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仰木家シリーズ6  著・なぎ様(蜃気楼の館




〜クリスマスの奇跡〜






二学期最終日。
一時間の大掃除に、寒い体育館での終業式。
長ったらしい校長の話に欠伸を噛み殺す生徒が何人も目に付く。
橘あきらも例に漏れず欠伸を噛み殺す努力を惜しまなかったのだが、とうとう我慢しきれず思いっきり派手に大欠伸をしてしまった。
幸い壇上の校長先生は気付いていない。
やれやれと胸を撫で下ろし、再び欠伸と格闘しながら彼女は校長の話が終わるのを待ったのである。





「あー、眠かったぁ」

終業式が終わり校舎と体育館を結ぶ渡り廊下を、各自の教室へと向かう生徒たちの流れに乗って歩くあきらは大きく腕を伸ばした。
実は昨夜、今年のgwに友達になった、父親の弟の恋人の妹・・・長野県に住む仰木美弥と長電話をしていたため寝不足の状態なのだ。
ただでさえ長い校長先生の話は子守歌にうってつけで、立ったまま居眠りをしている強者までいる始末。

「ほんっと、校長って話長いよねぇ。同じようなコトばっかり繰り返すし」
「だよね。もっと簡潔に言いたいことだけ喋ってくれたらいいのに」

あれで教えていたのが国語だと言うのだから笑ってしまう。
クラスメイトの瀬川美月と文句を言いつつ歩いていると、いきなり背後から後頭部を何か平たいものでパコッと叩かれた。

「何すんのよっ!」

勢いよく振り返ったあきらは、背後に立っていた人物に相好を崩す。
他の誰かだったら十倍返しだったかもしれない。
黒表紙の出席簿を片手に腕を組んで笑っているのは、あきらのクラス3年5組の担任。
小学校からバスケ部に所属し、常にレギュラー入りしていたその男は背が高く、短く刈り込んだ短髪がよく似合っている。
あきらの通う中学校の教諭陣の中では若い部類に属し、笑った顔の人懐こさと話し易さから生徒たちに人気があり、彼が担任をしている3年5組はいつも笑い声が絶えない。

「あんまり派手に欠伸すんなよ、橘。顎が外れるぞ?」
「けーすけちゃん!」
「こらこら。学校では【奥村先生】だろ」
「だって、けーすけちゃんのが呼び易いんだもん」
「学校以外だったら呼ばせてやるから、学校内では【先生】って呼ぶの。判ったな?」
「はーい、わっかりました。奥村先生」

敬礼の真似事をするあきらに、奥村はニッと笑いかけて、

「よーし、いい子だ。いい子ついでに職員室寄って行こうな。荷物運び手伝ってくれ」
「えぇ〜!?」

奥村の言葉に悲鳴をあげた。

「俺が二つ。橘と瀬川が一つずつ。クリスマスプレゼントに宿題たくさん出してやるからな」
「そんなプレゼントいらない、先生」
「受験生が何を言うか。この冬休みが勝負ドコロだろ?今年は遊ぶ計画ばかりたててないで、ちゃんと勉強してろよ」
「せっかくのクリスマスイブに、そんなこと言わないでよ」
「瀬川は私立の女子高だから、受験日が2月の終わりだっけ。橘は県立中央か。俺と同じ学校だな」

合格したら「先輩」って呼んでもいいぞ、と奥村はワハハと笑う。
けーすけちゃんはけーすけちゃんで上等だい、とあきらは内心思う。
ちなみに、あきらと奥村の出会いは13年前まで遡る。
あきらの叔父である橘義明と担任の奥村啓介は高校時代からの友人なのだ。
ちょくちょくと家に遊びに来ていた奥村は元々子供好きだったのだろう、幼いあきらのよき遊び相手だった。
「けーすけちゃん、けーすけちゃん」と奥村たちの後をくっついていたのを朧気ながら覚えている。

「おっと。そろそろチャイム鳴るな。行くぞ」

奥村に促され、あきらと美月は顔を見合わせて肩を竦めた。
しょうがないなぁと言いたげな表情を貼り付けて、跳ねるような足取りで職員室へ向かう奥村の背中を追いかけた。









2階にある職員室から3年5組の教室まではゆっくり歩いても約5分。
特別教室ばかりが集まる「特棟」と呼ばれる建物を含めて、あきらの通う中学校は平行に3つの校舎が並んでいた。
2棟には1年から2年までの各学年10クラス、合計20クラス分の教室。
職員室のある1棟には3年生10クラスの教室がある。
四階建ての校舎の最上階に3年5組の教室があった。

「いいなぁ、あきらは」
「何が?」
「奥村先生と仲良くってさ。あんただけじゃん、用がなくても奥村先生が話しかけるのって」
「そんなことないっしょ。先生、誰に対しても同じじゃん」
「同じじゃないよ。あたしらにも優しいけど、あきらに話かけるときは特別優しい」
「考えすぎ。奥村先生、あたしのこと小さい頃から知ってるし、叔父さんの友達だからでしょ?」
「どっちにしても羨ましい。奥村先生もカッコイイけど、あきらの叔父さんってカッコイイもんね」
「そぉ?」

叔父の義明は確かに顔は整っているし背も高い。
100人中、96人は確実に『いい男』だと言うであろう容姿をしている。
幼い頃からそれを見慣れているあきらにしてみれば、毎日合わせている顔を今更『カッコイイ』と称賛する気がないだけだ。
あきらの家に遊びに来たり、学校へ義明が迎えに来るのを見ている美月を始めとする友人たちは口を揃えてこう言う。

『あきらの叔父さんって、ほんっとカッコイイよねぇ〜』



「ところでさ、今日の六時からクラスの有志でカラオケ行こうって話があんだけど。これから受験勉強も忙しくなるし、思いっきり息抜きしよってことらしいんだ。あきらも行くよね?」
「あー、今日はダメだ。学校終わったら友達に会いに松本まで行くの」
「なぁんだ、つまんないの。あきら、歌上手いのに」
「今度付き合うからさ」
「約束だからね」

そうこうしているうちに3年5組の教室に到着。
あきらも美月も両手が塞がっているためドアが開けられない。
こうなったら最終手段。
上履きのつま先をドアにひっかけて、えいっと力を入れる。
担任だと思ったのかざわめいていた教室内が一気に静まり返り、入ってきたのがあきらと美月だとわかると再びざわめき始めた。
教卓の上にテキストの入ったダンボール箱を置いて自分の席につく。
後ろの席を振り返って美月としばらくお喋り。
数分後、今度こそ担任の奥村が教室に入ってくると、日直の号令により二学期最後のホームルームが始まった。





「先生、サヨナラ」

冬休みの課題テキストを2冊と通知表を受け取り、休み中の注意事項を簡潔に説明をしただけでホームルームは終了した。
各々これから休みになるという開放感に浮かれた足取り。
その後に待ち構えている受験地獄は、今日のクリスマス・イブというイベントのため忘れられているようだ。

「おう、宿題、ちゃんとやれよ」

出席簿を手に奥村が生徒たちを見送る。
鞄にテキストを詰め込んだあきらも教卓の前を通るときに奥村に挨拶をする。

「奥村先生、さよーならっ」
「気をつけて帰れよ。餅食いすぎて太るなよ?」
「せんせ、それってセクハラ〜。やりすぎると彼女に振られるよ〜」
「余計なお世話だ」

逆にからかうあきらに奥村は苦笑いを浮かべた。
あきらに隣に立っていた美月が指先で横腹を突っつく。

「ね、奥村先生って彼女いたの?」
「うん。高校の時からの付き合いなんだよね。何で結婚しないの?」
「ったく、おまえはいちいち直球しか投げてこんヤツだなぁ。大人の事情ってやつだよ、大人の事情。お子様にはわからん理由があるんだ」
「とかなんとか言っちゃって。プロポーズする勇気がないんだ、センセってば」

なおもからかうあきらを奥村は強行手段で黙らせる。
手にしていた出席簿でかなり手加減をして彼女の頭をパコッとやったのだ。
さすがに言い過ぎたと反省し、あきらが素直に「ごめんなさい」と謝ると、奥村は苦い表情から一転いつもの優しい笑顔に戻った。

「わかればよろしい。あんまり大人をからかうもんじゃないぞ、橘」
「はぁい」
「じゃあな。寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ。休み明けには課題テストがあるからな。今日渡した宿題、忘れずにやっておくんだぞ?」
「了解」

快活に答えて彼女たちは教室を後にする。
誰も居なくなった教室で奥村はこめかみを人差し指でぽりぽりとかく。
軽いため息。
いつまでも小さい子供だと思っていた友人の姪っ子は確実に成長している。
幼い頃から見ていたせいか、まだ自分が親になったわけでもないのに気分は父親に近い。
友人・橘義明も同じような思いを抱えているだろうと思いながら教室を出ようとしたとき、ジャケットの内ポケットに入れていた携帯電話が鳴り出した。

「はい、奥村です」









「ね、あきらぁ。奥村先生の彼女ってどんなヒト?」

大半の生徒が帰宅し、生徒の数がまばらになった廊下を並んで歩く。
美月の問いにあきらは「内緒」と笑った。

「あまりぺらぺら喋ると奥村先生に怒られちゃうもん」
「さっきはペロッって喋っちゃったくせに」
「ああ、うん。あれは反省してる。先生に悪いことしちゃったな〜」

いくら個人的に親しいとは言っても、奥村自身が話していないプライベートを口外するのはいけないことだ。
奥村は告げ口をするような人間ではないが、叔父の義明に知れたらやんわりとした口調ではあるが、しっかりと窘められることだろう。
反省反省、と繰り返すあきら。
これ以上聞き出すのは無理だと諦めた美月が歩きながら窓の外に視線を流す。
昇降口から校門へと向かう生徒たち。
校門から少し離れた場所に、黒塗りの高級車が停まっていることに気付く。

「あきら、あれ、あんたの叔父さんじゃない?」

オフホワイトのコートに身を包んだ青年が車の傍で、時間を確認しているのか時折腕時計を見ながら周囲に視線を向けている。
美月に突付かれて窓の外を見たあきらは慌てて自分の左腕にしている時計を見た。
時計の針は午前11時58分。
約束の11時30分を28分も過ぎている。

「いっけない。迎えに来てもらう約束、すっかり忘れてたっ!ごめん、美月。あたし行くから。また電話するっ」
「初詣に一緒に行く約束、忘れないでよ?」
「大丈夫、覚えてるって。じゃあね」

スカートの裾を翻して廊下を走って行く。
階段を2・3段は飛ばして駆け下りていくその姿は鉄砲玉のようだ。
美月がゆっくりとした歩調でようやく昇降口に辿りついたとき、あきらの姿はすでに校門の外に消えていた。










「義明兄ちゃん、ごめんっ!」

橘家所有の黒塗りのベンツまで超特急で走ってきたあきらは、人待ちをしていた青年の前で急ブレーキをかける。
開口一番にまず謝罪。
11時30分には学校が終わるから迎えに来いと頼んだのは彼女だ。
叔父の義明・・・直江は時間より5分ほど前からここであきらが来るのを待っていた。
二学期最後だし、女の子だから喋り収めというのもあるだろう。
5分や10分の遅刻なら大目にみてやろうと思ったが、実際は約30分の遅刻。
だが必死に頭を下げる姪っ子の姿に、あれこれ言う気は綺麗さっぱり消えうせてしまった。

「迎えに来てもらうの、忘れてたわけじゃないんだけど、奥村先生と話してたら遅くなったっていうか、話が弾んでたっていうか」

とどのつまりは忘れてたんだな、と直江は思ったが口には出さなかった。
きっぱりはっきりと物を言い、なおかつ小さい頃から知っている相手の、まさか担任を務めることになるとは思わなかったであろう親友を少々気の毒に思いながら直江はあきらに車に乗るようにと促す。
あきらが助手席に乗り込むのと同時に直江も運転席に乗り込む。
エンジンをかけて走り出すと、帰宅途中の生徒たちが彼女の乗った車を振り返る。
中学校への迎えにベンツは目立ちすぎる。

「義明兄ちゃん、何でベンツなの?」
「エンジンの調整をしてもらってるんだ。ついでに洗車も」
「どうせ汚れるのに」
「気分の問題なんだ。黙ってなさい」
「久しぶりに美弥ちゃんのお兄ちゃんに会えるもんだから、また顔が緩んでるじゃない。あんまり緩んだカオしてると、もとに戻らなくなっちゃうよ」
「まったくおまえは、相変わらず口の減らん・・・」

やはり兄さんの血を受け継いだだけある。
と、兄・照弘と同じ親から生まれた直江はシミジミと思った。

「ねえ、義明兄ちゃん。けーすけちゃんと清香ちゃん、結婚しないの?高校のときからの付き合いなんでしょ?もう十年以上付き合ってるんじゃん」
「唐突に話を変えるな、おまえは。そんなこと、俺が知るわけないだろう」
「けーすけちゃん、学校でも人気あるから狙われてんだよ。国語の浅野先生とか、英語の水谷先生とか。事務の佐々木さんもけーすけちゃんのこと好きだって噂。早く結婚しちゃえば、そーゆー女の人たちに言い寄られずに済むのにさ」
「おまえが心配しなくても、結婚する気になればするだろう。別に結婚という形に縛られなくても、お互いが思いあっていればいいんじゃないのか?まあ、奥村のことだから物事のケジメとして考えてはいるだろうけどな」
「義明兄ちゃんは結婚とか考えたことなかったの?」
「父さんや母さんには申し訳ないと思ってるけどな。兄さんたちみたいに、早く家庭を持ってほしいと望んでいるのは知ってる。だけど俺には・・・」
「高耶さん以外は考えられない、でしょ?お願いだから姪に平気で惚気るのはやめてよね。話ふった、あたしが悪いんだけどさ」
「そういうことだ。いずれは父さんたちにも話さなければならんだろうな」

ふっと直江の目に陰りが浮かんだのをあきらは見逃さない。
父母を大切にしてきた直江の最初で最後の親不孝。
現に高耶の父親は直江とのことを猛反対している。
同じように祖父母が彼らの仲を反対するかもしれない。
かけがえの無いものを手に入れた分だけ、かけがえの無いものを無くしていく。
そんな哀しい思いはして欲しくないし、させたくはない。

「あたしは・・・あたしと美弥ちゃんは義明兄ちゃんたちの味方だからね。どんなことがあったって、絶対に応援してあげるからね」

あきらの真剣な言葉に、直江は優しく目を細めた。









一方こちらは長野県松本市。
県内の中学校は本日24日、クリスマスイブが二学期の終業式である。
高耶たち高校生は概ね先週の金曜日が終業式で、3日ばかり早く冬休みが始まっていた。
妹の美弥は三連休の翌日が終業式ということでぶちぶちと文句を言いつつ学校へ出かけていく。
確かに3日休んで翌日半日学校、翌日から冬休みにするよりは高校のように、先週の金曜日から休みにしたほうが手っ取り早いような気もする。
背中の半ばまで伸ばした長い髪の毛を揺らしながら歩いていく美弥を追って、父親も出勤するために玄関へと向かった。

「行ってくる」

靴を履いた父親にコートと鞄を手渡す。

「道、凍ってるから気をつけろよ」
「ああ」

夏の大喧嘩の一件があるため、まだ多少のわだかまりは残っているようだ。
高耶が夏期講習から帰宅した当初よりは大分会話の量も増えている。
だがしかし、まだ直江との同居は説得できていない。
これさえ乗り越えればすっきりとした気分で東京へと行けるのだけれど。

「オレ、午後からバイト行くから」
「ああ。父さんはちょっと仕事で遅くなるかもしれん。先に夕飯を食べてなさい」
「今夜は美弥と一緒に出かけるから、外で食ってくる。何か適当に作っておくから、温めて食ってくれよな」
「心配はいらんよ。父さんも外で食べてくるから」
「ん、わかった」

パタンとドアが閉まるのを確認して高耶はホッと胸を撫で下ろした。
詳しい話はしていないが、高耶が直江と今日会う約束をしているのは薄々どころか、ばっちり判っているだろう。
しかし不思議なことに父親は何も言わなかった。
それが嵐の前の静けさのようで怖いと思う反面、高耶の本気も少しずつ判ってくれているのではないだろうかという期待。
できれば後者であって欲しいと願いながら高耶は部屋の掃除と洗濯にとりかかった。
洗濯機を回している間に掃除機をかける。
洗濯機の音と掃除機の音が大合唱。
おかげで携帯電話が鳴っているのも気付かない。
留守録の設定をしていなかったので、携帯の着信音は根気よく鳴り続けていたが、しばらくすると根負けして鳴り止んだ。
美弥の部屋を除く家中に掃除機をかけ、脱水の終わった洗濯物をベランダに干す。
よく晴れた青空。
太陽の光は眩しいくらいなのに、肌に感じる空気は冷たい。
この分だと昨年のようにホワイトクリスマスとはいかないだろうな、と思いながら父親のシャツをハンガーに引っ掛ける。
居間で鳴り響く自宅の電話の音に振り返る高耶。
慌てて部屋の中に飛び込んでダッシュで受話器に飛びつく。
電話の主に高耶の表情がぱっと変化し、冷たい空気が一瞬にして暖かみを帯びて高耶を優しく包み込む。









「たっだいま〜」

玄関のドアを開けて元気よく声をあげたのは二学期の終業式を終えて帰宅した美弥である。
薄いピンクのコートを脱ぎながら靴を脱ぐ。
父親は仕事、高耶は午後からガソリンスタンドのバイトが入っているので留守。
誰も居ないことは判りきっているのだが、出かける前と帰ってきた後は必ず一声かけること。
それが昔からの仰木家でのお約束ごとだった。
今は亡き母親の佐和子は専業主婦だったため、美弥たちが学校から帰ってくると必ず出迎えてくれた。
誰もいない家に帰ることに慣れた今でも、冬は少し寂しい。
冬は佐和子が亡くなった季節だ。
父親も高耶も、言葉には出さないが時折表情が曇る。

「お腹空いたな〜。ご飯、ご飯」

台所に飛び込むとテーブルの上には高耶からのメモ。
午後からのバイトは6時頃終了するとのこと。
父親は今夜は外で食事を済ませてくるから心配は無用。
6時半には家に戻るので出かける準備をしておくこと等々。

「待ち合わせ7時だったっけ。ご飯食べたら部屋の大掃除しなくっちゃな〜」

冷蔵庫を開けて残っていた食材でさっと一人分の昼食を準備する。
父親がまるっきり家事のできない人なので、母親を亡くして以来、高耶と美弥はすっかり料理上手になってしまった。
炊事洗濯なんでもこい。いつだってお嫁に行けるわよ、と内心思っている美弥。
如何せん、まだ結婚できる年齢には満たないのだ。
来年16歳になって「結婚します」と言ったって父親の猛反対する顔が目に浮かぶ。
父親以上に高耶が猛反対しそうなのだが・・・。
しかしながら心配しなくても、まだ美弥の彼氏なるものは存在しない。
気になる先輩の存在はあるのだが、これは高耶には内緒の話。
あきらにだけはその秘密を明かしているので、今日あった嬉しい出来事の報告も兼ねて色々話ができるのを楽しみにしている。

「あきらちゃん、早く来ないかな」

食事を終えて呟くと、タイミングを見計らったように携帯が鳴る。

「もっしも〜し」
『美弥ちゃん?あきらだよ。今から宇都宮出るの。義明兄ちゃんに思いっきり飛ばしてもらうから、約束の時間には間に合うと思うよ。待っててね〜』
「あはは。危ないから安全運転でねって、義明さんに伝えてね。お兄ちゃんもバイト6時までだから、あんまり慌てなくっても大丈夫だよ」
『おっけ、おっけ。んじゃ、またあとでね』
「うん。待ってるね」

あと数時間であきらと会えると思うと美弥の声も自然と弾む。

「お部屋のお掃除して、着ていく服選ばなくっちゃ。何着て行こうかなぁ」

この間、友達と買い物に行ったときに見つけた服。
柔らかい色合いのセーターにミニスカート。
茶系のブーツと合わせてみたらどうだろう。
ミニスカートなんて穿いて行くなと高耶の怒った顔が目に浮かぶようだ。
兄の心配、妹知らず。
とことんマイペースな美弥は掃除機を片手に鼻歌を歌いながら部屋の掃除を始めたのであった。









「お疲れさんでした。お先に失礼します」

午後六時。
バイトが終了した高耶は店長と五つ年上の店長の息子に頭を下げた。
松本インターの近くにあるガソリンスタンドが高耶のアルバイト先である。
高校入学当時からバイトをしていたので、お客ともすっかり顔なじみ。
バイクや車の話で客と盛り上がりすぎて注意されたこともあった。
通常、高耶の他に2人のバイトが入るのだが、今日はクリスマスイブということもあり彼らは早々に休みを入れていて、高耶も今日はバイトを休むつもりだったが店長に泣きつかれてokの返事をしてしまったのだ。

「お疲れさん。悪かったね、せっかくのイブにバイトさせちゃって」
「別にいいっすよ」
「約束あったんだろ?彼女か?」

店長の息子・里志が高耶をからかう。
違いますよ、と苦笑いを浮かべて帰り支度を始めた。

「おまえの年で男友達とクリスマスってのも寂しいんじゃねぇ?」
「妹ですよ。それと妹の友達」

と、その叔父さんでオレの一番大切なヤツ・・・という言葉は飲み込んで。

「クリスマスに妹とデートかよ。マジで虚しくねぇ?」
「はは。そうかもしんねーですね。オレ、来年東京行くんで、今のうちに遊んでやろうかなって思って」
「甘いね、高耶おにーちゃんは。何年か前まで三井らとつるんでたヤツが妹に激甘なんて聞いたら、あいつらみんなぶっ飛ぶぞ?」
「また・・・そんな昔の話を持ち出す。里志さん、人はいいけど性格悪いっすよね」
「更生したんだろ。いい傾向だって褒めてんだよ」
「そーゆーことにしときます。じゃ、マジで約束あるんで失礼します」

もう一度軽く頭を下げると高耶はスタンドの裏手にまわり、置いてあったバイクにまたがった。
今日は雪が降っていなかったのでバイクに乗ってきたのである。
一日天気が良かったのためか、道路にも雪が残っていない。
とりあえずは安全運転を心がけつつ、約束の時間に間に合わせるように走る。
信号でブレーキをかけて停まると道路沿いにある喫茶店に入っていく男の二人連れが目に入った。
街灯と店の明かりでその人物の風貌が僅かだが判り、高耶はヘルメットの中で眉を寄せた。

(親父?)

二人連れのうちの一人は高耶の父親だ。
問題はその隣を歩く男。
冬なのにサングラスをかけ、羽織っているトレンチコートの下は黒いタンクトップ。
手入れが行き届いているのか艶やかな黒髪が風になびく。

(あいつ・・・なわけねーか)

あの独特のファッションセンス持っている人間は少ないだろうが、多分人違いだろう。
だいたい、父親とあの男では接点がない。
きっと父親の会社の人間か取引先の人間だ。
店内に消えていくその背中を見ているうちに信号が青に変わる。
後ろからクラクションを鳴らされて、高耶は慌ててアクセルを吹かしたのだった。









「ただいま」

玄関を開けると、ふわりと甘い匂いがした。
エプロン姿の美弥が台所から顔を覗かせる。

「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま。シャワー浴びてくっから、直江たち来たらあがって待っててもらえよ」
「ん、わかった。久しぶりに直江さんと逢うんだもんね。キレイにしてかなくっちゃ」
「何を妙な期待してんだ、おまえは。ガソリン臭いんだよ、微妙に」
「妙な期待なんてしてないも〜んだ。お兄ちゃんが変に勘繰りすぎなんだってば」
「あーもう、あー言えばこう言う。おまえは一体いつからそんな可愛げのない妹になったんだ」
「いつだって美弥は可愛い妹じゃん。ほら、早くシャワー浴びないと直江さんたち来ちゃうってば」

父親みたいな口調で説教モードに入った高耶をバスルームに追いやって、美弥は台所へと戻っていった。
部屋の掃除が思ったよりも早く終わったので、あきらと一緒に食べようとジンジャークッキーを焼いていたのだ。
今日は直江とあきらが宿泊するホテルで食事をして、昨年と同じように松本駅前に設置された巨大クリスマスツリーを見に行く予定。
その後はホテルに戻り、あきらと一晩中お喋りをする。
もちろん、直江と高耶とは別室。
あらかじめあきらと話し合い、ホテルの部屋を二部屋確保してもらったのだ。
直江も高耶と二人きりになれるのは好都合だったようで、快くokの返事をくれたのである。
松本に住んでいながら市内のホテルに宿泊するという経験はめったに出来るものでもない。
何から話そうか考えているとオーブンが軽やかな音を立てた。
焼きたてのクッキーを取り出すとほどよいジンジャーの香り。

「わぁい、大成功♪」

金網の上でクッキーを冷ましていると玄関のチャイムが鳴った。
あきらと直江だ、と美弥は大急ぎで玄関にダッシュしドアを開ける。
立っていたのは直江ではないが、美弥のよく見知った男。

「よぉ、美弥ちゃん」
「千秋さん、こんばんわ。どうしたんですか?あ、お兄ちゃん、今お風呂入ってるんですけど。どうぞ、あがって休んでください。外、寒かったでしょ?温かいコーヒーでも入れますから」
「お構いなく。俺もこれから約束があるんでね」
「約束?ひょっとして彼女ですかぁ?」
「彼女・・・ねぇ。生物学的には『女』なんだろうけど、如何せん性格がなぁ」
「あはは。綾子お姉さんですか?デートのお相手」
「デートなんて色気のあるもんじゃあないけどね。お互い寂しい一人モン同士、酒でも飲もうって話になったんだ」
「付き合っちゃえばいいのに。美男美女でお似合いですよ、千秋さんたち」

美弥の無邪気な言葉に千秋は苦笑いを浮かべて前髪をかきあげた。

「あんな女と付き合ったら、命がいくつあっても足りねーぜ?」
「そーゆーこと言ってると綾子お姉さんに言いつけちゃいますよ?あ、ごめんなさい。長話しちゃって。お兄ちゃんに用があったんですよね。呼んできますから待っててください」
「いいってば、美弥ちゃん。実はこれ、渡しに寄っただけなんだけど」

そう言って千秋は手に持っていたピンクの包装紙でラッピングされた箱を美弥の掌に乗せた。

「何ですか、これ?」
「美弥ちゃんに俺からのクリスマスプレゼント」
「いいんですか?嬉しいです。ありがとう、千秋さんっ」

素直に喜ぶ美弥を可愛いと思いながら、千秋はもうひとつ持っていた包みを美弥に手渡した。

「こっちは高耶のヤツに渡してくれな」
「え、お兄ちゃんにもあるんですか?美弥、何も用意してないし・・・あ、そうだ。ちょっと待っててくださいね」

タンっと床を蹴ると美弥は台所へ飛び込んで、焼きたてのクッキーをファンシーショップで購入した可愛らしい袋にいくつか詰め込んで、リボンで結んでから再び玄関へと戻ってくる。
まだほんのりと温かいそれを千秋に渡す。

「ジンジャークッキー焼いたんです。綾子お姉さんと一緒に食べてください」
「さんきゅー、美弥ちゃん。いい匂いするな」
「えへへ。結構自信作。今度ゆっくり遊びにきてくださいね。プレゼントのお礼に夕食ご馳走しますから」
「嬉しいこと言ってくれるね。んじゃ、また今度ゆっくり遊びに来るな」

軽く手をあげて千秋が「またな」と言う。
サンダルをつっかけて階段を下りていく千秋を見送る美弥。
バスタオルで髪の毛をぬぐいながらバスルームから出てきた高耶が、開けっ放しになっているドアに直江たちが来たのかと顔を出す。
コンクリートの廊下には美弥の姿しかない。

「誰か来てたのか?」
「お兄ちゃん、もーちょっと早く出てきてくれればよかったのに」
「は?誰が来てたんだよ、一体」
「千秋さん。美弥、クリスマスプレゼント貰っちゃった。千秋さんてほんっとにいい人だよね〜」

手の中のラッピングされた箱を高耶に見せる。
瞬時に目を吊り上げる高耶。

「おまえ、何かくれる男がみんなイイ人だと思ったら大間違いだぞ。男なんてもんは、何かしら下心があってそーゆーことをするんだ。素直に喜んでくっついてくと、後で泣くのはおまえなんだからな、美弥」
「やーだー。お兄ちゃんってば考えすぎだよ。ホントに心配性なんだから。美弥だってもう十五歳だもん。危ない人と危なくない人の区別くらい出来るよぅ」
「いい子だからお兄ちゃんの言うことを聞きなさい。千秋には二度と近づくんじゃない。わかったな?」
「やだもん。美弥、千秋さんのこと好きだもん」

美弥の抵抗に高耶がギョッとした。

「ダメだダメだダメだっ。あいつと付き合うなんてにーちゃんは絶対に許さんぞ」
「誰も付き合うなんて言ってないじゃん。美弥の言う『好き』は男の人として好きなんじゃなくて、お兄ちゃんみたいな感じで好きなんだってば。美弥の友達だってみぃんな千秋さんのこといい人だって言ってるもん」
「なんでおまえの友達が千秋のこと知ってんだよ」
「この間、買い物行ったときに偶然出会って、お茶とケーキおごってもらったんだ。その後でカラオケ行ったの。千秋さんってね、カラオケ上手いんだよ。すんごい盛り上がって、また行きたいね〜って話してたんだから」

知らない事実が次々と浮き彫りになり、ますます目を吊り上げた高耶だった。
美弥が千秋と出会ってお茶を飲んだりしたことも知らなければ、カラオケに行って遊んでいたことも知らない。
お茶くらいなら(まだ)許せるが、カラオケなんて個室で数時間一緒に過ごしていただなんて・・・。

「オレは絶対に許さんぞぉ〜!!」

高耶の絶叫を無視して美弥は千秋から貰ったクリスマスプレゼントの包みを開けていた。
中から出てきたのはガラスの小瓶に入った薄いピンクの香水と、ピンクを基調にしたハギレで作られたクマのぬいぐるみ。
フルーティな香りにバラのエキスを加えた年齢を問わない香水。
柑橘系の香りが甘さの中に爽やかさを滲ませている。
そろそろそういったものに興味の出始めたお年頃であるせいか、友達と買い物に行っても化粧品などを手にとって見ることが増えてきた。
今、彼女の手の中にある香水もいつか買おうかなと思っていたものだ。

「嬉しい。美弥、これ欲しかったんだ」
「千秋から貰ったモンでそんな嬉しそうにすんなっ!」
「嬉しいんだからしょうがないでしょ。ほら、お兄ちゃんにだってあるんだから」

美弥は下駄箱の上においていた高耶宛の四角い箱を放り投げた。
条件反射で思わず手を出して受け止めてしまう。
どうせロクなもんじゃねーだろうと思いながら包装紙を破る。
中から出てきたのはハチミツの壷を抱えた高さ20センチくらいのクマのヌイグルミ。
見た目には可愛らしいヌイグルミだが、千秋からのプレゼントだという点で十分に怪しい。
透明のケースから取り出す。
ハチミツの壷は蓋が開くようになっており、壷の中には何かカサカサと音の鳴るものが入っていた。
何が入っているんだと、高耶は蓋を開けて中身を取り出して仰天。

「こ、こんなもん、誰が受け取るかっ!」

思わず放り投げたクマのヌイグルミを美弥が空中でキャッチする。

「せっかく千秋さんがくれたのに。そんな乱暴にすることないでしょ?お兄ちゃんがいらないんだったら、美弥が貰っちゃうからね」
「冗談じゃねぇ。こっちに寄越しなさい、美弥」
「やだもん。お兄ちゃんに渡したら、また捨てちゃうもん」

香水と高耶が放り投げたヌイグルミを手に廊下を走って逃げる美弥。
狭い団地内で仰木兄妹の鬼ごっこが始まった。

「こら、美弥っ!」
「もー、いい加減諦めてよ。早く服着ないと風邪引くってば、お兄ちゃん」
「いいから、そのヌイグルミを渡しなさい。捨てたりしねーから」
「信用できないからヤダっ」

バタバタと逃げ回る美弥が、クマが抱えている壷に何か入っていることに気付く。
中身を取り出そうとした寸前に高耶がそれを取り上げて玄関に向かって放り投げる。
哀れ、罪の無いクマのヌイグルミはキレイな放物線を描いて来訪者の顔面に激突した。
ゲッと高耶の表情が引きつる。
天の助け、とばかりに美弥の表情が明るくなる。

「直江!」
「直江さんっ、いらっしゃいっ!!」

顔面にぶつかった物体が地面に落下する前に受け止めた直江は、久しぶりに出会う愛しい恋人からのいささか乱暴な出迎えを苦笑いで受け止めた。

「ずいぶんなお出迎えですね、高耶さん」
「あ、いや・・・。これには理由が・・・」
「まあ、いいですけどね。お久しぶりです、高耶さん」

にっこりと微笑む直江の手の中には問題のヌイグルミ。
何とかそれを取り戻そうとする高耶だったが、クマが抱える壷の中身に気付いた直江が、高耶が声を上げるより先にその中身を指で摘んで取り出してしまった。

「ああああああああっ!」
「こんなものを準備して待っててくださったのは嬉しいんですが、美弥さんやあきらの手前もありますから、素直に喜んでいいものやら・・・」

直江がぴらりと取り出したのは五袋繋がったコンドーム。
ちなみに千秋が高耶へのプレゼントだと渡したクマのヌイグルミはコンドームを入れておくカムフラージュの飾り物として売られていたものである。
キャッチコピーはそのまんま『これで置き場所に困らない』

「こ・・・のクソバカ野郎っ!!」

久々に再会した恋人同士の会話にしては、なんとも色気の無い絶叫であった。









「そろそろ機嫌直してくださってもいいんじゃありませんか?」

予約していたホテルのレストランで食事を済ませた後、美弥とあきらは部屋でお喋りをするのだとエレベータに乗って下へ降りて行った。
高耶と直江は最上階のラウンジで二人きりでクリスマスを過ごそうと思った直江。
しかし高耶の機嫌はすこぶる斜めでフランス料理のフルコースを食べている最中も眉間に縦皺が深く刻み込まれていたのである。
機嫌の悪い高耶に慣れっこなのか、美弥は平然とした様子であきらと楽しくお喋りをかましていた。
直江たちのテーブルは微妙な空気を醸し出しながらクリスマスディナーを終えたのだ。

「あぁ?誰のせいだと思ってんだ、この馬鹿」
「長秀じゃないんですか?」
「事の発端は千秋だけど、おまえが妙なモン引っ張り出すから悪ぃんだろうがっ!」
「それは、申し訳ありませんでした」

まったく反省の色なくしれっとした口調の直江に高耶は唇を尖らせる。
元々本気で怒っているのではなく、照れ隠しで機嫌が悪いのを直江も美弥も知っていたからこその言葉だ。
当の本人も機嫌を直すタイミングを外していたため、未だに機嫌の悪いふりをしているわけだが。
ラウンジのカウンターに肘をついて窓の外に広がるイルミネーションを見遣る。
今日がクリスマスイブだからだろうか。
いつもよりも街の明かりが明るいような気がするから不思議だ。

「マティーニと何か軽いカクテルを」

バーテンダーにオーダーを入れ、直江は組んだ掌の上に顎を乗せ、隣に座る高耶を優しく見つめた。
横目でちらりとそれを確認し、高耶はふぅとため息をつく。
せっかく久しぶりに出会ったんだ。
そろそろ機嫌直してやるか。
いつまでも機嫌の悪いふりをしているのも疲れるのである。

「おまえが酒飲ませてくれるなんてめずらしー」
「そうですか?」
「いつもは酒はダメ、タバコはダメ、あれもダメこれもダメ」
「そんなにダメダメ言ってましたか?」
「言ってた言ってた。親父並みに口うるさかったぞ」

やっと笑ってくれた高耶に直江は胸を撫で下ろす。
やっぱり高耶は笑っている顔がいい。
もちろん、泣いた顔も怒った顔も全て愛しいには変わりはないのだが。

「どうです?お勉強は」
「ぼちぼち・・・なーんて言ってる場合じゃねえんだろうなぁ。問題集持ってきたから、後で解き方教えろよ」
「判る範囲でならお教えしますが」
「昔、バイトで家庭教師やってたって姪っ子が言ってたぞ。おまえ、頭いーんだから大丈夫だろうが」

家庭教師のバイトをしていたのは高校受験を控えた中学生相手だ。
大学受験を控えた高校生相手に勉強を教えたことなど自慢じゃないが、ない。
しかし高耶に頼られて出来ませんでは直江のプライドが許さない。

「努力します」

直江が小さく呟いたとき、カウンターにオーダーしたカクテルが置かれた。
グラスをカチンとあわせる。

「メリー・クリスマス」

静かにカクテルを傾ける。
昼間は青空を覗かせていた空からちらりちらりと白いものが舞い降りてきた。
雪の気配に振り返り目を細める高耶。

「ホワイトクリスマスだな、今年も」









「ねー、美弥ちゃん。お兄さん、すんごい機嫌悪かったけど大丈夫なのぉ?」

ホテルのツインルームでケーキをつつきながら心配そうな声をあげるあきら。
どこまでもマイペースな高耶の妹・美弥は「へーき、へーき」と笑っている。

「お兄ちゃんね、あーゆー怒り方してるときは照れてんの。本気で怒ったら、美弥だって話しかけられないくらいなんだから。あのくらいだったら平気だよ。お部屋に戻ってくるまでには機嫌直ってるって」
「それならいいけど」

実の妹がそう言うのだから大丈夫だろう。
女の子は話の切り替えが早い。
すでに話題は高耶の機嫌から学校の話、高校受験の話へと転々と飛びまくる。

「イヤんなっちゃうよね。休みなのに宿題多くってさ」
「ほんと、ほんと。先生たち、口をそろえて『受験生に休みはな〜い』なんて言ってばかりだし」
「だよね。美弥ちゃんは共学?女子高?」

くるくると本当によく話が変わる。
あきらの第一志望は直江とその友人である奥村が卒業した高校だ。
レベルは高いが、まず合格間違いないだろうと言われてはいる。
だが油断は禁物。
宇都宮へ帰ったら受験勉強に力を入れるつもりでいた。
それは美弥も同じで、あきらがいる間は羽を伸ばして残りの休みは勉強に集中する予定。

「受験終わったら、一緒に遊ぼうね」
「賛成♪お兄ちゃんの合格祝いも兼ねて、思いっきりぱーっと遊ぼっか」
「お兄さん、合格できそうなの?」
「本人、勝負は時の運とか言ってるけど。受かってもらわなくちゃ困るよね。義明さんとのラブラブ同棲生活がかかってるんだよ」

高耶が大学に合格してもしなくても、松本を出て東京へ行くつもりでいることを美弥は知っている。
しかし東京へ行っても高耶は希望の大学に合格するまで直江と一緒に暮らそうとはしないだろう。
父親同様、その息子もしっかりと頑固なのだ。
意地っ張りな父親と兄に、理解しあって欲しいと願う美弥。

「初詣にはみんなの合格祈願してこなくっちゃね」
「そだね。お兄ちゃんとあきらちゃんと、美弥だけが不合格だったらシャレにならないもん」

きゃっきゃとはしゃぎながら喋っていると、隣の部屋へ直江たちが帰ってきた音がした。
美弥とあきらの耳がぴくんと動く。

「あ、お兄ちゃんたち帰ってきたんだね。仲直りしてるよ、きっと」
「覗きに行きたいところだけど、邪魔しちゃ悪いし・・・。でも覗いてみたい」
「そーゆーときはコレ」

ベッドから飛び降りた美弥が冷蔵庫の上の棚に収めてあったガラスのコップを持ってきた。
部屋と部屋を隔てている壁にコップを押し当てて自分の耳を近づける。
一昔前のコントのようだ。
本当にそんなので聞こえるのだろうか。
ちょっぴり胡散臭そうに頬を引きつらせたあきらに美弥が親指と人差し指で丸く円を作る。

「大丈夫、仲直りしてるよ〜」
「え、本当に聞こえるの??」
「小さくだけどね。あきらちゃんも聞いてみる?」
「聞く聞く」

美弥からコップを受け取って今度はあきらがコップ越しに耳を傾ける。
なるほど、小さくな声ではあるが話し声が聞こえてきた。

『あーもうっ!おまえはどーしてすぐに抱きつきたがるんだ!』
『本当は逢ってすぐにでも抱きしめたかったんですよ。これまで理性を総動員させて我慢していたんですから褒めてくださってもいいじゃありませんか』

いつものじゃれ合いの会話だ。
あきらと美弥は顔を見合わせて笑った。

「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、本当だね」
「義明さんとお兄ちゃんは心配ないって。なんたって、生まれ変わっても幸せな恋人同士なんだから」

夏休み、彼らはあきらの父親で直江の兄である橘照弘の知人が経営するホテルのパーティーに出席した。
そのホテルの近くにある灯台でキスをした恋人は、生まれ変わっても幸せな恋人でいられるという伝説がある。
そんな伝説のある灯台で彼らはキスをし、永遠の愛の証である指輪を贈られた。

(あたしもいつか、あんな風な恋人が見つかるのかな)

これからどんな出逢いがあるのかわからない。
だけど出逢うのなら、彼らのような恋人がいい。
直江と高耶のように幸せな恋人同士になりたい。



















部屋に戻るとすぐ、直江に背中から抱きすくめられた。
顎をついと仰向かせられ即座に唇を塞がれる。
唇を離した直江は高耶の首元に光るプラチナの鎖に気付き問いかける。

「何をつけてるんですか?」

首元に注がれる視線に高耶が鎖を引っ張り出した。
プラチナの鎖には直江が贈った指輪がぶら下がっていた。

「落とすとイヤだからこーやってたんだ。なんか、薬指も中指も緩くなっちまって」
「そういえば、少し痩せましたか?」
「そうか?」

今度は正面から抱きすくめられる。

「やっぱり痩せましたね。抱いた感じが変わってますよ」
「あーもうっ!おまえはどーしてすぐに抱きつきたがるんだ!」
「本当は逢ってすぐにでも抱きしめたかったんですよ。これまで理性を総動員させて我慢していたんですから褒めてくださってもいいじゃありませんか」
「誰が褒めるかっ!」

がなる高耶をさっと抱き上げると直江は二つ並んだベッドの片方に優しく横たえる。
そのまま覆いかぶさって再び唇を塞ぐ。

「んーっ!」
「そんな色気の無い声を出さないで」

ジーンズの上から内腿をなで上げられる。
びくんと背中を反らせて高耶が敏感に反応する様を直江は嬉しそうに眺めた。
上着をめくりあげ侵入した指先が胸元の敏感な部分に触れた。

「こ、ら・・・なお・・・え・・・」

直江の手管に抵抗する力も抜けていく。
服を脱がされて高耶が身震いをした。
途端に派手なくしゃみを一発。

「大丈夫ですか、高耶さん」
「んー、たぶん」
「暖房強めましょうか?」
「頼む。マジで寒い」

直江は部屋の暖房を強めるために動き、高耶は寒さをしのぐため毛布に包まる。
それ以上手を出そうとはせず直江は毛布に包まった高耶を包み込むように背中から抱きしめた。
直江の温もりが高耶を包み込む。
安心したように背中を預けてくる高耶に一層愛しさがこみ上げてきた。









「寒いと思ってたら雪が降ってたんだね」

ホテルのフロントに鍵を預けて外に出た美弥とあきらは空から降ってくる白い雪に大喜びだ。
彼女たちの後を歩きながらその無邪気な様子に笑みを零す。
コートを羽織った直江の首には、先ほど高耶から贈られたマフラーがある。

「とても温かいですよ、高耶さん。あなたの愛に包まれているようです」
「その口は、どーしてそんなこっ恥ずかしいセリフを吐けるんだ。このまま首絞めてやってもいいんだぞ?」

マフラーの両端を引っ張って力を込める真似をする。
上目遣いで軽く睨むようにしていた高耶が相好を崩すと直江も同じように優しい表情をした。
歩くこと数分で巨大クリスマスツリーが設置されている松本駅に到着。
今年もツリーに灯りが点る瞬間を見ようとカップルや友達連れが集まっていた。
腕時計は午後11時55分。
あと5分で大きなツリーは美しいライトで覆われる。

「なあ、直江」
「なんですか?」

少し沈黙し、それから口を開く。

「もし、大学合格しなかったら・・・」
「大丈夫です。合格しますよ」
「もちろん、そのつもり。もしもの話だよ、もしもの」
「絶対に合格します。わたしが保証します」
「ああ、ありがとう」

直江の根拠の無い自信はどこからくるのだろう。
知らず高耶の頬に笑みが浮かぶ。

「オレ、頑張るから。待ってろよな」
「はい」

カウントダウンが始まる。
3・2・1・・・メリークリスマスっ!
ぱぁっと目の前が明るくなった。
大きなツリーにちりばめられた色とりどりの電球。
ランダムに点滅を繰り返し、薄っすらと雪に覆われた木を神秘的に映す。

大好きだ。
言葉に出さずに手をぎゅっと握る。
直江もそれに応えて高耶の手を握り返す。
さっと周囲を見回し、みながツリーに気をとられている隙に唇を重ねようとした瞬間・・・。

「みぃつぅけ〜た〜ぞぉぉぉぉ」

寒さのためか震える叫び声。
振り返ってぎょっとした彼らだ。
立っていたのは高耶と美弥の父親。

「親父ぃ!?」
「お父さん!?」

ずかずかと近づいてくると仰木父は高耶の腕を引っつかんで直江から引き離す。

「帰るぞ、高耶。この男には二度と近づくんじゃなぁ〜い!!」
「はぁ?どーゆーことだよ、それ」
「この男はな、高耶。おまえのほかにも女がいたんだ。これを見ろっ!!」

高耶の腕を掴んだまま、仰木父はポケットに突っ込んでいた一枚の写真を目の前に突きつけた。
どこだかわからないがラブホテルらしき玄関から出てくる一組の男女。
ぴったりと寄り添い顔を見合わせて笑う写真に高耶の表情が凍りつく。

「おまえはこの男に騙されているんだ。こんな男におまえが誑かされてると思うと、父さん情けなくって涙が出てくるぞっ!」

話が見えず、仰木父の突きつけた写真に驚いたのは直江も同じだった。
高耶に逢えない日々はしっかりと禁欲生活をしていたし、第一こんな女性に見覚えが無い。
とんだ誤解だ。

「誤解です、お父さん」
「何が誤解だっ!貴様にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないと何度言わせるんだっ!!」
「誤解です、仰木さん」

律儀に言い直す。
何がなんだかわからず茫然とする高耶の腕を引っ張って仰木父が歩き出す。

「言い訳なんぞ、聞きたくもないっ!」
「身に覚えの無いことで非難されても困ります。どこで手に入れられたんですか、そんな写真」
「貴様の友人とかいう男が教えてくれたぞ。貴様のような男にうちの息子を渡すわけにはいかんっ!」
「わたしの友人?いったい誰ですか、それは」
「名前など知らん!やけに艶々した頭をしておったことしか覚えてない」

父親の言葉に茫然としていた高耶が我に返る。
本日の記憶を総動員させて一人の男にたどり着く。
激昂する父親の肩にポンと手を置いて、

「親父・・・。マジで誤解だ、それ」
「なにおぉう?おまえはこの期に及んでまだこの男を庇う気でいるのか」
「だーから、誤解なんだってば。この写真、よく見てみろよ。思いっきり合成写真じゃねーか」

街灯の下で食い入るように写真を見つめる。
高耶が指差したところを重点的に見ていると、首と顔のつなぎ目の色が違っていることに気がついた。
よく見れば首と顔の線が微妙だがずれているではないか。

「わたしは騙されたのか??」
「そーゆーこと。あいつ、高坂ってゆーんだけど。直江とは昔からの腐れ縁ってヤツで、こーゆー悪趣味な悪戯をすんのが趣味なんだ。こいつは潔白。平気で二股かけられるようなやつじゃねぇよ、直江は」
「そんなことは判らんぞ」
「判るんだよ。このオレがそーゆーんだ。間違いねぇ。こいつは他に本気で好きなヤツができたら、中途半端なマネしないですっぱりとオレを振るよ。それだけははっきりと言い切れる」
「しかし・・・」
「わたしが高耶さん以外のひとを好きになるなんて、あるはずがないじゃないですか」
「判ってるよ、んなことは。ちょっと黙っててくれ」

直江を制して再び父親と真っ直ぐに向き合う。

「こいつは・・・直江はオレに対していつでも誠実でいてくれる。だからオレも、自分の気持ちに誠実でいたいと思う」

大きく息を吸い込む。
跳ねる心臓を押さえ込んで言葉を紡ぐ。

「父さん。オレ、直江が好きなんだ」
「一時の気の迷いだ」
「違う。気の迷いなんかじゃない。オレは本当に、こいつのことが好きなんだ」
「後で辛い思いをするのは、高耶、おまえなんだぞ」
「辛い思いなんてさせるわけないじゃありませんか」

口を挟む直江に高耶が目で「黙ってろ」と合図する。

「そんなのわかんねーだろ。オレはこいつとずっと一緒に居たい。自分で選んだ道に後悔なんてしない。だから認めてくれよ、父さん。オレ、直江と一緒に・・・」

暮らしたいんだ。
その言葉は派手に響くクラッシュ音にかき消された。
辺りがざわめきだす。
雪でスリップした車が歩道に突っ込んできたらしい。
高耶の記憶が思い出したくない昔を思い出させる。
嫌な感じだ。
走り出した高耶の後を直江と父親が追う。
人だかりを掻き分けて中心へと進み目を瞠った。
薄いピンクのコートを着た女の子が倒れている。
その脇にしゃがみ込んで真剣に名前を呼んでいる少女。
ふっと高耶の身体から血の気が引いた。
足元が宙に浮いているようにふわふわと安定しない。
人々の声が急速に遠ざかっていくのを他人事のように感じていた。
そして、遠くから聞こえてきた救急車のサイレンを最後に高耶は意識を失った。









美弥が運び込まれた病院の病室のベッドで眠っている高耶。
腕には点滴の針が痛々しい。
スリップして歩道に突っ込んできた車を避けようとして倒れた拍子に足を捻挫した美弥は治療を受けている最中だ。
他に怪我もなく一同は安堵の息をついたが、問題は高耶である。
医者の診断によると過労からくる風邪。
バイトと試験勉強でかなりオーバーワークをしていたようで限界だったところにあの事故。
椅子に座って高耶を見守っている直江はそっと高耶の手を握った。
カチャリ、とドアの開く音。
振り返ると高耶の父親が立っていた。

「美弥さんの具合はどうです?」
「軽い捻挫だ。心配はいらんよ。念のため、明日検査を受けに来るように言われたがね」
「そうですか」
「高耶はまだ目を覚まさんかね」
「ええ」

直江が立ち上がり椅子を勧めたが父親は首を横に振った。

「妻の・・・この子たちの母親の話は聞いたか?」
「事故で亡くなられたことは聞きましたが」

以前、ぽつりと高耶が喋ったことがあった。
母親は交通事故で亡くなったと。

「酷い事故だった。今みたいな寒い時でね。スリップした車が突っ込んできたんだ。避ける間もなかった」

惨劇は高耶たちの目の前で起こったのだという。
直江は痛ましそうに目を伏せた。
淡々と高耶の父親はその後のことを語った。
妻を失ったショックで酒浸りになった自分のこと。
そんな父親に反発して家に寄り付かなくなった高耶のこと。

「情けない父親だと、今でも思ってるよ。佐和子が亡くなってから2年ほど、わたしは高耶と話をすることもなかった」

やがて譲という友人を得た高耶は変わった。
居場所を求めるために入り浸っていた場所を離れ、家に戻ってくるようになった。
その頃はまだ会話も少なかったが、あるときを境に高耶に変化が見られるようになったのだ。
高校二年の春。
直江と高耶が出逢った頃。

「あんたに逢って、高耶は変わったんだと美弥は言ってた。言葉は少なかったが、わたしたちの間に会話が戻ったんだよ」

張り詰めた何かが切れたように。
絡まった糸が解けたように。
その理由が今ようやくわかったように思える。
真剣に直江が好きだと、自分の目を見て訴えた高耶。
子供のそれではなく、一人の人間としての強い意志。
そんなふうに譲れない思いを、かつて抱いたことのある自分と今の高耶が重なる。

「高耶の気持ちが判らんわけじゃないんだ。ただ・・・」

頭では高耶の本気がどれほどのものかは判っている。
だが感情がついていかない。
そして、直江も高耶の父親の気持ちが痛いほど判った。
理解したいのに理解できない。
そんな複雑な思いがせめぎあっているのだろう。
直江は無言で頷いた。

「わたしは家に戻る。あきらさんは今夜はうちで預かるよ」
「お願いします」
「高耶を頼んだぞ」
「仰木さん・・・」

ドアの前で一度立ち止まり、仰木父が振り返った。

「高耶の気持ちは理解できるように努力しよう。だがまだ、おまえたちの仲を認めたわけじゃないぞ」
「認めさせてみせますよ」
「上等だ」

静かに扉が閉められた。
高耶の寝顔を優しく見守る。
額にかかる前髪を優しくすいてやりながらささやく。

「ゆっくり、おやすみなさい」

目が覚めれば、何かが変わっていることに気付くから。
あなたの気持ちは、ちゃんと伝わっているから。
まるでクリスマスの奇跡のように。









「なんだ、これ?」

翌朝目覚めた高耶は腕に刺さっている点滴の針を見て呟いた。
キョロキョロと辺りを見ると病院の一室である。
松本駅前にいたはずなのに、どうしてこんな場所で点滴を打っているのだろう。
まったく覚えがない。
ベッドに突っ伏して眠っている直江は、高耶が身動ぎした弾みで目を覚ます。

「気分はどうですか?」
「気分って・・・どーゆーこと、これ?」
「倒れたんですよ。覚えてないんですか」
「全然、ちっとも、これっぽっちも」
「あなたはもっと、自分の身体を大切にしなさい。受験当日ベストを尽くせなかったと後悔するのはイヤでしょう?」
「わかってるよ。心配させて悪かった」

点滴が残り少なくなったのを見計らって呼び出しブザーを鳴らす。
ほどなく看護士がやってきて体温と血圧を測り、腕から点滴の針を抜いていった。
医師の診察を受けたあと、三日分の薬を受け取って彼らはタクシーに乗り込んだ。

「寒くありませんか?」
「平気」

直江のコートまで羽織らされ、完全防備の高耶。
直江の肩に寄りかかった状態でタクシーに揺られている。

「夢ぇ、見てた。親父とお袋が居て、みんなで笑ってんの」
「そうですか。良かったですね」

まるで子供に言い聞かせるような言葉。
夢の中で父親と母親に囲まれて幼い美弥と高耶が遊んでいた。
幸せな、幸せな夢。
あんな風に優しい場所を、直江と一緒に作って行きたいと願う。
ずっと、一緒に。









暦の上では春を過ぎたが、まだまだ冷たい空気が彼らを包んでいる。
車の外で高耶を待ちながら、直江は落ち着かない気持ちでタバコに火を点けた。
よく晴れた青空の下で、泣いたり笑ったりする何人もの人たち。
今日は高耶の合格発表の日だ。
合格者の受験番号が貼り出される掲示板まで一緒に行きましょうかと言った直江の言葉に高耶は首を振った。
一人で大丈夫。
いささか緊張した面持ちの高耶を励ますように背中を押した。
時間が経つにつれて心臓が暴れだす。
ポケットに入れていた携帯電話の音にびくりと震えた。
メールの着信。
高耶の携帯からだ。
タイトルは無題。
ゆっくりとボタンを押す。
画面に映し出された文字に直江は破顔した。

     サクラ、サク




直江を呼ぶ声。
こちらに向かって全速力で走ってくる高耶。
広げた両腕に真っ直ぐに飛び込んでくる、愛しい恋人。



強く抱き合う二人の耳に、春の足音が聞こえたような気がした。




=END=   [step!]へ続く

仰木家シリーズ6  著・なぎ様(蜃気楼の館

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