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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第二節 決意
「報告をしろ」 サリ・ステライアは冷たく発した。 『最後の晩餐』と呼ばれるサリの部屋には機関士長のピオーネ・フルトがいた。 丁度、ピオーネはエンジンの修理の報告に参じたところだ。 「は、はい。エンジンの蒸気部分に圧力の降下上昇の付加がかかり、あまり蒸気が入らない、つまり使われていない配管にも同様、圧力が必要以上にかかりその部分が爆発しました。爆発箇所にして5カ所で、全て修理完了しました」 「それで」 「信じられないことですが、これにより、エンジンの稼働率が20%上昇したと思われます」 「…………」 報告書をサリに渡す。サリは目線をそちらに移したが、ピオーネの監視を解いていなかった。 「報告はそれだけか」 「…………」 汗が滝のごとく流れ落ちるピオーネは勢いよく前屈した。 「すみませんでした!!」 「…………」 顔を上げるとジルクード・ダッチの血管の浮き出た顔が待ち受けていた。サリの無表情とはまた違った意味で非常に恐ろしい。 ピオーネの身の上をサリは知っていて、彼にウィムを近づけたのだ。危険を承知でウィムを送り込んだのだから、ピオーネに責任を取らせるのはお門違いだ。だから、全てをピオーネに押しつけるわけにはいかない。なにより、ウィムはパフォーマンスは激しかったが、サリの言うとおりにエンジンの質を向上させた。これにどう文句が言えよう。つくづく喰えない奴だと思う。 だから、敢えてそれ以上の詰問はしない。その代わり、 「そもそも機関室をおまえ一人に頼っていたことが間違えだった。一人助手を必ず調達しておく」 とだけ釘を刺した。 サリは思った以上に情け深い男で、このならず者の集団であるにも関わらず一度の失敗は許す。このステライア空賊団が普通の賊より荒んだ空気がないのは、そこから生まれる信頼感なのかもしれない。だから決断を下すということなら、よっぽどバルバのほうが容赦ない。 「二度はないことを肝に銘じろ」 サリの隣で番犬のようにジルクードは唸る。 逃げ帰るようにピオーネが出て行って、サリは背もたれに深く沈んだ。 「まったく良くやってくれる。この男ッ」 報告書を机に投げつけて喉を鳴らした。 「無料では直さないってか」 エンジンの質を向上させる代わりに、進路を少し変えさせてもらったくらいにしか、奴は考えてないだろう。 「奴は死んだと思いますか?」 調査書を取り、ジルクードは問うた。 「まさか」 「ゴキブリ並みに生命力がありそうな奴が死ぬわけないと私も思います」 ジルクードはじっと報告の一点を眺めた。 「しかし、サリ様……。果たして数百メートルも上空から飛び降りて助かる人間は聞いたことありませんよ」 パラシュートも持たず、何も持たず飛び降りた。 サリは目を眇めた。 どう見てもサリには追いつめられて船縁に上ったとか、不慮の事故で踏み外したとかには思えなかった。 むしろ、自ら飛んだ――――ようにしか見えなかった。 勿論、自殺を前提とした顔ではなかったし、そんなことをする玉ではない。 セレスにはああは言ったが、生存は物理的に無理でも、生きているとしかサリには答えが導き出せないのだ。 「ロダリオ財閥がなんて呼ばれているか知っているか?」 「?」 世界最大にして唯一の財閥。コングロマリットの経営は一種独特で、全関連会社は一族の長たる会長とその一親等の血族が取締役会長を務めている。その形態を代々継承されていて、それで運営が成り立ってしまうのだから、化け物だと言っていい。 そのあだ名は――――。 「――――『覇王』」 「そう、そして俺の一族の伝承が正しければ、その名の由来は」 ニヤリと歪めて、その毒々しい視線をジルに投げた。 「――――『深海の覇者』だ」 古の契約が未だ存在するならば、助かる見込はゼロではない。ウィム、――いやバルバ・M・ロダリオが血の契約を未だ有効とするならば、海は彼の支配下にある。 必ず助かるだろう。助からなければならない。 サリは心底楽しかった。全てが思い通りになってきたサリにとって、未知数の存在は非常に興味深いものだ。 「サリ様――。一つ聞いてよろしいでしょうか?」 「なんだ?」 自分の世界に入っていってしまったサリにジルクードは怖ず怖ずと尋ねた。 「『深海の覇者』とは――……一体?」 ジルクードが知らなくても当然だ。古いお伽話の世界にまで遡る。 「大地の女神が投げ込んだ地底石が変化した火炎石、それを深海の女神が投げ入れた深海石を使って封印した人間のことさ」 俺の一族の伝承が正しければ――――、 「その末裔がロダリオ財閥ってことさ」 「もしや天空石とは――……」 「そう、天空の女神が投げ入れたもの。深海の覇者が封印したことによって世界の守護が深海の女神に決まってから、この世界から消え失せた伝説の神石だ」 しかし、サリはそんなことに興味を持ってはいない。サリはあくまで賊だ。欲しいから狙うのだ。 天空石は水晶よりも透明で、ダイヤモンドよりも輝くと言われる。その宝石の価値として欲しているのだ。 サリは可笑しくてたまらない。いつでも哄笑が漏れそうだ。 「ジル」 柔らかい視線だった。 「セレスティの様子を見てきてくれ」 たおやかな仕草は柔らかい花のようだ。けれど血よりも赤い紅玉は今にも何かを喰らいそうに暗く輝いていた。 <続> |
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