home(フレームなし)>創作場>オリジナル小説>空のごとく海のごとく>第一章 第三節 3
空のごとく海のごとく
第一章 始まりは突然に
第二節 行方
『愛する僕へ 俺のバカンスを邪魔するな。そのうち戻る。 調べて待て ・ガウィダントの消息 ・エルグレイド 愛しの主人より』 (そのうちっていつなんだ?) とは思ったものの、ウィリアムはそれ以上深くは疑問に思わない。バルバの言葉が絶対であると彼は信じても決して疑わない。バルバが戻るというならきっと戻るのだろう。だから、ウィリアムは自分のすべきことをする。 屋敷に戻ったウィリアムは早速、バルバの残したメモのような手紙に従って行動を開始した。 まずはガウィダントの行方についてだ。 「私だ。ウィリアムだ。マグネリオ様はいるか?」 バルバの弟、マグネリオ・Y・ロダリオに電話をかけた。若干二十一歳にしてロダリオ財閥の情報戦略の中心を担う会社、世界的ネットワークメディアを自在に操るフューチャーズ・ロダリオの社長を務めている。といっても、昨年度就任したばかりだ。バルバがマグネリオを会長にすることに失敗して、彼は放蕩しまくっていたのだが、とうとう去年御用となった。そして、バルバの強い推薦で無理矢理社長に就任させられたのだ。ロダリオ財閥下の企業の中でも一、二を争う忙しい会社で、勿論それを分かっていてバルバも報復とばかりに弟を投げ入れた。 『代わった。マグネットだよ。用件は何? 手早く頼む。これから誰だか知らない奴と会わなきゃならないんだ』 兄からの陰険なねちねちとした報復を受けている真っ最中のマグネリオは非常に多忙だった。それでもウィリアムの電話に付き合うのは、彼が電話をかけてくる時は絶対あのろくでもない兄貴が何かやらかしている時だ。後々の為にも早いうちに解決しておいたほうがいい。そうでなければ自分の身が危ない。火の粉が山火事になって襲ってくる。 「ガウィダント様の消息を知らないか?」 『知るかよ。親父のことなんて』 五年前、だいたい働き盛りのくせに後はよろしく頼むとかなんとか言って、消えくさった親父のことなんてマグネリオでなくても知らない。当時、そう世界でも例を見ない大捜索を繰り広げても見つからなかった人物だ。 「そうか、だったらガウィダント様を捜してくれ」 『はぁ!?』 そりゃ、あのくそ親父が死んでいるとは思っていないが、今頃になって調べろなんて――? 『いったい何なんだよ!? おい、ちょっ――……』 ウィリアムは用件だけ伝えて切ってしまった。 ブツブツ文句を言ってくるだろうが、マグネリオに任せておけばこの件に関しては大丈夫だろう。数日後には連絡があるはずだ。彼もまた、兄に劣らず有能なのだ。ただ、兄より常識人なだけだ。きっとその頃には彼独自の情報源から兄の行方不明を知らされて血相を変えているに違いないが。 (後は――……) エルグレイドについてか……。 ウィリアムは速やかに行動を開始した。 屋敷の書庫からエルグレイドに関わりのある本をどんどんと自分の執務室である秘書室に運んだ。おかげで、机の上に平積みの柱が三本立った。 「…………」 椅子に座り、彼はその本を片っ端から読破し始める。 ――エルグレイド、世界にある浮島の中でも最大級。人間が浮島の中で初めて住むようになった島。王権国家で現在アウザー7世の統治下にある。交通の手段は飛空挺、もしくは風の支配しかなく、交通の不便さから国交が十分に開いているとは言えない。 風の支配とは空間移転装置のことである。 どんどん山積みの本は読破され、古い柱が崩れるも新たな柱が立っていく。 しかし、当たり前のことしか書かれておらず、別段気になる記事もない。 ウィリアムは本を閉じて、頬杖をついた。 バルバ様は何故エルグレイドについて調べろなんて言い出したのだろう……? いつものことだが、バルバが考えていることはウィリアムには読めない。彼が消えたあの日だって、まさか海にダイブしているなんて考えもつかなかった。船にいないことに気付いた時には後の祭りだ。さっと血の気が引いて、全部屋全フロアかけずり回っても見つからなかった。パニックの次にやってきたのはショックで寝込みそうにもなった。寝込んでもいられず探し続けていて、気にも止めはしなかったが――……。 そういえばなんでバルバ様は海に飛び込んだんだ? ふと疑問に思った。 最後にウィリアムがバルバを見たのは甲板の上だ。その時、なにか変わったことはなかっただろうか。 そういえば人間が空の上に飛んでいたような……。 それじゃあ、もしかして――……、 バルバ様は助けに飛び込んだのか? ウィリアム自身、目の錯覚かと思っていたが、そうじゃなかったとしたら。羽の生えてる人間が存在するなんて。 確か仕立屋の店主もバルバが女の子を連れていたと言っている。 「!?」 ウィリアムはバッと顔を上げた。眼前に屹立している本の柱を余すことなく睨め付けた。 そして、柱から引き抜いた本は――――、 (確かこの本に――……) 創世草書。 これは『創世創書』として世界に広まる以前、創世三神が記したとされる本当の意味で最古の本だ。当然、その存在は知られていない。無論、ロダリオ家伝来の門外不出で、その本の存在はごく一部にしか知られていない。一族以外で知っていたのはウィリアムぐらいだろう。世界に三冊しか存在しないとその本に記されてあり、今、ウィリアムが持つこの創世草書は深海の女神が書いたとされる本だ。 翼を持つ少女――……。 頭の中で繰り返しながら、ページをめくる。 (あったー!!) ――――女神達は各々人間を創造した。オルディーネは――……、ウッディーネは――……、ディオーネは人に『翼』を与えて創造した。 ウィリアムが初めに見つけた記事はたったそれだけだった。でも、この創世草書には思った以上に翼を持つ人間について記されているようだ。 ――――翼ある民はその外見の違い故、虐げられ、差別された。見かねたディオーネは自らの涙を固めた石を世界に投げ入れ、翼ある民の住む地を創造した。翼ある民はディオーネに宣誓する。ディオーネが世界に降り立つ時、自らの身体を捧げると。 これはもしやエルグレイドのことなのではないか。エルグレイド人は知る限りに翼を持っていないがそうではないだろうか。 ウィリアムはエルグレイドの神話が載っている本を取り出す。 ――――我々、空の一族はこの安住の地を手に入れ、安眠の日々を手にした。神がこの地を与えてくれたことを感謝する。我らは神殿を建立して、天空の女神に祈りを捧げよう。そして、むやみやたらに地上には降り立たないことを誓う。 エルグレイド人の内向性を示す冒頭の文。果たして、現代も地上にエルグレイド人が降り立たないかというとそうでもないが、エルグレイド人の気質をよく表している。 ふと、創世草書をめくっていて、目に留まった。 創世草書、最終章冒頭。 ――――時代の節目、深海の覇者と天空の神子出会うは必然なり。運命の審判課せられるは覇者の運命なり――……。 これはどういうことだろう? 予言のようだ。 先を読み進めると、 ――――天空の神子、審判によりてその力の矛先定める。――……天空石を具現化せしとき、覇者の称号を求めて、壮絶な混沌が生まれるだろう。 (…………) ウィリアムは未知な出来事にぞっと鳥肌が立った。その理由は本人にも分からない。本能に近い。 天空石とは、ディオーネの化身とも言われ、その象徴は発展と混沌。まつわる伝説では、これを手に入れる人物は天空の覇者になれるという。 つまり、天空の神子現れる時とは――……、世界が覇者の称号を求めて争奪戦がおこるということか。 思わず、生唾を飲み込んだ。 もっと詳しく調べねば、とページをめくり返した時――、 秘書室はノックされた。 「失礼します」 入ってきたのはこの屋敷の召使いの一人だ。ウィリアムは顔を上げた。 「あの……、ダレス様がいらっしゃりまして……、今日はお帰り頂くよう申し上げましたのですが……」 「――――!?」 ウィリアムは舌打ちした。よりにもよってバルバの叔父――ダレスがやって来るなんて。バルバがいないことはウィリアムが箝口令を敷いて黙らせていたはずなのに。どこからどう漏れたのか。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。 「…………」 もう少し持つと思っていたのに!! あのハイエナめ……。 この屋敷内でもバルバは風邪を引いて安静の為寝ているということになっている。外部とは接触をもたせてはならない。無論、面会謝絶だ。 「面会謝絶だっていってあるだろう」 「はい、そう申したのですが、風邪ぐらい会っても差し支えないだろうってどんどんと……」 制止を無視されて、召使いは半べそだ。 「馬鹿は風邪引かないってことか、それで」 ウィリアムは鼻を鳴らした。 「まさか、バルバ様の部屋にいれたんじゃないだろうな」 とんでもないと召使いはぶんぶんと首を横に振る。 「応接間に引き留めております!!」 ウィリアムは深く嘆息した。 「わかった。今すぐ行く。丁重に扱っておけ」 「はい!! 畏まりました」 召使いが喜々として出て行く。安堵したのだろう。ダレスは癇癪持ちで召使いには厳しいものがある。 ウィリアムは椅子の背に深くもたれた。 よりによって一番知られたくない相手に知られた。器もないくせにロダリオ財閥会長の座を狙う鼻持ちならない奴。 やっかいごとがまた増えるのかと思うとウィリアムは気が滅入るのであった。 「――――……」 くるりと椅子を回して窓を見ると、 茜色に空は染まりつつあった。 <了> 第一章第三節 第二章へ続く |
home(フレームなし)>創作場>オリジナル小説>空のごとく海のごとく>第一章 第三節 3