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空のごとく海のごとく
第一章 始まりは突然に 第一節 遭遇 入道雲が青い青い空の果てから広がりだしている。 周囲はすべて青、碧、アオ……に囲まれている。 「叔父貴も良くやってくれるよなー……」 無意識に呟いたその言葉はどこか楽しそうだ。 太陽が燦々と照りつける。ここはガブリ海の真ん中。船の甲板の上に用意された簡易リクライニングチェアに男は寝そべって一つの調査書を眺めていた。 ま、そろそろ時期が来たかな、というのがその調査書の感想だった。それほど深刻な問題ではない。それよりもこの休暇をいかに充実して過ごすかの方がよっぽど重要だ。 「今日もいい天気だなーー……」 大きなパラソルが彼の上に影を作り上げて直射日光を避けている。 封筒に調査書を入れて執事に渡すと、大きく背伸びした。 「こんな日は寝るに限るよなーあ、ウィリー」 「…………」 輝かしい黄金の髪の青年――ウィリーことウィリアム・ビルダードはその寝そべる男の横に立っていた。その手のトレー上にはグラスに注がれたエールという飲み物が乗っている。彼はそのグラスを渡すと空を見上げた。 ウィリアムの瞳と同じ濃い青空が広がっている。 「今日、夢を見ました」 「へー?」 受け取ったエールのストローをくわえて、軽く唸った。 「私は一面水面の上に立っているのです」 夢なら有り得るだろう。 「突然、足下の水面が揺れて……、海鳥の大群が足下から浮上してきました」 「それで?」 「終わりです」 さすが夢である。 「それじゃ、今度は鳥が降ってくるかもしれないな」 「ええ」 ウィリアムは神妙に頷く。 「そうらしいですね……」 彼は空を凝視し続けていた。 「まさかー……、人間までは落ちてきませんよね」 徐ろににっこりと笑って、船室へ向かっていった。 「?――……」 そのウィリアムの意味ありげな表情と、何気なく見ていた空に男は胸騒ぎを覚えて、UVカットのグラサンをパカリと開けて起き上がった。 「!?」 凝然と注視してしまった。開いた口が塞がらないとはこのことか。 遥か上空で、海鳥たちが何かに攻撃を加えている。目を疑いたくなる光景、何かとは人間ではないか? 胸にかけていた双眼鏡を慌てて手にした。 「…マジかよ…」 振り返り様、 「ウィリー!!」 平和な空気がそこに佇んでおり、扉が開かれる気配はない。 再度、双眼鏡を覗いた。 今にも人間は落ちそうだ。鳥につつかれるままに横に斜めに揺れ動いている!! 人が空中に留まっている不自然さに気付く余裕はない。 とうとう、空中の人間はバランスを失った。 「ウィリー!! 早くでてこーーーーーい」 上空数百メートルの高さから人が落ちてくる。 ウィリアムが出てくる気配はない。 舌打ちして、上着を投げ捨てた。 生きているかは不明だが、ここで見捨てるのは男がすたる。 落ちたのは一五,六歳の少女だ!! ドボンッッ!! 「…………」 深い濃紺の世界が広がる。 少女は思った以上に早く沈んだ。水中に抵抗する体力が残っていなく、一度大きく酸素を吐き出すと、そのスピードを増した。 ゴボゴボ………… 少女の腕を掴むと、男は器用に抱き寄せ、胸に耳をあてた。 少女の心臓は拍動している。ゆっくりだが確実にうすれゆく鼓動……。水面に到達するまで保たないだろう。 少女の顔を引き寄せた。一か八か酸素を送り込む。 空砲が二人を包む―――…… 幸い水を多く飲む前に気を失ったようだ。少女の肺にすんなりと酸素は入っていった。薄く瞼は開いたが、眠るように閉じられた。 それを確認すると男は、太陽の光で輝く、碧の水面へとゆっくりと導いた。 「ぶはぁーーー」 やっとのことで水面に顔を出す。 「大丈夫か?」 声をかけてみるが、返答はない。 胸の中で少女はぐったりとしている。 「ウィリー!! 早く梯子をおろせ!!」 その返答もない。だがその代わりに汽笛が鳴り響いた。 「おいおい…………」 少女が落ちた位置は、船から遠かった。いや、そんなに遠かっただろうか。 「おいおい…………」 船は小さくなっていく。 そして――、助けたのはいいが、途方に暮れるしかなかった。 のどかな甲板へと続く扉が開かれた。 ウィリアムは色とりどりのフルーツをワゴンに乗せて、甲板に出てきた。 「バルバ様…………?」 ウィリアムは沈思すると、 「どちらに向かわれたのだろう?」 ワゴンを引いて、戻っていってしまった。 甲板の上には、バルバ・M・ロダリオの脱ぎ捨てた上着と双眼鏡が残されていた。 <続> |
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