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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第一節 空賊船
船長室。その名の通り賊長の部屋だ。豪奢な家具が煌びやかに置かれ、その一室に佇むは、紅い瞳が印象的な銀髪の美青年だった。今はもう女装などしておらず、立派な男装を着こなし、あたかも艶麗な貴公子である。 バルバはジルクードに案内されてその部屋に入ると、用意されていたのは豪華な食事だった。 バルバは目を疑った。しかし、何事にも動揺しないのがこの男、バルバ・ロダリオだ。 「驚いたな。まさかフルコースが待ってるなんてね。拷問かなんかかと思ったのに」 「言っただろう。招待すると」 サリはその妖艶さは変わらずニヤリと笑う。 「まさか。腹ぺこだったんだ。有り難く頂くさ」 バルバはわざと肩を上げて見せた。 「まだ名前を聞いていなかったな」 「人に名前を聞く時は先に自分が名乗るべきだろ」 バルバは目の前の青年の名前を知りながらも、堂々と言いのける。 「そういえば、そういうものだったな。私の名はサリ・ステライアだ。知っての通りこの船の賊長を務めている」 捕虜の横柄な態度にもサリは動じない。 「俺はウィムってんだ。よろしく」 こうして食事は始まった。 出される品々にはもしかすると毒が仕込まれているかもしれない。しかし、そんなことは気にせず食べ進めるバルバ。 手錠を外されて捕虜はいつでもナイフを片手に襲える距離にありながら、何も警戒しないで優雅に食事をするサリ。 笑い声さえ響く食卓も、内心探り合いだ。 給仕を務めるジルクードでさえ、ビシバシと伝わる緊張の最中に割ってはいるのは気分のいいものではない。笑って食事のできる二人は明らかに普通の神経ではない。 つつがなく進行する食事も大詰めを向かえていた。 「で、俺に聞きたいことが在るんじゃないのか?」 見事な給仕役を披露するジルクードがバルバのグラスにワインを注ぎ足す。 「私が聞きたいのは真実だけだ。ウィム」 笑顔は完璧だ。 「まさか私が言っていることを鵜呑みに信じてるとは思っていないだろう」 「そんな訳ないだろ。こんな茶番で話を信じたら、あんた馬鹿だよ」 遠慮もへったくれもない捕虜の言いぐさにジルクードはピクリと反応するが、サリは動じない。その度量の広さを見せつける。 「そのとおり。これだけの食事をまさに見事な作法でこなす奴がファミリーネームもない庶民なんて考えられない」 「それがここにいるんだから仕方ない。俺だってついぞ賊が食事のマナーに精通してるなんて聞いたことない」 バルバもにっこり笑って、 「あんたの真似しただけさ」 不実をさも本当のように言いのけるは、なんと天才的なことか。 短くも長い沈黙がぬけ去った。 「…………」 ジルクードは確実に胃が痛くなっているのを感じた。 沈黙を破ったのはサリだった。口元に手を当ててからからと笑う。 「初めてだ。私の食事に最後までつき合えた人間は。面白い」 足を組み換えて、バルバを値踏みする。 「使ってやる。俺の下で働いてみる気はないか」 強制の含みがある。それを受け流してさらりとかわす。 「俺は役立たずだぜ。それに俺は気まぐれだ」 「なに簡単な仕事さ。いま機関士が助手を欲してる。指示に従えばいい」 「ふぅん」 サリは目線を外さない。その目は血よりも赤い。 「ま、遊びついでにエンジンをグレードアップしてくれると有り難いがな」 バルバは立ち上がり、扉に向かった。背中越しに罠を掛けてくる。 「考えておくよ」 扉に手を掛けた時、最後に一言サリは問うてきた。 「ウィム、おまえの名は『ウィム』と言うんだな。それ以外の名はないと?」 「ああ、そう俺の名前は『ウィム』だ」 一度、目を眇めてサリを見たが、すぐ散らし口元に笑みを浮かべた。 軽く手を振って出て行った。 「いいのですか? あの男を放っておいて」 サリの隣に立つジルクードは扉から目線を逸らさない。 「別に外にはアンシャとジャンもいる。心配ない。寝床には辿り着けるだろう」 「そうではなく!!」 ジルが初めて凄い剣幕でサリを見た。今までのウィムに対する鬱憤が爆発したのだろう。 「あんな得体の知れない奴をこのままにしておいていいのですか!?」 「別に構わないさ」 「何故!?」 詰め寄るジルクードをサリは制した。目線だけで支配する。 「何故って? 最後の質問が答えだからさ」 「?」 「『ウィム』って名に聞き覚えないか?」 ジルクードは問いに問いを返されて困惑する。それを見てサリはまたも笑い出す。 「まったくその名の通りだったな」 本当は食事の席で少しでも気に入らなければ、煮るなり焼くなり殺す気であった。ところがどうだ。サリの舌を巻くほどの度量と度胸ではないか。 「ジル、俺たちはとんでもない拾いものをしたみたいだな」 奴の力を生かすも殺すもサリ次第だ。 「地上にいる部下に対して連絡を取れ。ウィムの身元を徹底的に調べろ」 「しかし、手がかりが……」 「言っていただろう。『ウィム』って。それが手がかりだ」 そこまで言われてもジルクードは分からない。どうやら頭が錆びついてるようだ。 「ロダリオ財閥について調べろ。きっと面白いことが出てくる」 まさか、とジルクードは思った。それが本当ならステライア空賊団が世界の重要人物を握ったことになる。しかし、ウィムはそれを証明するものは何も持っていなかった。 瞳と同じそれ以上に暗色の紅を称えたワインをグッと飲み干す。 「天空石なんかより価値があるかもしれないな」 美味が目の前に転がっているかのようにサリは舌を舐めた。 <続> |
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