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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に 第一節 空賊船 セレスは彼めがけて走った。そして、彼の胸にしがみつく。昇降機に乗ってステライア空賊船に乗り込んだセレスは拘束を解かれていた。ウィムの姿を確認した途端、制止の声も聞かず走り抜けた。 バルバは手錠がかけられた両腕を上げ、セレスを受け止めた。震えるセレスを抱くように両腕を降ろす。 「野郎共ォ!! 出発の準備だ。もたもたするな!!」 怒鳴り散らしたのは、黒髪黒目の賊長らしき男ではなかった。 「へい!! お頭!!」 その中心にいるのはバルバに襲いかかってきた淑やかな美女――、いや、もはや女ではない。女装しているが、間違いなくあれは男だ。 バルバは嘆息した。 どうやらとんでもない勘違いをしていたようだ。 このステライア空賊団を仕切っているのは間違いなく、黒髪黒目の男ではなく、女装した美青年である。つまり、ステライア空賊団賊長――サリ・ステライアとはこの神懸かり的な美青年だったのだ。手下達がお頭と呼ぶところからも明らかだ。 美女が美青年である真実は案外バルバの中で衝撃的であった。 失望した眼差しをサリに向けると、彼はにこやかに艶容な微笑を返した。 女神を想わせるほどの美貌だというのに……、その発せられる声は――――……。 頭を抱えてしまいたくなる。その姿、その容姿でしゃべってくれるな、と祈る想いにかられる。 「二人ともついて来い」 半ば現実逃避に走ろうとしていたのを引き留めたのは、黒髪黒目の男だった。 セレスとバルバが案内されたのは、船内の一室。 「お嬢はここだ」 客室と思われる部屋だ。 「おまえはこっちだ。ついて来い」 「ああ、分かった」 やはりセレスとバルバを一緒にしておくはずがない。バルバには牢獄、良くて監禁室あたりが宛われるのではないか。 「?」 バルバは動こうと身体を捻ったが、自分の意思に反して思うように動かない。 「お嬢ちゃん?」 しがみついたセレスが手を放そうとしないのだ。石にでもなってしまったように。 バルバはやれやれと頬を掻き、優しくセレスの肩を抱いた。 「大丈夫だから顔を上げてくれよ。ちょっと部屋違うだけなんだから。同じ船にいるのは変わりないしな、お嬢ちゃん」 セレスはピクリともしない。 先に出た男が一向に出てこようとしないバルバを見かねてこちらにやって来た。 「どうした?」 「どうしたもこうしたも……、この通りさ」 と言ってバルバは腕を上げ、視線をセレスに向けた。 「…………」 男は顎に手を当てセレスを観察していたが、思わぬ暴挙に出た。バルバからセレスを剥がしにかかったのだ。セレスが所狭しと聞こえる声で悲鳴を上げる。 「おい、何するんだ!?」 バルバは非難の声を上げ、バルバからセレスを引きはがそうとする腕を払いのけた。そして、その声はようやく止んだ。後に残るのはセレスの涙と荒く喘鳴する姿だ。 「仕方ないだろう。他に方法があるのか?」 「極度の緊張の中にあるんだ! この子は!! 普通そんなことするか!?」 「しかしな……!!」 「そうだぞ、ジル」 入り口の縁に背を預け、サリ・ステライアがいた。 「お客さんの言うとおりだ。おまえはがさつでいけない」 サリはこちらにやってきて、セレスの頭を撫でた。途端セレスの肩は緊張で固まる。 「緊張しなくていい。私たちは何もする気はない」 その声は非常に優しい。 しかし、セレスは信じない。なにせ賊の言うことだ。バルバにしがみつく力は一向に緩む気配を見せない。 「なにをそんなに緊張してる? 黙ってたら分からないだろ?」 サリは根気強く説得を続ける。彼は思ったより気の長い人間なのかもしれない。それにもましてセレスは強情だ。 「分かった。この男をよっぽど気に入ったのなら、取り上げはしない。安心しなさい」 折れたのはサリのほうだった。 「せめて名前だけでも教えてくれないか?」 その言葉でとうとうセレスがピクリと動いた。恐る恐るサリの方へ顔を向けた。 「――ティ、……――スティ、――セレスティ・アライン――――……」 揺れる夕暮れ色の瞳に、サリが良くできましたと艶やかな笑みを返した。目線を合わせるため屈んでいたサリは立ち上がり、バルバに顔を向けた。 「何かあったらこれを鳴らして呼べ」 指さした先にベルがある。 「おまえ達の世話は、このジルクードに任せる。気が利かない男だが我慢してくれ。もっともこの船には気の利く奴なんて乗ってないけどな」 「ああ」 苦笑するサリにバルバは穏やかな笑みを浮かべた。 サリとジルクードと言われた男は出て行ってしまった。そして鍵の掛かる音が冷たく響いた。 まったくあの二人は黙っていれば良い男女の仲にしか見えない。 バルバは軽く嘆息して、自由に動かせない手でセレスの背をさすってやった。 「……大丈夫だから」 「――――……」 それでも離れないセレスを仕方なく、バルバはすくいあげるように軽々と持ち上げた。手錠がされているのでお嬢様抱っことはいかないが、器用に持ち上げる。 「!?」 驚いてセレスが顔を上げた。セレスの顔をやっと見られて、バルバはいつもと変わらない笑顔を向けた。 「やっと顔上げてくれたな。俺も少し疲れた。しがみついててもいいから、ちょっと座らせてくれな」 言うや否や、バルバは靴を脱いでベットの上によじ上った。 「……ウィ、ム――……」 涙が止まったかと見えた目がまたふやけだした。 セレスはウィムのその暖かい眼差しに胸が痛んだ。下唇を噛みしめ、ウィムの胸に顔を埋める。 「――んなさい……、……――めんなさい……」 セレスは消え失せそうなほど小さい声で呻く。その間ずっとウィムはセレスの背をさすっていてくれた。その温もりが気持ちいい。 「……こ――、んな、……――こ、とになって……しまい、……――んとぅに……めんなさい……」 セレスはしゃくり上げながらも続ける。ウィムは静かに黙って聞いてくれる。 まるで桜貝に抱かれるような気さえする。 「私が、…………地上――……なんか……降り、なければ」 セレスは顔を上げた。セレスの茜色の瞳とバルバの桜色の瞳が結ばれる。 「こんな、ことになら――なかったのに――! 私が降り立ったせいで……!!」 「…………」 しばらく二人は言葉なく見つめ合っていた。セレスはウィムからの言葉を待っていた。 「――ああ、そうだ」 ウィムはセレスから視線を外さないで、 「お嬢ちゃんが海なんかに落ちなければ、俺の前に現れなければ、今頃俺は楽しく休暇を過ごしてた」 「…………っ」 「セレスと出会わなければ良かった――――」 ウィムは目をそらさず断言した。予期せぬ言葉にセレスは――――!! 「!!」 驚愕に見開かれた大きな瞳は乾いていた。信じられなくて泣くことも忘れてウィムを瞳に映している。甘い言葉を期待してしまったセレスは。 しかし、ウィムは痛いような瞳をしていた。 それでも目をそらさない。寂しそうに首を傾げた。 「て、言って欲しいのか?」 ウィムはセレスを抱き寄せた。 力強く脈打つ鼓動――……。 「――――」 「違うだろ。そうじゃないだろ」 ウィムは耳元で囁く。声を潜めて。良く通る声に温もりがある。 肯定の言葉が。胸が痛い。 「…………」 ウィムはより一層強く抱きすくめた。セレスに自分自身の存在を感じさせる。一人じゃないと。 「大丈夫。俺はここにいる。見捨てない。言っただろう。俺はセレスを親父さんのところまで送るって」 みるみる間に涙が溢れてくるのを感じた。止めどない雫がウィムの肩を濡らす。切ないほど嬉しくてセレスは目を閉じた。 「そんな顔するなって。約束しただろ」 ウィムはセレスを解放して、微笑した。彼と出会ってから変わらぬ笑顔。太陽の笑顔が今優しくセレスを照らす。 「――――ウィ、ム――……」 もう一度、抱き寄せる。 「――――……話してくれないか?」 今までにないほど真剣味の帯びた声が静かに囁く。抱き寄せられてウィムの顔は見えない。 ウィムは目を閉じていた。 「セレスが故郷から出てきた理由、あいつらが狙っているもののこと――――」 ――――話して――……。 セレスも静かに目を閉じて、肯く。 ウィムには知る権利がある。セレスはそれを認めた。 <続> |
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