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空のごとく海のごとく
第一章 始まりは突然に
第二節 出港 空賊船はいつでも貨物船を狙えるよう、開閉式の船底から大砲を出して貨物船自体を人質にとった。貨物船の甲板の中央にハシゴを降ろす。空賊たちは甲板に降り立つと素早く機敏に動いて船を制圧していった。乗組員が全員甲板に集められた頃、空賊船から昇降機に乗って、ようやくリーダーらしき黒目黒髪の男が背の高い銀髪赤い瞳の女を伴って降りてきた。 「抵抗は無駄だ。もし俺たちをどうにかしようとすれば――――」 高らかに宣言したリーダー格の男はその瞳に危ない光を称え、口端を釣上げた。 (こんなことになるなら――――……) もっとあの仕立屋に情報を託しておくべきだった。 バルバの片腕的存在のウィリアム・ビルダードは、バルバの立ち寄った仕立屋に何がなんでも辿り着くだろう。現在、血眼になってバルバを探している彼はどんな小さな痕跡も見逃さない。シャン町の仕立屋に必ず辿り着く。だから、バルバはウィリアムが来た時のために仕立屋に彼宛の言付けを頼んでおいたのだ。 だが、その内容では……、 ――――……自分の消息に一切触れていない。 それでは助けが望めはしないじゃないか。 今更ながらにバルバは激しく後悔した。 「積荷はこれだけか?」 報告を聞いて、リーダー格の男は船長に問うた。信じていないことは明らかにその声音で分かる。 「か、勘弁してくんだべー。あ、あ、あとはなんもなかねぇ……」 搾られた雑巾のような船長は恐怖に震え上がっている。 彼は嘘をついてはいない。だいたい田舎島の特産物を運搬する、ほとんど物資輸送船と変わらない船に高価なものなど、在るわけがない。それも島からの折り返しだ。 しかし、リーダー格の男はふんと鼻を鳴らし、それを否定した。 「俺たちゃ、これっぽっちのものに対して仕事しないんだ。おまえらには手に負えない品物を引き取ってやるってんだよ。早く出せ!!」 最後は怒号のように響き渡る。その声音に思わず尻餅をついて、船長は歯の根も合わない。 「んだべぇぇ……。な、なかものなかよぉ……ぅ」 半べそである。もごもごと誰に向かって言っているのか、最後の方は聞こえない。あとは一縷の希望を願ってやまない船長だ。噂によれば、ステライア空賊団は素直に指示に従えば命だけは助かると聞いていた。 「ふん、見せしめが必要か?」 穏やかな口ぶりが船長の恐怖を煽る。 乗組員一同騒然となる中、バルバは冷静だった。 間違いなくステライア空賊団はこの船を襲うことは不本意なのだろう。この空賊団がこんなちっぽけな船を襲ったことがあるなど、ついぞ聞いたことない。それに降り立ってからの彼らの行動は活気がない割には、あまりに理路整然としている。目的があって来ているようにしか思えない。 そして、最後の賊長――サリ・ステライアの発言はバルバにそれを確信させるものだった。 (こいつらの狙いは――……) それしかない。 自分の背を掴む手をさり気なく掴み、セレスを確認した。 (俺一人なら……――) この船から一人での脱出は簡単だ。バルバは視線をやれない代わりに、握る手に力を込めた。 ――セレスをつれての脱出はできるだろうか……? (…………) ふとバルバは笑みを刻んだ。 何を弱気になっているのだろうか? 一度、目をつむり、大きく肺に空気を貯めた。 (俺にできないことはない!) ギリッとサリの背中を睨み付けた。 この場にふさわしくない視線に反応したのはサリではなく、その隣の女のほうだった。 できすぎたくらいに整った貌はその赤い目を細め視線だけこちらに向けてきた。女神さながらの穏和な風貌に似つかわしくない、非常にきつい眼差しだ。 その女に促されて、サリもこちらに振り返った。 「…………」 バルバとセレスの両脇には手下がいる。海に逃げ込むと言うシナリオも無理だ。サリが一歩一歩近づいてくる。 武器も何も持っていないことを確認されているバルバとセレスは縄もかけられていない。この空賊団抵抗すれば殺すが前提なので縄はかけないのだ。 「隠したものを出してもらおうか」 サリはバルバに静かに言った。 「そんなものあったら、とっくに没収されてる」 バルバも負けていない。ピシャリと言い放ち、にらみ返した。 何事もなめられるのが嫌いなバルバだ。 「この船にはあと珍しいものはおまえとそのお嬢しかいないんだよ」 「…………」 黒曜石の瞳は微かに細められる。 「天空石を出せ」 「天空石なんて知らない。俺たちは持っていない」 完璧な態度でバルバは言いのける。自分の予想通りで、妙に冷静だった。 けれども、サリはセレスの反応を見逃さなかった。 その手がセレスに触れようとしたすんでの所で、バルバはその手首を捕まえていた。 黒い瞳と砂色の瞳が交錯する。 「死にたいのか?」 「…………」 「死にたいらしいな」 言うや否や、サリはもう片方の腕で腰に携えているナイフを引き抜き、バルバへ斬りかかった。 「!?」 鮮血の花弁が舞う代わりに、サリの身体が宙で回転して落ちた。 ドターン…… 船上に大きな音が響く。 バルバが掴んだサリの手首を上手く捻って、合気道の要領で投げたのだ。 「このヤローォ!!」 皆が呆気にとられていた中、一番に反応したのはセレスとバルバの両脇を固めている手下二人だった。 「キャッ!!」 バルバに張り付いていたセレスは突き飛ばされ、船縁に叩きつけられた。 バルバの瞳が光った。襲い来る二人の手を捕らえようとした刹那、 「!?」 三本のナイフがこちらめがけて飛んできた。一本は手下の肩を掠め、丁度船縁に突き刺さる。もう一本はセレスを突き飛ばした手下の太股に深々と突き刺さっていた。 そして、最後の一本は寸分違わずバルバの心臓めがけて飛んできた!! バルバにとって避けることは簡単だ。しかし、避ければ後ろのセレスに――!! ごくりと喉仏が上下する。 「――――……ッ」 刺さる寸前でナイフは止まる。 バルバは器用にも見事ナイフの柄を掴んでいた。 刹那、ナイフを持った手が、影のごとく眼前に迫った蹴りを受け止め、間髪置かずやってきた拳を他方の手で受け止めた。そして、二度目の蹴りが炸裂する。なんとか受け止めることはできたが、衝撃をすべて吸収しきれず、そのままの体勢で船首ぎりぎりまで後退した。 僅か数秒の嵐だった。 「…………」 バルバの眼前、息がかかるところに赤薔薇色の瞳がある。 攻撃を仕掛けたのは、サリに寄り添っていた女だ。壮絶な美貌とは裏腹に体裁きはえげつない。そして、もっと解せないのがそのパワーだ。どこにその力があるのか、それは女子の領域を超えている。 「抵抗するものは、死だ」 バルバは目を瞬いた。発せられた声は明らかに男そのものだ。 「自衛だよ、仕掛けたのはあんたらだ」 二人は体勢を一旦、解いた。 「俺たちは嘘をついていない」 「じゃあ――――」 瞬時に目にもとまらない早さで、拳を放つ。 「…………」 僅か数ミリでバルバに触れるところに女の拳。 その赤い瞳を見つめたまま、バルバは動じなかった。 「何故避けない?」 信じられないほど低い声が尋ねる。 「試したんだろ」 と言って、斜め右に視線をやった。そこにはサリがセレスを羽交い締めしている。 「…………」 女は拳を納め、くすくすと肩を揺らし笑いだした。顎に手をやり笑っている。何が可笑しいのか、バルバはただ見ていた。 おもむろに女は踵を返して、賊長のサリに命じた。 「手荒に扱うな。連れてけ」 サリに、いや賊長と思っていた男に命じている。視線だけをこちらに向け、 「おまえも俺の城に招待してやる」 「いやだ、と言ったら?」 女はニヤリと象った唇の上に人差し指をはらませた。答えたのはセレスを羽交い締めにしている男。 「お嬢が死ぬだけだ」 バルバはナイフを投げ捨てた。 静かに目を閉じた。 ――選択の余地はない。 バルバの薄紅色の瞳は空を睨み据えた。 <続> |
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