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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第二節 決意
ジルクードのセレス苦手意識は見る間に解消されていった。 話してみればセレスは可愛い少女だった。ウィムに抱きついていた時は非常に幼い印象だったが、今はどうか。大人びたというのか、綺麗になった。 「どうした? 緊張しているのか?」 隣を歩くセレスは顔を強張らせている。なんだか歩き方もぎくしゃくしている。 「大丈夫」 には見えない。 「サリ様は見た目は怖い方だが、思慮深い話の分かる人だ。ゆっくりで大丈夫だからな」 「ええ」 横目でセレスをちらりと見た。アドバイスを送ってやったが、効果はあまりなさそうだ。 「お嬢を連れて参りました。入ります」 ノック代わりに扉の前で声を張り上げて、中に入った。 サリがセレスに暖かな微笑を投げかけた。ソファーに腰掛けて足を組んでいる。 「やあ、セレスティ。やっと来てくれたね。待っていたよ」 サリは終始、笑顔だ。 「立ち話ではなんだ。こちらに座りなさい」 勧められるがままにちょこんとサリの向かい側のソファーに腰掛けた。 「紅茶でいいかい?」 こくりと頷くと、目で合図されたジルは用意にとりかかる。 紅茶が運ばれ、一口飲んだところで話を切り出したのはサリのほうだった。 「話ってのはなんだい」 「……。天空石のことです」 「やっとその在処を話してくれる気になったか」 サリはにっこりと微笑む。艶やかな微笑はまるで花のようだ。 「…………」 セレスは沈黙した。協力を仰ぐ以上、話さざる終えない。 「お話しするのに一つ条件があります」 「言ってごらん」 サリの顔つきがにわかに変わった。それは男性特有の精悍さを物語り、交渉を常にした戦士のようだ。 「私の足となってくださいますか?」 「…………」 涼やかな目を細め、サリは頬杖をついた。 「どういうことかな」 「私はこの地上でやらねばならないことがあります。連れて行ってくださりませんか」 空賊をタクシー代わりに使おうというのか、それは大胆な話である。 「ギブ&テイクって訳か」 情報と交通の交換をしようと持ちかけているのも同じ。 「いいえ。もしあなた方がそこに私を連れて行ってくださらなければ、一生天空石を見ることはできないでしょう」 「ほおぅ」 「でも、だからといって天空石が手に入るとも限りません。なぜなら、天空石は未だ形をもって存在していません」 ぶんぶんと首を振りながらもセレスはサリの目から視線を外さない。 「…………」 セレスに嘘をつく余裕もないし、メリットもない。持ちかけられた条件が天空石を手に入れるための条件なら仕方がない。 「分かった。私たちはこの世のものではない美しさを誇る天空石が欲しい。手に入るならセレスティのためにどこにでも行こう」 その言葉が欲しかったのだ。セレスの表情がパッと明るくなった。 「それではお話いたします」 「…………」 サリは一口紅茶をのみ、聞き手に回った。 「一つ伺います。どこからあの船に天空石があるという情報を得たのですか?」 「…………。『天空の覇者』の言い伝えは空に関わる人物なら誰だって知っている。あの頃、羽が生えた人間が空を飛んでいるという目撃情報はかなりあった。空賊としては一つ賭けてみるのも面白いだろう」 『天空の覇者』の言い伝えとは、天空の女神の化身たる天空石を手にするものは天空の覇者となって空を支配できるという神話である。その天空石は羽を持つ人間が現れる時、出現すると言われてきた。 「そうですか。けど『天空の覇者』の言い伝えに知る天空石は皆さんが考えているものとは全く違います」 「どういうことだ」 サリは訝しげに聞き返した。 「天空石は形を持ちません。今世界に存在する天空石は形を持たない力として存在します」 ここから先はセレスが今までもっとも隠してきたことだ。でも、ここまで来たら話さなければならないだろう。少し躊躇ったが、意を決してサリを見た。 「私と融合して天空石はこの世界に落ちました。勿論、私と融合している間はその力は何も発揮しませんし、宝石の形にもなりません」 要するに宝の持ち腐れ状態にあるのだ。 「それじゃ、どうやったら天空石は形を取る?」 憮然と足を組み換えて問うた。 「それは世界が深海の女神の守護から天空の女神の守護に時代が切り替わったときです。つまり、深海石が力を失った時――時代の節目に初めて天空石が宝石の形を取ります」 時代の節目とは深海石の力が弱くなり、新たな神石――天空石が誕生すると言うことだ。「時代の節目だから天空石が生まれた、ということか?」 セレスはコクリと頷く。 「でも、自然と神石は交代するわけではありません。火炎石の教訓から女神は守護の交代を一人の人間に選ばせることにしました。その人がノーといえば、天空石の力は弱った深海石に吸収され、深海の女神の守護するところになります」 「私の使命とはその審判をすることです」 天空石をもって生まれてきた人間は必ず、審判をする義務がある。けれども、現在平和である世界が崩れるのを畏れたエルグレイドの民――天空の民はセレスを軟禁状態にして、その人間の元に行かせなかったのだ。 なにせ天空石が司るのは発展と混沌。天空の民は発展よりも平和の維持を望んだのだ。その気持ちも分かるからセレスは一六歳になるまでエルグレイドを出ようとしなかった。しかし――、 「私たちにその人物のところまで連れて行け、ということか」 サリが目を光らせた。 「私を連れて行ってください」 セレスは大きく息を吸った。 天空石が生まれるかは分からないが、決定権はエルグレイドの民ではなく――、 「――現在の深海石の所有者つまり、『深海の覇者』のもとへ」 「天空石を産んでもいいんだな?」 セレスは決して目を逸らさない。それが答えだ。 「はい。ロダリオ財閥会長、一族の長であるガウィダント・M・ロダリオの元に連れて行ってください」 「ん?」 ――――ロダリオ財閥会長、一族の長であるガウィダント・M・ロダリオ? (現在の――……、ロダリオ財閥会長は――……) サリはまじまじとセレスの顔を眺めてしまった。非常に真剣な顔をしている。信じ切って疑わない表情だ。 「現在のM・ロダリオは――……」 一族の長たるM(Myroad)のセカンドネームを持つのはガウィダントの長男バルバだ。 そして、サリの推測が正しければ――……。 「いつの情報だ?」 得た情報を整理して、サリは言葉を選んだ。 セレスはきょとんとしている。無理もない質問の意味がセレスにはよく分からない。 「どれのことですか?」 「ロダリオ財閥会長がガウィダントだということ」 「違うんですか? ウィムもそうだと言ってました」 「…………」 「初めは実父のガウィダントに会いに行くためと話しました時、ウィムはロダリオ財閥会長のガウィダント・M・ロダリオって驚いてました」 ここまできてサリに嘘をつく必要はない。 しばしの沈黙の後――、 「…………ッ」 サリの心底可笑しそうな笑声が船中に響いた。 ステライア空賊団始まって以来の前代未聞の珍事だ。 腹を抱えて笑った。痛くて痛くて仕方ない。 セレスにガウィダントが父さんだと告白された時のウィムの表情が目に浮かぶ。 バルバが何故、偽名を使ったかは定かでないが、この奇妙なバルバの不幸はサリにとっては至上の珍味に他ならない。 その時、部屋の電話が鳴って、ジルがサリに渡す。落としそうになりながらもなんとか受け取った。 その内容はバルバ・M・ロダリオの秘書――ウィリアム・ビルダードがシャン島に軽飛行機を飛ばしていったとの報告だった。 これで間違いない『ウィム』はバルバ・M・ロダリオに他ならない。 サリは目尻に浮いた涙を拭ってセレスに向き直った。 けれども、セレスを見ると笑いが込み上げてくる。セレスには悪いがあまりにも滑稽で面白すぎる。 なんとか薄ら笑いに留め、 「分かった、私が『正統な』ロダリオ財閥会長に会わせよう」 もうサリは可笑しくて可笑しくて高笑はたまらなく止まらなかった。 <了> 第二章第二節 第三節へ続く |
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