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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第三節 訪問者
(あの――……、――生焼けのローストビーフがッ!!) とろけそうなあの脂ぎった頭部に併せて気持ち悪い笑顔。脳裏に過ぎるだけで寒気がする。 ウィリアムはダレスと対峙している間中ずーっと心の中で悪態をつきまくっていた。 今、ダレスが応接間から出て行くのを見送り、信じられないほど怒りを込めてその扉を睨み付けていた。といっても外見的には単に見ているようにしか見えないが。 ウィリアムはダレスのことが大ッ嫌いだ。 何故あんなのとバルバが親戚関係にあるのか、ウィリアムには非常に理解に苦しむところだ。以前、亡きバルバの伯父――ガッシュとガウィダントとの三人の写真を見たことがある。長身の二人に対して一人背が低いダレス。長男らしく落ち着いた感じが滲み出るガッシュと二枚目遊び人を気取ったガウィダントは顔立ちも良く似ており、理知的で二枚目だ。それに対してダレスは――……、神経質そうないかにもといった……。 ダレス・ロダリオは背が低く、歪んだ鼻の下に、ため込んだ髭を生やしている。本人は恰好付けているつもりなのだろうが、今日、横に丸々と太ったその体型はいかにも醜悪だった。写真の中の細身はどこに消失したのだろうか。顔立ちもバルバの父、ガウィダントとは似ても似つかず、鰓骨の発達したのが特徴で厳めしい。いかにも悪役の顔だ。そして、なによりもあの性格、もうはまり役と言って過言どころか、その役こそ彼のために存在すると言い切れる。 「…………」 ウィリアムはきっちり着こなしたスーツのネクタイに人差し指をねじ込み少し首幅を緩めた。すとんと力を抜いて乱暴にソファーに座った。今まで受けていたストレスを揉みほぐすように眉根を揉んだ。 はっきり言ってその声を聞くのも嫌な彼は極力聞かないためにも、心中でダレスを罵り続け、最愛の主人たるバルバの悠然たる笑みを思い浮かべて耐えた。でなければ、こちらが切れてしまう。 この二人、ウィリアムとダレスは本人達自身自覚のある水と油なのだ。 そして、ダレスとやり合った後のウィリアムの日課は、客観的に物事の判断をするために、ダレスとのやり取りを反芻することにあった。 (――……、――確か――……) 髪を掻き上げ、天井を見つめた。 「…………」 要らない情報と要る情報をより分け導き出されたのは――――。 確か……。 (――取締役会を開く、と言っていた) ウィリアムは軽く瞬きをして、おもむろに顎に手をやった。 ダレスにしては理知的な申し出をしてきたな、と思う。 振り返れば今日のダレスはいつもと違ってあまり癇癪も起こさず、どこか余裕のある感じだった。その根拠は一体どこから湧いて出てくるのやら。彼には見当も付かない。だが、その余裕と取締役会を結びつけるのは容易なことである。 ダレスはその会合でなにかをするつもりなのだろう。 取締役会で出来ることと言ったら、そしてなによりダレスが切望していることと言ったら。 バルバの取締役社長の座を奪うこと。 それ以外に何があるだろうか。 「…………」 念のために詳細についてはダレスの所属会社の取締役であるハーバー・ジェンキンズに問い合わせるのが得策だろうし、あとダレスの監視役として送り込んであるアングラとトーマスにも連絡を取るべきだろう。 しかし、当面の問題は――――、 ――――……バルバが消息不明のことだ。 長く隠しておけることではないし、ダレスも馬鹿ではない。勝算があってこそ、乗り込んできたのだ。ウィリアムの考えが正しいのなら、ダレスにとって今が絶好のチャンスだ。 得策はやはりバルバ自身がその会議に出席することだろう。 けれども――、 『俺のバカンスを邪魔するな。そのうち戻る。調べて待て』 それがウィリアムの知るバルバの最後の命令で。 だから、バルバが連絡を取ってくるまで捜す気はない。 (…………。どうしたものか……) 戻ってくることに疑いはなくとも、三日後までに戻って来ることは大いに疑問だ。 なにせバルバはこの事態を知らない。 知っていたなら、大急ぎで戻ってくるだろう。彼はハメられることが大ッ嫌いな人間だ。それを屈辱と受け取り、報復はきっちりと返す。 勿論、ウィリアムもダレスの思い通りにさせるなど毛頭ないし、そんなことになったら、今以上に奴は居丈高になってしまう。そんなのは許せない。 さて、どうしたものか――……。 バルバ抜きでこの事態に収拾をつける覚悟で臨まなければならない。バルバだったらどうするだろう? 考えを巡らす。 静まり返った中、応接間がノックされた。 「ウィリアム様。お電話が入りました。今、よろしいですか?」 「…………」 召使いから電話を受け取った。こんな時間に誰だろうか? 「お電話変わりました。ウィリアム・ビルダートです。ご用件は何でしょう」 『あ、ウィリーか? マグネットだ』 「ああ――――」 マグネリオ・Y・ロダリオからの電話だった。 一体なんだろう? まさかこの数時間の間にガウィダントの消息を探し当てたのだろうか。 「何?」 『あのさ。確かめたいことあるんだけどさ』 「…………」 『おまえら何に巻き込まれてんの?』 「…………」 数秒……、時が停止した。どちらも話さなかった。 「分からない」 『…………』 「別に私はバルバ様に従って行動しているにすぎない」 それ以上でもそれ以下でもないウィリアムの回答は明快だ。 (――そう、だった……。こいつはそういう奴だった……) 電話越しにマグネリオの嘆息が聞こえてくるが、別段ウィリアムは気にとめない。嘆息の意味自体本人には分かっていないのだ。 『……あのさ。そこに兄貴いるの?』 「――――」 ああ、やっぱりとマグネリオは思う。 「――今……、ダレス様がいらっしゃっている」 代わりに違う答えをもってウィリアムはことの深刻さを告げてきた。あくまでウィリアムの声は一本調子で、感情の抜けた話し方だ。 『本気……?』 相槌を打つマグネリオの少し上擦った声は逃げ腰だ。マグネリオにとっても極力関わりたくない人物に相違ない。 もしかして、自分が思っている以上に事態は深刻なのか? 「――マグネット。三日後に――……」 ウィリアムはここで黙考した。 「三日後、パレスリンチに来てくれ」 『!?』 ウィリアムの申し出は突然だった。 『おいっ!? ちょっ――……』 プチンッ ウィリアムはマグネリオの返答を待たずして、電話を切ってしまった。 もし、三日後までに――、 ――バルバ様が戻らなかったら……。 最悪の場合、バルバの弟であるマグネリオを巻き込むのが最善の策だろう。 <続> |
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