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セレナーデ

―3―



町並みがよく見下ろせる丘。そこに摩白は立っていた。
彼女のすぐ後ろでは、一本の大木が四方八方から枝を伸ばして聳え立っている。
夕暮れ時ということもあって、空も町も茜色に染まっている。
綺麗だ、と素直に思えた。
「・・・ここはお気に入りの場所なんだ」
ミナトの声に、摩白は振り返る。
その手にはバイオリンケースを持っていた。
あの後、意外にも彼は自分の秘密を教えてあげるといって、ここに連れてきたのだ。
自分の家からバイオリンを持ってくるので、少し待っててと言い残して。
「・・・でも驚いたよ」
「何が?」
「いきなり貴方の秘密を教えて下さい、なんて。ライバルに普通いうことじゃないよ」
「・・・そうかしら」
「普通は言わないね。プライドが邪魔するから」
ケースを開けながら、ミナトはふふっと含み笑いする。
「でもいいことだよ。君、今まで人の演奏なんか聞きたいと思ったこともなかったでしょう?」
彼にはバレバレだったようだ。
「・・・そうね。自分のことばかりで、周りの雑音なんか耳に入ってなかったわ」
より自分の腕を上げるために。より自分の演奏を磨く為に。
そればかり考えていた。
「自分のことだけにがむしゃらになるのもいいけどね。たまには周囲の雑音にも耳を傾けてごらん。それまで気づかなかったものが見えてくるから」
「・・・・・・。ほんと、不思議な人」
「え?」
「・・・何でもないわ」
時々ふっと大切なことを教えてくれる。
それは周りも教えてくれなかったこと。でも仮に周りが教えてくれたとしても―こんなに素直に聞き入れることはなかっただろうけど。
「でも貴方もおかしいわ。普通、自分の強みなんかそうやすやすと人に教えないものよ」
「ふふ、そうかな?」
「ええ」
確かにね、とミナトは笑った。
「けど、君には知ってて欲しかったから」
「――」
「さて、演奏会を始めるよ」
摩白の言葉を待たずに、ミナトはバイオリンを手に持つ。
彼の前に、足を崩して摩白は座った。
「たった一人のお客様の為に、特別に弾きましょう」
一礼をして、おどけてみせた。
くす、と摩白も笑みをこぼす。
いい顔だ、とミナトも微笑した後―次の時にはすでに瞳が真剣な色を帯びていた。
弦から弾き出される音。それは一つの音楽となって流れ出す。
(・・・やっぱり、只者じゃない)
彼が弾き始めて間もないうちに、摩白はそう直感した。
初めて会った時の感覚が蘇ってくるようだ。いや、それ以上かもしれない。
一つ一つの音階に強い何かが込められていて、まるで音が生きているみたいだと思った。
音色がその場の空気を作り出す。切なくなったり、明るくなったり。
そのどれもが力強くて。音だけしか聞こえなくなる。
(・・・何かしら、この感じ)
何かが強く心に訴えかけてくる。彼の思い全てが音となって、体に流れこんでくる。
それらが体中をめぐり――自分の中に一つの気持ちを生み出した。
―弾きたい。
こんな風に弾きたい、とか、弾かなくては、とかそんな気持ちじゃなくて。
ただ弾きたい、と純粋に思った。
自分も今なら弾けるかもしれない。いや、弾いてみたい。
体中の熱が湧き上がってくる。
ただバイオリンを弾くことだけが目的だった、今までの冷めた気持ちとは違う。
この気持ちを音色に変えて伝えたいという情熱が今にも溢れ出すようだった。
(・・・これかしら。私の足りないもの)
今ならば、思うように弾けなかった意味も、「心がない」といわれた意味も。
何となく分かるような気がする。
暖かな気持ちを抱えたまま―小さな演奏会は終わりを告げた。


「・・・やっぱり、凄いわ。貴方の演奏」
演奏が終わって、開口一番、そう告げた。
「ありがとう」
ミナトは素直にその言葉を受け取った。謙遜でも嫌味でもなく。
バイオリンをケースにしまった後、ミナトは彼女の隣に腰掛ける。
「・・・ここで弾くと、自由に弾けるんだ」
「自由に?」
「そう」
頷いて、町並みを見下ろす。
「練習ばかりやっていると、気が滅入るだろう?だから、たまにはこういう自然の下で思い切り好きなように弾くんだよ。そうすると、凄く気持ちが良くて。自分らしく弾けるんだ」
―自分らしく。
その言葉が、摩白の胸に突き刺さる。
今まで、そんな風に思えたことがあっただろうか。
「・・・私。きっと愛が足りなかったんだわ」
「ぶっ」
思わぬ言葉に、ミナトは吹き出した。
「・・・何よ。真剣なんだから」
「ゴメンゴメン。だって真顔でいうから・・・」
くっくっくと肩を震わせて笑うミナト。
「ごめんね。さあ、思う存分吐き出して構わないよ?」
「・・・その顔がむかつくんだけど」
「やだなぁ、僕の顔は完璧じゃないか」
「はいはい」
さらりと聞き流す。
いちいちムキになるだけ無駄だ。
「・・・本当言うと私、音楽なんて興味なかったの」
「・・・・・・」
呟くような言葉に、ミナトは笑顔を消して真面目に聞き入る。
「お父さん達がやってるから、自分も始めたようなもので・・・それに演奏するだけで、皆が誉めてくれたわ。それが嬉しくて、今までやってきたの」
今思えば、なんて傲慢な考えだったのだと思う。
ちょっとうまく弾けるだけで、思い上がっていた自分が恥ずかしい。
「だけど、どうやってもお父さん達の音の真似でしかないことに気づいて。自分だけの曲を弾きたいのに、弾けなくて。・・・悔しかった」
絶対に自分にしか出せない音を生み出してやる。そう誓った。
これまでやってこれたのは、その意地があったから。
「貴方の演奏聞いていて、思ったわ。この人は本当に音楽を愛している。音楽で何か人に伝えたいと思う強い心があるって」
正直、羨ましかった。そんな気持ち、自分にはなかったから。
そしてそう思わせる素質があることに、嫉妬すら覚えた。
「私も音楽はいつの間にか好きになってたけど・・・貴方ほど伝えたいと思うものはないわ。ただ弾くだけ。・・・これじゃ、自分の音なんて出せないはずね」
ぎゅっ、とスカートを握り締める。悔しさでいっぱいだった。
負けた。少なくとも音楽に込める気持ちでは、彼の方が何倍も勝っている。
ミナトはあえて彼女の顔を見ずに、その頭だけをなでた。
「―伝えたいものは、人それぞれだよ」
それは誰かへの愛だったり、元気付ける為のものだったり。
伝えたい、と思う気持ちがある限り。
声に、文に、時には音に乗せてその気持ちを伝え続ける。―それは力になるから。
人に何かを伝える、不思議な力に。
「音楽が好きで、人に好きになってもらいたいと思うならそれでもいいし。要は自分が楽しめればいいんだ。そんな難しく考えることはないよ」
「・・・んで」
「ん?」
「・・・なんでそんな優しくするのよぉッ・・・」
それまで我慢してたもの、全部。
吐き出すように、泣いた。その涙をミナトは指で拭う。
「―君が好きだから、かな」
「・・・バカ」
「あはは、いいよ。信じなくても僕は本気だから」
いつものおどけた様子で、彼は言った。
変わらぬ彼の態度に、摩白も微笑む。涙を拭くと、前に向き直る。
「見つかるかしら。私にも」
「・・・見つかるさ」
いつか、自分も見つけたい。
彼のように、自分の気持ちを伝えられる何かを。
「・・・貴方は、誰かに伝えたいものがあるのね」
「まあね」
「・・・誰なの?」
ちょっと伺うように、尋ねてみる。
ミナトは少し思案した後、答えた。
「・・・僕の一生大好きな人」

<続>

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