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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第一節 空賊船
ありがとう、とバルバは言った。 セレスのその小さな勇気がなんだか心に響く。 信じきった無垢な瞳に――映るのは肩書きのない俺で――……。 地位も名誉も関係なく求められたことがあっただろうか。 求めてきたのは、俺が欲したのは――。 永遠に変わらない――純粋な心。 鼓動さえ聞こえるほど近くで。 聞きとれないほど小さな声を噛みしめた。 どれぐらい経っただろうか。セレスが告白してから。 今はもう眠っている。熟睡だ。 安らいだ表情をしていた。 真っ赤な唇にかかる金糸を救って口元から遠ざけてやる。 寝顔はまだあどけない少女だ。まだ少し早いのだろう。外見と心が釣り合うには。 「…………」 バルバはセレスの髪を優しく撫でてやる。疲れ切っていたのかピクリとも動かない。緊張の糸が切れたとも言う。エルグレイドから慣れない旅で緊張し通しだったろうに、それもこんなに小さな身体で大きな秘密を抱えて。挙げ句の果てに空賊に襲われるなんて。セレスでなくてもこうなってしまって当然だろう。今はしっかりとバルバの服を握りしめて寝ている。 今日はこのまま寝かせておこう。 朝からセレスに服を握られ続け、コートはそこだけしわくちゃになっている。 ふとバルバは笑った。セレスにとって自分の服は精神安定剤のようなものなのか。 まるで赤ん坊のようだ。 眠るセレスをベットの端に座って眺めているのも飽くことないが、部屋の外ではこちらを伺う気配がする。 「そこにいるんだろう。入って来いよ」 扉は開かれた。 ジルクード・ダッチは捕虜には似つかわしくない口調に微苦笑を浮かべた。その手にはトレーを持っている。 「夕食を持ってきた」 きっともう夕食というより夜食と言っていい時刻だろうが、セレスもバルバも慌ただしい環境の変化に食事のことを忘れていた。 ジルクードはテーブルに置いて、しばし二人を観察していた。恋人同士というより、親子のようにさえ見える微笑ましさがあった。 「落ち着いたか?」 ジルクードが尋ねたのはセレスのことだ。 「ああ、やっとね」 バルバはあっけらかんと答える。 「環境の変化についてけなかったんだよ。寝て起きて明日には元気になってるさ」 「…………」 ジルクードはセレスに泣かれてほとほと困った張本人だ。複雑だ。一体どんな魔法を使ったのか。 「お嬢とは長いのか?」 「いや、ついこの間、知り合ったばかりさ」 ついこの間知り合ったばかりの相手のために、命を張ったあんな立ち回りができるのだろうか。 「何?」 視線に気付いてバルバは問うた。 「おまえは恐くないのか?」 「何が?」 「お嬢とはあまりに対照的でな」 セレスはあれだけ怯えていたというのに、この男は動じない。一つもそういった素振りを見せなかった。どちらかというとこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。それは今も変わらない。 「別に恐がる必要がないから恐がらないだけさ。それに――」 バルバはニヤリとして、 「空賊船なんて初めて乗るしな」 「…………」 この男、気狂いかとジルクードは思った。本当にこいつは捕虜の立場が分かっているのか。 「捕虜だって解ってるのか?」 「ああ、解ってるよ。それでさ、悪いんだけどこの手錠外してくんない?」 まるきり解っていない。 「これだと、あんたのもう一つの用事果たせないだろ?」 「?」 「賊長に俺を連れて来いって言われてんだろ」 「!?」 バルバは食事のためだけにジルクードがやってきたとは到底考えていない。 ジルクードはシニカルな笑みを浮かべた。 「何故解った?」 「ずいぶん前から扉のところにいただろ。それにほら冷めてるし」 食事を指さした。ジルクードは足音も気配も隠していた。あわよくば二人の会話を盗み聞こうと。 「いつから気付いていた?」 「多分、初めから。残念だったね、来た頃にはセレスは眠り始めたよ」 まったくその通りだった。あまりにも静かでジルクードは中に入る気を逸してしまったのだ。 「で、何で手錠を外さなきゃならないんだ。必要ないだろう。そのままついてくればいい」 「いいのか? 泣かれるよ」 バルバが指さしたのはセレスの手だ。しっかりとバルバのコートを握っている。無理矢理剥ぎ取れば先程の二の舞だろう。 「…………」 顔色は変えなかったが、 これではジルクードもお手上げだ。首を縦に振るしかない。 「一回外すが、またつけるからな」 目の前の男は非常に可笑しそうに笑う。 ジルクードは歯がみした。釘は刺すものの効き目はないようだ。 ふざけた男の言いなりになっている自分が甚だ情けない――……。 <続> |
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