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空のごとく海のごとく
第一章 明かされる真実を胸に
第二節 空賊船
セレスは微睡みの中から浮上しようとしていた。窓から差し込む日の光がセレスを現実へと引き戻そうとしている。何を見るわけでもないが、うっすらと瞼を持ち上げる。握りしめた手に感触が在ることがセレスの不安を取り除いていた。そこにウィムがいると。 そして、目を開けば当然そこにウィムがいるとばかりに視線をやると。 「!?」 飛び起きた。手に握るのは確かにウィムのコートだ。しかし、コートだけが取り残されていて、それを着ていたウィムがいない。どこにもいない!? パニック状態に陥ったセレスはすぐさま扉に向かった。 ウィムはどこに行ったのだろう? もしかしたら、もうこの世にはいないかもしれない、という強迫観念にかられてセレスはいてもたってもいられない。しかし、扉のドアノブを持ってバンバン引いてみるが決して開くはずがない。引いてダメなら押してみろと、押すと軽々開き、力んだ力が余計で前のめりにすっ転んだ。 ドサッ 「わ!? ……ッぷ」 「……お嬢。慌ててどこ行くんだ?」 食事を持って入ろうとしたジルクードが壁となり、セレスを受け止めていた。 セレスは問いには答えず、ジルクードを無視して猛然と通り抜けようとしたが、腕を掴まれてしまい、行く手を阻まれてしまう。 「ヤッ! 放してウィムはどこ!?」 昨日は散々泣かれ、今日も泣かれるかとジルクードは身構えてしまった。一応、セレスは口を聞いた。でも、目尻にはどんどん水分が溢れ、今にもこぼれ落ちそうだ。 「ちょ、ちょっとたんま!! お願いだから泣かないでくれ!! あんたの大切なウィムはいるから安心しろ!!」 「ぃいやあ……ぁ!!」 ジルクードの話も聞かず、セレスは大声で泣く体制に入りつつあった。 (ウィムの奴!! 明日には落ち着くって言ったじゃないか!!) 耳にきーんと響く泣き声は船内にまたも轟いた。 ジルクードもセレスを部屋に押し込めたいのだが、周囲の視線が集まりだした現在、無理矢理ではまた賊長のお叱りが飛ぶ。 押し合いへし合いそのままの体勢でセレスとジルクードは硬直している。 たまらずジルクードは叫んだ。 「ウィムー…………ゥゥウ!!」 「はいな。お呼びですかい」 二人は声の主へバッと振り向いた。 ウィムは丁度セレスが向かおうとしている方とは逆の方向から、丁度ジルクードから死角になる位置にしゃがんでいた。 「馬鹿野郎!! いつからそこにいた!?」 セレスがウィムに抱きつく。ジルクードはウィムをギッと睨んで吠えた。 「あんまりあんたが頑張ってるんで声掛けちゃいけないかなー……なんて」 反論しようと、声を荒げようとした時、ジルクードの視界にサリが入った。出かかった言葉を飲み込んで、ウィムを睨み付けた。ウィムはそんなこと意にも止めない。 「ジル。おまえがこんなに必死なのは久々だ」 「……茶化さないでください。お頭ぁ」 憮然と立ち上がるジルクードに対して、サリはまだ喉の奥の方で笑っている。 「この分では仕事のほうはできないかもな」 咳払いして、ウィムのほうを見た。肩を竦ませてみせる。 「冗談。それは困る」 何が困るというのか。決してウィムが仲間に入らないことを分かっているサリはウィムの発言が可笑しくてたまらない。 「とにかく、ウィム。今の仕事はセレスティが私と話せるようにセッティングすることだ」 「了解」 「?」 人も段々と散り、サリとジルクードも去っていった。 部屋に戻り、ようやくウィム達の会話を不思議そうに聞いていたセレスは言葉を紡いだ。 「一体どうなっているのですか? 仕事って何?」 セレスはお行儀良く椅子に座っていた。 「話は朝食を食べてからだ。お腹空いたろう」 ウィムはテキパキと用意する。 「せっかくダッチが持ってきてくれたんだから暖かいうちに食べた方がいい」 「ウィムは?」 「俺はいいよ」 昨夜真夜中にフルコースを食べているバルバはあまり腹は減っていないのだ。 「でも……」 セレスは自分だけ食べるにはいかないと目を曇らせる。 「分かった一緒に食べよう俺はこっちを食べるから」 と指さしたのは昨夜の夜食だった。セレスがこちらを食べると言い出す前に、ウィムが冷たいスープに口を付けた。そうしてようやくセレスは食事をしてくれた。 「こうでなくっちゃな。……俺がいなくてもちゃんと食べてもらわないと困る」 「え? なにか言いましたか?」 「いや、なんでもない。独り言」 セレスは食事を終えて食後の紅茶を飲み始めると、憂鬱そうにウィムに話しかけた。 「昨日何があったのですか?」 ウィムはちらりとセレスを見る。 「別に大したことない。賊長のサリと食事しただけだよ」 「本当ですか!?」 セレスは身を乗り出して、ウィムに迫った。 「拷問とか、毒とか――……」 「されてたら、俺はここにいない」 セレスはウィムの桜色の瞳を覗き込んだ。ウィムの言っていることは本当か嘘か――。 ようやく信じた頃、バルバはセレスに大切なことがあると話し出した。 「俺の身に何があっても、気にするな。昨日一晩考えたんだが、俺はお嬢ちゃんをカイザル共和国に送っていってやれないと思う。その時は――……」 「何故!? 約束したでしょう!?」 急に不安がよぎった。 「落ち着け。お嬢ちゃん」 慌ててウィムは遮る。 「もしも、もしもの話だよ!! 悪いがこの船の上じゃ、本当の意味で命が保証されてないんだよ。分かるよな?」 セレスは渋々肯く。 「で、俺は考えた。もしも、もしも俺に何かあったら……」 一度言葉を切り、ウィムは真摯にセレスを捕らえた。 「その時は目的を果たすために『手段』を選ぶな。使えるものは何でも利用しろ」 砂色の瞳が真剣さを増す。 「目的の果てにまた必ず会えるから」 <了> 第二章第一節 第二節へ続く |
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