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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第一節 目的
「ここが……。ロダリオ財閥のお屋敷」 セレスは馬車の中から見上げて唖然としていた。 想像より遙かに大きい。城でもないのにこの大きさは……。セレスにしてみれば無駄に大きいという印象だった。 「サリ様。手間取りましたが、承諾が取れました」 「手間取る? 手間取る必要などないだろうに」 サリは楽しげに一人ごちた。 「『ウィム』は何をしているんだか――」 「え?」 セレスは聞き逃さなかった。 ウィムが死んだと言ったのは他でもなくサリで――……。 「セレスティ。これから『ウィム』に会う」 サリはセレスに向けてニヤリと笑んで前方を睨んだ。 セレスもつられてサリの視線の先を見た。 まるで屋敷に吸い込まれるように馬車は進む。 セレスとサリ、ジルクードは応接間に案内された。 可笑しなものでサリもジルクードも空賊船で威張っているより、こういった空間の方が似合っているようだ。それに比べるとセレスは雰囲気に飲み込まれておどおどしていた。 (本当は、……ウィムと来るはずだった場所――) そう考えると心が沈む。決意してからあまりに驚くことばかりであの時のことが遠いことのように思える。でも、まだ二日しか経っていない。 本当はサリが座っている場所に、 ウィムが――……、いる、はずだった。 「お嬢、大丈夫か?」 「え?」 声をかけてくれたのはジルクードだ。こちらを見ている。 「ええ。大丈夫です」 どうやら焦点が合っていなかったようだ。セレスは座り直してジルクードに片目を瞑って見せた。 ちょうどその時、扉は開かれた。 金の髪の、青い瞳の青年が一礼して、歩み寄ってくる。 サリもおもむろに立ち上がった。 「初めまして。ミスター・フィネガン。今日は折角いらっしゃったというのに生憎主人は寝込んでいまして――」 「いいえ、こちらこそ。え――、お名前は?」 「ウィリアム・ビルダードと申します」 抑揚のない声で顔つきも変わらない。機械仕掛けのようだ。 「初めまして。ミスター・ビルダード」 青年とサリは握手をして着席した。 「早速ですが、ご用件のほうお伺いしてもよろしいですか」 「…………」 サリはしばしビルダードを見つめていたが。 「『ウィム』はどうなされました? 二、三日前までは元気だったはずですがね」 「『ウィム』とは?」 「知りませんか? あなたの主人のあだ名ですよ」 サリは挑戦的な眼を流して、 「その名の通りなのですがね」 「『気まぐれ』だと?」 サリは曖昧な笑みを返した。 「…………。否定はしません。確かに気まぐれです」 無表情で考え込んでいるから、怒るのかと思えば、意外や意外。あっさり認めてしまった。 「失礼ですが、我が主人――バルバ様とはどういったご関係でしょう?」 「――――」 サリはゆったりと笑んだ。 「ガブリ海海域で知り合った仲ですよ」 「!?」 いきなりサリは立ち上がり出口へと向かう。この行動に付いていけなかったのはウィリアムとセレスだった。 「あ、あの!! この屋敷の主人はガウィダント・ロダリオですよね!? 財閥会長はガウィダントですよね?」 セレスは二人の会話についていけなかった。この屋敷の主人はガウィダントであってバルバやましてウィムだなんてあり得ない。何かの間違えだ。いや、その前にサリの言うウィムがこの屋敷の主人であるはずがない。 「…………」 空色の澄んだ瞳をセレスは真剣に覗き込んだ。ガラス玉のようだ。ウィリアムは首を縦には振らなかった。 「いいえ。ガウィダント様は五年前に引退されました。今、この屋敷の主人で財閥会長はご子息のバルバ様が受け継がれました」 「エーーーーー!!」 セレスは素っ頓狂な声と共に零れるほど大きく瞳が見開かれた。 「セレスティ。いらっしゃい」 サリの言葉も耳には入っていないようだ。ジルクードがやって来てセレスの腕を取るまで、足は床に根を張っていた。 「ミスター・フィネガン!!」 今度、大声を出すのはウィリアムの番だった。サリは目を眇めてビルダードを見た。 「バルバ様は――……!?」 「――――」 それ以上、続かなかった。 「――……。奴が戻ったら伝えなさい」 「――――……」 毒々しい紅い双眸。思わず後ずさりしてしまうほど残忍な笑みをして――、 「今度は対等な、取引をしよう――」 「…………」 サリ達は出て行ってしまった。応接間に一人取り残されたウィリアムは髪を掻き上げた。 「一体……。バルバ様は何をしているんだ?」 あのフィネガン一行は多分、確実に行方不明中のバルバと接触しているに違いない。察するところどう見ても彼らは一筋縄でいくような相手ではない。 「どうすれば良いって言うんだ……」 半ば呆然としていると、こつこつと何か響く音が耳障りに聞こえた。周囲を見回し、その騒音の元を捜す――。 窓の外が異様に明るかった。 窓を開けてみると――そこにいるのは、 金色の竜の落とし子――シー・ホースだ!! シー・ホースはよろよろと中に入ってくると、ウィリアムの前で止まった。今にも消えてしまいそうな淡い輝きが明滅している。 ウィリアムが手を差し伸べるとシー・ホースは一瞬にして粒子と化した。 そして、 『屋敷に銀髪の男と共にやって来るだろう少女――金の髪にオレンジの瞳の少女――セレスティ・アラインを引き留めておくように――……』 バルバの声が響き渡る。 「――――……」 二回繰り返すと光の粒子はシー・ホースに戻って、ウィリアムに寄り添った。 ウィリアムは珍しくも微笑む。慈しむ瞳は優しい。 「ありがとう……」 シー・ホースも嬉しそうに一回転すると光に還元していった。 余韻に浸ることなく顎に手を当てたウィリアムの顔には笑みは消失している。 「…………」 シー・ホースの伝言には告げた内容の他に二つの情報が含まれていた。 一つ目は、バルバの居場所だ。シー・ホースに触れた瞬間、一つの映像が浮かんだ。そこは深海の聖域だった。 二つ目は、使い魔として作り出せたのが竜の落とし子程度であったことはよっぽど衰弱している。まして、ここに戻ることが出来ないからシー・ホースを送って寄越したのだ。 ウィリアムにとってこれだけで十分だった。ゆったりと椅子に座り込んだ。 銀髪の男――……。 金の髪にオレンジの瞳――……の少女――……? 「!!」 ウィリアムは立ち上がった。 まさしく先の一行ではないか!! 「ウェンツ! オットー!」 召使いの名を呼んだ。 「お呼びでしょうか」 「今来た一行を覚えているな」 二人は頷く。 「彼らを引き留めてくれ。この屋敷に招待する。何がなんでも連れてきてくれ」 「畏まりました」 「了解しました」 二人は出て行った。 召使いが屋敷から出て行くところをダレスは自分の部屋から厳しく見つめていた。 <続> |
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