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セレナーデ
―5―
「・・・ふうん。なかなか良くなったね」 摩白の演奏を聞き終え、ミナトは呟いた。 「当然よ」 ふ、と笑う摩白の顔には、いつもの余裕じみた表情が戻っていた。 ―あの雨の日から一週間。 相変わらずミナトは気まぐれに窓から現れては、何かと摩白に構ってくる。 今では摩白もそれについて何も言わず、彼が来る度に自分の演奏を聞かせていた。 「・・・でも、まだまだ僕の足元には及ばないね」 彼の自信も変わっていない。 「・・・何とでもいうがいいわ。周りがどうこう言おうが、貴方がお姉さんの仇を討とうが、関係ないもの。私は私自身の手で自分の音を生み出してみせるわ」 「君のそういう所が好きだよ」 面白そうに笑いながら彼は言った。 「にしても、天才って大変だよねぇ。技術は磨かなくてもすぐに上へ上がれるけど、自分の音となると難しいなんて。凡人でよかったと常々思うよ」 「・・・よくもいけしゃあしゃあと言えるわね」 「だってホラ。僕って何やっても完璧だし?」 はいはい。と流すのも、もう慣れっこだ。 「―でも、姉さんだけには敵わなかったんだけどね」 彼が唯一認めているバイオリニスト。 そして今も、彼の心を捉えて離さない女性。 「・・・ねぇ」 「うん?」 「今までコンクールに応募してなかったのは、どうして?ちょっと調べさしてもらったんだけど、これまで貴方がコンクールに出た実績なんて一つも見つからないんだけど」 「ああ、そのこと?」 所在無さげに指を遊ばせていたミナトは、顔を上げる。 「僕にとっては、ほんと趣味みたいなもんだったから。全然そんなもんに出る気はなかったんだよ☆」 (やっぱ嫌いだ、この男・・・) あっさり抜かす彼のことを、これほど憎いと思った瞬間はないだろう。 「―なんていうのは冗談で。姉さんがコンクールに出ているだけで、満足してたんだよ。僕は姉さんと一緒に弾けるだけで良かったし」 「・・・そこまで想ってるなら・・・なんで」 「なんで告白しなかったんだって?」 摩白は頷く。 「一応、それらしきことはしてみたんだけどね」 「え・・・」 「一回だけ、姉さんの前で弾いたんだ。彼女の為に、自分のバイオリン演奏を」 「その曲って・・・まさか」 「そう」 お互いに顔を見合わせる。 「「セレナーデ」」 やっぱり考えていることは同じだったと、二人は笑った。 「・・・キザよね。本当」 「そんな誉められると照れるよv」 「・・・・・・」 この男には何を言っても通じないらしい。 「その時の姉さん、なんていったと思う?」 「・・・なんて言ったの?」 「好きな人でもいるの?だって」 一瞬呆けたような顔になり、すぐに破顔した。 「・・・究極の鈍感ね」 「本当だよ。この僕に落とせない女はいないはずなのに」 「・・・呆れた」 それもまた、彼らしいといえばそうなのだけれど。 「まあ、今となってはいい思い出だけどね」 「そうなの?」 「初恋なんてそんなもんだよ。それに、僕としては一人の女性として姉さんを好いていたと思ってるんだけど・・・結局憧れてただけだったのかなとも思うしね」 彼の顔は、すっかり何もかもふっきれているようだった。 「だけど僕にとっては今でも変わらない、大切な女性だよ」 「・・・そう」 そこまで彼に言わせる彼女に、摩白はちょっとばかり嫉妬した。 「何、やきもち?」 「・・・別に」 正直に答えれば、きっと彼のことだ。調子に乗るに違いない。 死んでも言うものか、と摩白は決意していた。 「それより、今日は大事な知らせがあるんじゃないの?」 「ああ、そうそう」 今思い出した、と言わんばかりに、ぽんと手を叩く。 「ウイーンに留学することになった」 一瞬、耳を疑った。 「・・・え?」 「前からあった話なんだけど、ずっと返事を先延ばしにしてて。やっと行く気になれたから、行ってこようと思って」 冗談で言っているようには見えなかった。本気なんだということがその表情から、ありありと伝わってきた。 「・・・逃げるの?」 「違うよ。外国で僕の完璧な腕をもっともっと磨こうと思ってね」 「・・・・・・そう」 「ちょうど、この優秀な僕を留学させてくれるという知り合いがいてね。そこで六年くらい修行しようと思って」 行っちゃやだ。そう言いそうになる口を抑える。 多分、止めても彼は聞かないだろう。 「寂しい?」 「・・・別に」 「寂しいっていってよ」 「だから、別に―」 寂しくなんかない、と振り返ったその時。 唇に触れるものがあった。 「・・・っ・・・」 「赤くなっちゃって」 それがたまらなく恥ずかしくて、彼の頬を叩こうと手を振り上げる。 しかし彼は避けようともせずに彼女の瞳を見つめていた。 「・・・なんで逃げないのよ」 「いいよ。叩いても」 そう言われて、叩けるはずもなかった。 振り上げようとした手を下げ、摩白は溜息をつく。 「・・・はあ。最後まで貴方に振り回されてばっかりね」 「それが僕だからね♪」 言いながら、彼は軽々摩白を持ち上げると、机の上に座らせた。 「嫌いになる?僕のこと」 「・・・そうね。キザでナルシストで嫌味でそのくせ女の扱いだけは上手いし」 「そこまでいうかな」 「でも」 真正面から、彼の顔を見つめる。 「嫌いにならない自分が嫌になるわ」 「・・・それは光栄だね」 彼女の長い髪を一房すくい上げ、ミナトはそれに口付ける。 「僕は手をつけたものは逃がさない主義なんだ」 「・・・ほんと、たちが悪いわ」 「最高の誉め言葉だね」 どんな罵倒も、この男にはすべていいようにとられてしまうらしい。 「・・・結局勝てないままじゃない」 「おや、そうとも言い切れないよ?」 「は?」 「だって僕は」 摩白の腰に手を回し、顎を引き寄せる。 「既に君に負けを認めているからね」 「・・・っ」 かーっと摩白の顔が赤くなる。それを見て、ミナトは嬉しそうに笑った。 「―六年後。楽しみにしているよ」 「・・・きっと追い越してみせるわ。その頃には」 身長もバイオリンの腕も伸ばして。 そして、振り向かせてみせる。 この目の前の男を。 「覚悟することね」 「・・・それはどうかな?」 夕日差し込む部屋の中。 二つの影が折り重なった。 ―終わり。 |
―アトガキ― HP開設お祝いということで・・・しかし、なんでこんな話になっちゃったんだろう。 一歩間違えれば、幼女に手を出した変態高校生じゃん。(それを書いたのはお前だろう) 自分に影響を与えた人とのちょっとした出会いという感じで受け取って下さいませ。 私にとっては、初めて音楽を絡めた小説です。音を文に表すのが難しいことを実感。 イメージだけでも伝わってくれれば幸いです。 ちなみにセレナーデの意味は「夜、愛する者の窓辺で歌われる愛の歌」らしいです。 |
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