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空のごとく海のごとく
第二章 明かされる真実を胸に
第三節 訪問者
その夜、ダレス・ロダリオは眠れなかった。 宛われた部屋はダレスが子供の頃から使用してきた部屋だ。勝手も知っているし、不自由もない。甥のバルバの屋敷にして唯一自分のテリトリーであるような居心地の良さがある。実際、この部屋はダレス以外使用していない。この屋敷唯一の治外法権の地だ。 「…………」 寝付きの良いダレスはいつもなら今頃、完璧な夢の中のはず。 しかし、今日に限って眠れない。 その原因は何となくだが、自分自身気がついていた。 ダレスはベットから抜け出して、ソファーにかけた。ナイトテーブルの上に置かれたワインの入った水差しを手に取る。 眠れない原因は、ウィリアム・ビルダードにあった。 なんと言ったら良いのか……。 今日のビルダードは精細さに欠けていた。 もっともあの男は態度や声の調子で身の内を測ることが大変難しい。 それでも今日のビルダードはいつもより大人しくはなかっただろうか? ビルダードという男、まさに奴ほど虎の威を借る狐ということわざの似合うものはいない。 彼の仕える甥っ子のバルバが一緒の時は信じられないほど静かで、その存在は徹底的に補佐に回っている。一見大人しい従者だ。だが、しかし、バルバから一旦離れるとたちまち変貌した。バルバの前では猫を被っているのだ。傲岸不遜で、非常に非道な性格が露わになる。そして、二言目にはバルバ様の命令ですのでと非常に無理難題をダレスに押しつけてくる。その手際は非常に強引で見事だ。理路整然として敵わないとも言うのだが。 辛辣な言葉に高慢な態度。 ダレスはいつもそれで神経を逆撫でされるのだが。 「――――」 水差しを置いて、淡い光を放つランプを見つめた。 (今日のあやつは――……、どこか上の空、だった――?) わしが提示したこと以上に気になることがあったのか? 「…………」 だとしたら、それは何なのだろう? ダレスを相手にしている場合ではない。という感じだった。 ビルダードが行動を起こす時、それはすべてバルバに起因している。 バルバになにか仕事を任されているのではないか――? 「…………まさか――……」 ダレスはそう思いつつも立ち上がった。行動に移すのは早い。 なにか腑に落ちない点がある。 自分の知らないところで、なにか――計画が進められているのではないか? ダレスはガウンを羽織ると部屋を後にした。
真っ暗な廊下は月明かりに照らされていた。 闇に紛れて、影は伸びる。行き着く先は光のもれる一つの部屋だった。 時刻は午前二時――。 山積みの本。連なる柱。その真ん中で何やら作業をしている人物がいる。ウィリアム・ビルダードだ。その手の中には受話器があった。 「もしもし……。あぁ、そうですか。では、資料と調査書はこちらに来ているのですね? はい。――はい、ありがとうございます」 ウィリアムは肩と耳で受話器を支えながら立ち上がり、書棚に向かった。備え付けの引出を開けてあさっていた。 「ありました! それで、あのー、受け取りの際になにかおっしゃっていたでしょうか?」 一つの封筒を取り出し、席に戻った。片手で器用に中身を取り出す。 「いえ……、はい。そうですか。はい。ありがとうございました。それでは」 声を低めた。 「ミスター・ジェンキンズ。良い夢を」 電話の相手はハーバー・ジェンキンズ、その人であった。 ウィリアムは一応、ダレスの企みが何であるか知るために彼に資料請求を兼ねて電話したのだ。すると、ジェンキンズはもう資料は送り、バルバに頼まれていた調査書も送ったと返事が返ってきた。一週間前に配達に出したという。 ここ一週間で届いた郵便物はというと――。 たった一つしかなかった。 まさか――!! と思ったが、心当たりのところを捜してみると案の定出てきた。 極秘と書かれた、いかにもといった茶封筒があった。ウィリアム自身がそこに閉まったものだ。ウィリアムがバルバの姿を最後に見た日、彼は面白そうにこの書類に目を通していたことが思い出される。笑っていたので、さほど重要な書類とも思わずウィリアムはやり過ごしていた。 しかし、その資料内容はバルバが収益をピン撥ねして、その金額をパレスリンチの市長に賄賂としてやっていたというものだ。まさかバルバがそんなことをやっているはずもなく、普通に考えてもあり得ない内容だ。もう一つの調査書はその金額がそっくりそのままダレスの元に流れているとのことだった。 バルバは既に船上でこの事実を知っていたのだ。それどころか、その調査書は膨大なダレスの裏帳簿の詳細まで記されているところをみると、ずいぶん前から指示を下していたようだ。つまり、それよりずっと前からダレスの行動を把握していた。この抜け目のなさにはさすがに舌を巻かれる。また、その茶封筒を入れた引出の中には他にもいろいろな極秘マークの入った茶封筒があり、全てバルバが独自の情報網で調べ上げたこれと類似するものであることは言うまでもない。 「――――……」 ウィリアムは大きく嘆息した。 バルバは全てお見通しだったのだ。 これだけの資料があれば、ウィリアム一人でもなんとかなるだろう。マグネリオを呼び出さなくても良かったかもしれない。 「――あとは――……」 エルグレイドのことだ。 またも大きく溜息をついた。 机の上の書きかけの調査書を眺めた。 「バルバ様は一体何に巻き込まれたんだ……?」 ウィリアムは一人ごちた。 「天空石――……」 全てはここに集約されるのではないか――? 羽の生えた少女――。 時代の節目――。 深海の覇者であることを捨て、世界に発展と混沌をもたらす――、 「バルバ様は――……。天空の覇者になるおつもりなのだろうか――……?」 影はそろりと身を引いた。そして、そのまま、薄く照らされた廊下を去っていく。 (天空石だと!?) ダレスは激しく苛立っていた。 (バルバが天空の覇者になるだと!?) 眉をつり上げた顔は鬼の形相だ。 空の男に語り継がれてきた伝説。 支配者を夢見るものなら誰でもが知る男のロマン――天空の覇者。 ダレスだって例外じゃない。まして天空石はダイヤモンドよりも輝く巨大な宝石だと言われる。その価値だけだってお金に換算できないぐらいのものだ。 (それをバルバが手にする!?) あり得ない!! 誰があんな小童にやるものか!? ダレスは憤然たる足取りで部屋に戻った。 これでこの屋敷からすぐさま引き上げることはなくなった。事の真偽を確かめるまで、天空石を手に入れるまで引き下がれない。 バルバを追い落として力を削ぎ落としても、天空石など持たせてしまっては元も子もない。 ダレスは水差しに入ったワインをそのまま一気に飲み干し、荒っぽい仕草でシーツをめくった。怒りと興奮と策略で、興奮が興奮を呼んで、寝るに寝られない。状況は先程以上にひどいものとなっていた。 しかし、寝なければならない。 逐一、明日からビルダードを見張り、天空石を手に入れる機会を虎視眈々と狙うのだ。 その夜、ダレスは夢を見た。 勿論、欲深いダレスの夢は目映いばかりの天空石をもって王者の椅子に座った――世界の覇者として君臨する夢に間違えない。 <了> 第二章第三節 第三章へ続く |
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