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空のごとく海のごとく
第一章 始まりは突然に
第二節 出港
町はのどかだった。窓からは子供たちが駆け遊んでいる姿が眺められ、猫も日向で丸くなっている。時間の流れが非常に遅く感じられる外とは対照的に、夜には酒場になるこの店は忙しく人が行き交っていた。ちょうど漁師たちが漁を終え、港町に戻ってきたところのようだ。 ウィムとセレスはその店に腰を落ちつかせていた。 二人の丸いテーブルの上にはナポリタンのスパゲッティの皿と小魚のフライの皿が乗っている。 ウィムは取り皿に乗せられた分のスパゲッティをきれいに平らげ、コップに口を寄せた。 「で、どこに行きたいんだ?」 「え?」 両手でコップを包み込むように持ったセレスは現実に引き戻されたとばかりにあどけない表情をウィムに向けた。 実はウィムが店に入ったのは食事だけが目的ではなかった。セレスと落ち着いて話せる場所を欲していたからだ。何分質問攻めされてこちらからは一切の質問をさせてくれなかった。これから、どうしたいのか、どこに行きたいのか何一つ聞き出せないでいる。 「だから、船に乗ってどこに行きたいんだってこと」 「――……、ですから、ムー大陸に――……」 「ムー大陸は世界で一番広い大陸なの知ってるよな?」 「え、えぇ」 ウィムはフォークを手にとって、 「それじゃー、その広い大陸のどこにいきたいんだ?」 小魚のフライに突き刺した。まるで行き先の一つを射るかのように。セレスは唖然とその小魚に注視していると、その小魚はウィムの口に引き寄せられていく。その今にも吸い込まれていきそうな小魚は、しかし、すぐに消え失せはしなかった。その代わりにウィムはその口端をつり上げて唇に笑みをのせたので、思わず生唾を飲み下してしまった。 ウィムは穏和な完璧というべき笑みを向けているが、その目だけは鋭かった。 「あ、あの」 「…………」 「……港の近くに知り合いがいますから……」 「んじゃ、俺はそこまで送り届けりゃいいんだな」 「!! 本当にそこまでしていただく訳にはいけません!! ムー大陸に着きましたら自分でなんとかします!!」 「なんとかするってどうするんだ? 一文無しだろ?」 「そ、それは……」 セレスはグッと詰まった。勢いよく否定してみたものの……、実際頼れる知り合いなどいない。いたのなら、あんな無茶な真似をして地上に降り立ちはしなかっただろう。 嘘に無理がある……。 観念したセレスは大きく吸った息を吐き、肩の力を抜いた。 「実は……、家出同然で国を飛び出してきました。私にはムー大陸のカイザル共和国に父と異母兄弟がいるはずです。まずそこを尋ねようかと思っています。どうしても会いたくて飛び出してきました」 「その家族に会えれば後はなんとかなるのか?」 セレスはこくりと肯いた。 人の家には事情がある。なぜ今頃尋ねるのか、会ってどうしたいのか、いろいろと聞きたいこともあるが、それに関してウィムは深くは追求をしなかった。 「わかった。それじゃ、そこまで送り届けましょう」 ウィムは満足気に小魚を口に放り込んだ。 「すみません」 セレスは申し訳なさそうにぽつりと呟く。 おおよそのことは見当付いていたが……、これほど世間知らずだとはウィムも予想しえなかった上、それにこの分では、この育ちの良いお嬢ちゃんはこのまま放り出せば呆気なく人攫いに攫われるのは明白かつ真実に違いない。 拾ったからには最後まで面倒を見る、すでにウィムは覚悟を決めていた。 それに、 「奇遇だな、俺もカイザル共和国に帰らにゃならなかったし、ま、あんま気にしなくていいぜ、それで、もう一つだけ立ち入らせてもらうけど、その親父さんの名前は?」 「ガウィダント・M・ロダリオと言います」 「!?」 「どうかされましたか?」 飲みかけた水を霧状に拭きだしてしまい、ウィムは蒸せかえっている。不思議そうにセレスが見ている。丁度俯きかげんだったのが幸いした。被害は自分一人ですんだようだ。 「な、なんでもない」 ウィムは大きく咳払いした。 「それって……、ロダリオ財閥の――?」 「はい、知ってらっしゃるのですか?」 (知ってるも何も――……、それは親父の名前だ) 「そりゃ、ロダリオ財閥って言ったら、世界唯一の財閥って言われるくらいだからな。誰だって知ってるさ」 セレスは言葉なく目を丸くした。 ウィムも冷静さを装って第三者のようなふりをする。だが、内心は穏やかじゃなかった。 なにせセレスの話が本当なら――……、 (俺とセレスは異母兄妹になるじゃないか――……!!) ――……。 あり得ない――……。 よくある話だが、血統書付きの家柄においては相続問題などあらゆる問題が生じる可能性がある。だから、特に当主の身辺調査は当然のごとく綿密に調べ上げられる。無論、ロダリオ財閥の会長――いわばトップだったガウィダントも例外ではない。長男のバルバ・ロダリオが会長の座に着く時に徹底的にそれはなされた。 調査結果には――、愛人はいたが、隠し子その他諸々はいなかったということだ。 それじゃ、目の前の少女は何者なのか――? 「あ、あの!! お父様はそんなにすごい方なのですか?」 セレスは何も知らない。 「そりゃ、ガウィダントって言ったら『会長』だからな。知らない奴はいないさ」 口を丸く象って、セレスは止まってしまっている。 本名――バルバ・M・ロダリオは注意深くセレスを観た。彼女の話に合わせる彼は巧妙な嘘を織りまぜて知らないふりを装う。その砂色の瞳だけは笑っていない。いや笑えない。 セレスには今必要以上のロダリオ財閥の情報を与えるべきではないと判断した。 彼女が言うことが本当か嘘かは、――見極める必要がある。 バルバは思う。今はまだ自分と出会わない方がいいのではないかと。 もしそれが本当なら、セレスはこれから大きな権力争いに巻き込まれることになるだろうし、嘘ならば――。 バルバは深呼吸と共に、静かに一度目を閉じて、――開く。 ――それを承知でいるならば――……。 「――――……」 しかし、今はなんにしても尚早すぎる。 バルバは立ち上がった。 「んじゃ、ま、旅の仕度でもしますか」 慌ててセレスも立ち上がる。 「どちらへ?」 バルバはあっけらかんと笑って、セレスに向き直った。 「そうだな。まずは――……」 セレスの信用しきった瞳がバルバを射抜く。心に引っかかるすべてを吹き飛ばす無垢な瞳――。思わず微苦笑を浮かべてしまう。 (何はともあれ、この羊ちゃんが俺のもとに落ちてきたことは神に感謝しなきゃな。叔父貴みたいな狼の下に落ちてたら――) これだけは断言できる。 間違えなく、今以上に面倒なことになる。 そう思うとバルバの心は見事なまでに晴れ渡った。 <続> |
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