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空のごとく海のごとく
第一章 始まりは突然に
第二節 行方
シャン島――ガブリ海に浮く孤島、主な産業は地酒造りと漁業で成り立った極めて素朴な島だ。リゾート環境に適した土地柄の中、切り立った山や崖、沼など自然環境がその島に飛行場を作らせることを許さず、開発業者が断念した島でもある。 だから、島民は皆ほとんど飛空挺や飛行機といったものは見たことない。よくて豪華客船が関の山だ。 島民は聞いたことない轟音に目を丸くして、わらわらと集まってきていた。 ジェットエンジン搭載の軽飛行機がシャン町の海岸に無理矢理着陸する。 島民たちはその爆音もさることながら、嵐並みに吹き付ける風に圧倒されて、顔を手で覆い隠した。風も止み、恐る恐る目を開いてみると、 見事なまでの金髪、空をそのまま写し取ったかのような青い瞳の青年が立っている。 その青年の名をウィリアム・ビルダードと言う。 ウィリアムはエンジンがヒートする勢いで機体を飛ばして、ほとんど緊急着陸見まごうほどの急下降で着陸してみせた。 「――――……」 島民曰く、地面に突き刺さるかと思った。 青い瞳は集まってきていた島民を一通り睨め付ける。それだけで島民は震え飛び上がってしまった。 無表情は崩さない。その瞳だけが静かに燃えていた。 道を塞ぐもの、ばっさばっさと切り捨てる、と背中が言っている。 触らぬ神に祟りなしとばかりに島民もさっと左右に道を開けていく。都会を思わせる仕草、歩き方はとかく人目を引いた。 ざっざっざっという効果音が非常に似合うその足取りは迷いがない。まるでこの町を知っているかのようだ。 シャン町の住人も彼、ウィリアムがどこに向かっているのか、非常に気になるところで、無意識に彼の後を何かしら追っていた。 彼が止まったのは、とある仕立屋であった。 ウィリアムは値踏みするかのようにその店の外見を睨め付けると、一つ咳払いをして、扉を開く。扉に取り付けられている来客知らせの鐘が鳴る。 「失礼する」 凛と響く声が店内を満たした。店主は何を緊張しているのか素っ頓狂な声を上げる。 「?」 ウィリアムはその不快な声に眉をひそめた。 店主は汗が噴き出すのを感じながら、ウィリアムへなんとか笑顔を向けた。 何故だろう。ウィリアムの態度は礼儀正しいのに、非常に傍若無人な客に映る。 「な、なにか御用っすか?」 「…………」 ウィリアムは答えず、店内を見渡した。窓の外から覗いていた住人たちは慌てて窓から顔を引っ込める。 「カーテンを引いてくれないか」 「は、はい?」 店主は心中で悲鳴を上げた。ウィリアムは単に店主に顔を向けただけで、表情一つ変えていない。なのに――……、凄まれたような気がするのは気のせいか? 店主は立ち上がりざま、椅子を倒しかけて、転びかけた。 田舎町とは、非常に伝達能力が発達していて、噂が口コミで瞬時に伝わってしまうのだ。実はこの店主も飛行機がこの町に着陸したこと、降りてきた男が脇目もふらずにどこかに向かっていること、それがどうやら自分の店に向かっている!? こと、リアルタイムで伝達されていた。この町の住人達は確かに飛行機で乗り付けたウィリアムに興味はあったが、関わりたい人物ではないと判断して近付きはしなかった。その要注意人物が自分のところに一目散に向かっていると聞いたら、誰だってこうなるだろう。 「――――……、あと人払いをしてくれ」 カーテンを閉めながら店主は振り向いた。ウィリアムはそれに見向きもしないで、 「私以外に客が二人いる」 ギクリと背筋が寒い思いをしたのは、店主だけではない。ウィリアムの位置から死角のところに噂好きの隣人が隠れていた。 「――は、はぁ」 カーテンも引き終わり、クローズの看板を出し、隣人二人も去った。店主は客と服のデザインを相談するテーブルへこの聡いお客を誘った。 「……これで良いですか」 椅子に座ってやっと人心地がついたのか、横柄な客は大きく息を吐いた。 席に着いた店主は叱られている子供のようにちょこんとしている。 話を切り出したのは、ウィリアムのほうだった。おもむろに一枚のカードと封筒を店主の前に提示した。 「私はロダリオ財閥の会長、バルバ・ロダリオの秘書を務めているウィリアム・ビルダードだ。今回、訪問したのは何を隠そうこの小切手についてだ」 店主はまじまじと身分証を眺めてから封筒を手に取った。中には三日前にこの店で客が振り出した小切手が入っている。 そして、小切手とウィリアムを交互に見て、小切手を置いた。 「はぁ……」 雰囲気とは裏腹に礼儀正しく自己紹介するウィリアムは、さすがロダリオ財閥といったところか。ロダリオ財閥と聞いて、人払いをしたのも頷ける。 そういえば小切手を振り出した客はそのうち自分を訪ねて誰かが来ると言っていたような――……。 「これを送ったのはあなたで間違いないか?」 「こりゃ、私が送ったものに間違いありませんぜ」 厳しい眼差しのまま射られて、店主は不安を覚えずにはいられなかった。 やはりこの間の客は――……。店主も最初は勿論信じなかった。けれど――……、 がっくり肩を落とした。 「やっぱ――……、信じる方が馬鹿ッすよね……」 「…………」 ウィリアムは答えない。 店主は大きく嘆息した。 あの時は圧倒されて信用してしまったが、よくよく考えてみれば彼のロダリオ財閥会長がこんな田舎町にいるはずがない。それも小切手用紙ないか? なんて聞いてきて……。この時点で怪しんださ。いかがわしいと思ったさ。文無しかよって思ったさ。 でも、こんなの出されたら……。 店主はコトリと金属の固まりをテーブルの上に転がした。 「こんなので引っかかるなんて…………」 それはプラチナ製のカフス。 ウィリアムはそれを手に取った。 「…………」 カフスには紋章が描かれている。――龍の紋章。よくジパング地方壁画に見られる水竜。その手には宝珠をもつ。これは間違いなくロダリオ財閥の限られた階級、血族にしか許されていない。 しかも、その爪は五本ある。 これを許されているのは――――、 一族の長であり、ロダリオ財閥会長の――――。Mの称号を持つ。 ――――バルバ・M・ロダリオ、だけだ。 これはバルバがここに訪れたなにより立派な証拠だ。 そのカフスを見つめていたウィリアムが、突然、柔らかな微笑を浮かべたのだ。怖いほど無表情のウィリアムが。 「!?」 店主は不意をつかれて非常に驚いた。腰抜かすかと思った。 しかし、それは一瞬のことであった。店主と視線が合うと見る間に険しい表情に戻ってしまった。 「あの方は誰かと一緒だったか?」 抑揚のない口調は今までに比べて軽い。が、それ以上に彼の目は探り深くなって問いただしてくる。 「え、え、あ、あの――――」 店主はぶんぶんと首を縦に振った。 「そう旦那は一五、六歳の女の子と一緒でしたぜ。偉い別嬪さんで――……」 「他になにか、あの方のことで何か気付いたことはないか?」 間髪入れず問われて――……、店主は中空に視線を迷わせた。 他には――……。 (あ――……) 店主は手を打って、立ち上がり、レジに向かった。 「誰か訪ねてきたら渡すように、て伝言預かってましたぜ」 と言うと、ウィリアムに一枚の紙切れを渡した。 「…………」 無表情の彼がより一層機嫌悪くなったのを店主は見逃さなかった。 がばりと顔を上げ、店主を見た。彼はきっと自分がどんな顔をしているのか知らないだろう。 「店主」 「へ、へぇ!!」 何故か素っ頓狂な声を挙げてしまう。 ウィリアムは少し不可解に眉をひそめたが、気にはしなかった。よくあることだ。 「世話になったな。これは小切手の代金と謝礼だ。受け取れ。今日の売り上げぐらいはあるはずだ」 あとは何も用はないと言わんばかりに扉に向かう。 「え――――?」 ノブに手をかけたが扉を押さず、代わりにこちらに振り向いた。 「くれぐれもこのことは内密に」 そう言い残して扉を開いた。 テーブルに残された謝礼金はゆうに小切手の二十倍はある。今日の売上どころか一年分に近いかもしれない。 それを両手で抱え、店主は立ちつくした。 「……金持ちの考えてることは分からん」 ぼりぼりと頭を掻く。 わらわらと町の住民が集まってくる。何やら耳元で騒いでいるが、店主の耳には入っていなかった。 なによりも最後の一言が忘れられない。 もし、破ったら――――、 (……――――殺されそうだ) 店主は人知れず身震いするのであった。 <続> |
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