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セレナーデ

―2―



羽月ミナト。ある日突然、家に侵入してきた変な男。
勝手に僕のライバルになるまで成長してほしいと言い出し、一方的に言いたいだけいって帰っていった。
そして今もその変質者が、目の前にいる。
「・・・嫌だなぁ。そんな紹介の仕方ないじゃないか」
「事実でしょ」
容赦なく切り捨てた。
「人の家に入ってきて、我が物顔で居座って。あまつさえ一度ならず何度も現れて。そんな人をどう言えばいいと?」
そう、突然現れたあの日から。毎日のように彼は摩白のもとを訪れていた。
もちろん、玄関からではない。窓から入ってくるのだ。
今も彼は悪びれもなく、呑気に紅茶などをすすっている。
メイドには一応、彼女の知り合いだといって誤魔化してあるが。
当然、父親にも内緒だ。といっても、彼女の両親はほとんどリサイタルで家を空けていることが多いので、心配はないのだが。
それでも、バレるのは時間の問題だろう。
「じゃ、せめて気まぐれな王子様っていうのは?」
「却下」
「あ、騎士でもいいよ」
「却下」
「ふう・・・困ったなぁ。この美しい僕を表す名詞は他には見つからないのだが」
「・・・・・・」
何を抜かしやがるこの男。
と言いたくなるようなうぬぼれっぷりである。事実、容姿の点で言えば王子様といってもおかしくない。
日本人とは違う、彫りの深い顔立ち。母親がイギリス人で、そのハーフだと彼は言う。
天然のままのその髪と瞳は綺麗で、時々見とれてしまいそうになる。
しかし意地でもそんなこと言うもんか、と摩白は決めていた。―なぜなら。
「―分からないな」
「何が?」
「こんな美青年が毎日会いに来てくれるんだから、嬉しいと思わないのかい?」
「思わないわね」
確かに容姿は問題ない。表向きは笑顔を振りまくいい人に見える。
―このナルシストな性格を除けば。
「・・・よくそんな性格で学校に通えてたわよね」
普通、こんな人がいたら引くのではなかろうか。
目立ちはするものの、口を開けば自分大好きな口ぶり。実際こんな人がいてもおかしくないと思っていても、いざ目の前にすると身の毛がよだつ。
「ああ、それなら問題ないよ。僕は外面と内面、ちゃんと使い分けてるからね。そんなの、基本でしょ?」
(うわ、性格悪・・・)
口にはしなかったこそすれ、摩白は思った。
「分からないといえば、君もだね」
「は?」
「君も良く付き合ってくれるよね。最初はしょうがなかったとしても、さすがに二度目の時は追い出される覚悟だったんだけど」
「・・・それ、は」
視線を泳がせる。確かにそうだ。
いくら同じ学校の生徒とはいえ、まだ知り合っても間もない男を家の中に入れるなんて、警戒心がないととられてもおかしくない。
しかも、その相手にお茶まで用意するほどになるとは。
(自分だって、分からないわよ・・・)
今まで、他人をこんな風に家に招き入れたこともないのに。
―そもそも、家に遊びに来るような友達もいなかったけれど。
「・・・僕の実力を認めてくれたって思っていいのかな?」
「なっ・・・」
「だってそれ以外に、僕をここに置いとく理由が見つからないし。それとも僕に惚れちゃった?」
「天地天命に誓ってありえないわね」
そんなはっきり言わなくても・・・とわざとらしく泣き崩れるミナト。
しかし摩白はとことん無視を決め込んだ。
「―確かに、貴方の実力は凄いと思うわ。でもそれだけの実力があるなら、こんな所で暇を潰しているよりも・・・」
「コンクールの為に練習してろって?」
幾分語気の荒い声に、摩白は詰まる。
「・・・別に。そういうわけじゃ」
「―僕はね」
いったん言葉を切って、ティーカップを置く。
「弾きたいと思った時に弾く主義なんだ。弾きたくない時に弾いても、つまらないじゃない?」
「・・・・・・」
そんな簡単に言える彼が、羨ましくも感じた。
「でもあの日、私の前で弾いたじゃない。あれは?」
「ああ、あの時は特別」
「?」
「君の音色聞いて、いてもたってもいられなくて。僕も弾きたくなったんだ。―あんな感覚。今までになくて、久しぶりにぞくぞくしたよ」
心から嬉しそうな微笑み。
―この人は本当に、音楽が好きなんだと。嫌でも分かった。
「・・・じゃあ、あの時、私の家に上がりこんできたのは?」
「―聞こえてきたから。適当にぶらぶらしてたら、バイオリンの音色が聞こえてきて、気が付いたらここまで来てました」
あははー、と笑いながらあっけらかんと答える。
「音楽の人間って嫌だよねぇ。音色一つでふらふらー、といっちゃうんだから」
周囲に花を散らし、のほほんと告げるミナト。
(浮浪者じゃあるまいし・・・)
相変わらず掴めない人だ、と改めて思う摩白だった。
「―って、貴方、学校は?」
「うーん、もう何日か行ってないな。・・・そうだね、留年してからずっとかな」
「は!?」
思わず大声を上げていた。
「別に驚くことないんじゃない?君だって似たようなものなんだし」
「そ、そうだけど・・・それじゃ、どうして学校なんて通ってたの?」
一瞬だけ、彼の顔が翳ったように見えた。しかしすぐに彼は何でもない顔を装う。
「―目指している人がいたから」
「・・・え」
「けどその人死んじゃって。その日からかな、不登校になったの」
あっさり軽く言っていたが、彼の瞳はどこか虚ろだった。
「最初は音楽をやめようと思ったけどね。まあ、この僕の実力をここで腐らせるのももったいないし?」
「・・・・・・」
根本的な性格はこんな時でも変わらないらしい。
「今も音楽は止めてないよ。・・・前みたいにそう毎日練習しているわけじゃないけどね」
「・・・そう、なの」
思いがけない彼の一面に触れた気がする。
目を伏せ、紅茶に口をつける。長く話に聞き入っていたせいか、それはすっかり冷めていた。
「君は?」
「え?」
突然話を振られ、顔を上げる。
「なんで休学なんかしてるの?まさか音楽やるのが嫌になったとか、いじめに耐え切れなくなったとか、そんなくだらない理由じゃないだろうね?」
「っ・・・」
確かに。彼のいうようなことはあった。
有名な天才バイオリニストの娘だという肩書きだけで、周囲は彼女を判断する。
賞賛の目と共に、嫉妬の目も少なからずあった。
同級生の陰湿な苛め。先輩からの蔑み。先生達の過大な期待。
窮屈な学校。絶対に失敗が許されないという、重くのしかかるプレッシャー。
正直、逃げ出したいと思ったこともなかったわけじゃない。――けれど。
それで音楽を止めることは絶対にしなかった。
「―見つけたいの」
「・・・?」
「私だけの、私にしか出せない音を見つけたいの」
その瞳は、その先の未来までも映しているようだった。
へえ、とミナトは興味深く口の端を吊り上げる。
「それはまた、どうして?」
「・・・貴方も知ってるでしょ。今の私の音は、みんなお父さん達から受け継いだ音。技術だけが肥大化して、気持ちも何も込められていない音だって、自分でも分かってるの」
「・・・自覚あるんだ」
「だから、私らしい音を見つけ出してみせるまで、学校には戻らない。・・・戻れないの」
自分の納得いく演奏が出来るまでは、人前にも出ない。
そう彼女は心に強く決めていた。
「・・・ふぅん。ちやほやされてきた只のお嬢さんじゃなさそうだね」
「何か文句でも?」
「―いや」
くすくすと笑いながら、ミナトは彼女を見上げる。
「悪くないんじゃない」
「・・・・・・」
本当におかしな男だ。赤くなった頬を隠すように、摩白は紅茶を一気に飲み干した。
(・・・おかしいと思えば、私もだけど)
この男に出会うまで、こんな風に他人に興味が湧いたことはなかった。
周りはみんな敵で、同じ志を目指す仲間とは思っていなかったから。それは周りにとってもそうだったから。
でも、この男は違う。のっけから強烈な印象をうけた。
もっとも、最初の出会いが印象強かったせいもあるかもしれないが。
この男の持つ気品、そしてそれに違わない実力。余裕ぶった態度が嫌味に見える一方で、なんでもさらりとこなしてしまう人。
こんなに興味をひきつけられる存在が出来たのは、彼女にとって初めてのことだった。
「・・・ねぇ」
「うん?」
「・・・私に教えてくれるかしら」
「何を?」
「貴方の演奏を。教えて欲しい」
生まれて初めて知りたい、と思った。自分以外の人間が弾く演奏を。
「貴方が弾く演奏の秘密を知りたいの」
答えの代わりに、ミナトは優しく微笑んだ。

<続>

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