は膝に頬杖をついて高耶をじっと見つめた。

「美弥はお兄ちゃんの味方だからね。お兄ちゃんは余計なことって言うけど、お兄ちゃんが直江さんと無事に同棲できるように美弥も頑張るからね」

あきらという同士を得て、美弥はますます高耶と直江の恋を応援することに決めた。
そんなことは露知らずのん気に眠っている高耶。
五月六日の晴れた空の下。
仰木兄妹を乗せた電車は快調に東京へ向かって走っていった。






=END=   [eternal love]へ続く

仰木家シリーズ3  著・なぎ(蜃気楼の館

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