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up date 05/4/3

空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第一節 目的


「飲むか」
 手渡されたのはオレンジジュースだった。けど、飲む気はしなかった。
「ありがとうございます……」
 セレスはカップを包み込む。
「そんなに落ち込むな」
 ジルクードはセレスの肩を叩いた。
「…………」
 いろいろとショックだった。屋敷を出た後、サリは一枚の写真を見せてくれた。ウィムの写真だった。それもセレスの知らない服に身を包んでいる。明らかにセレスと出会う前に撮られたモノだ。
(――……サリは……)
 その写真の人物を……、バルバ・M・ロダリオだという。今のロダリオ家の当主だというのだ。信じられない。それだけではない。サリもまたフィネガン家の子孫だという。これもまた信じられない。
 羊の角とそれに弦巻く葡萄の紋章は『創世草書』で見た。大地の覇者だったフィネガン家の紋章だ。だから、セレスも見たことがあったのだ。
 まさかこんなにも神話時代の末裔が自分の周囲に集まってきているなんて、思いもよらなかった。
「ウィムは何故――……、本当のことを話してくれなかったのでしょう……」
「…………」
 隣にはジルクードが座ってフライドポテトを摘んでいる。サリはホテルに戻っていた。外に出たいといったのはセレスの我が儘だ。一人で外に出すわけにも行かずジルクードが護衛代わりについてきたのだ。
「――もし……、話してくださっていたら――……」
 セレスが捜していた人物はロダリオ家の当主――深海の覇者なのだ。バルバがそうであることを知っていれば、シャン島で全ては終わっていた。
「…………」
 ジルクードは黙って聞いている。
「ウィムは……、全てを知っていて……」
「仕方ねえんじゃないの」
 公園のベンチでは身体に合わず前屈み気味のジルクードがセレスを見ていた。黒く濡れた瞳がドーベルマンのようだ。
「サリ様やウィムぐらいの身分になると人を簡単に信用できなくなるからな」
 足を投げ出した。正装が息苦しいらしい。
「お嬢だって本当のこと言わなかったんだろ?」
「それは――……」
 確かにセレスはガウィダントに会いたくて、その娘だと嘘を付いた。
「じゃ、仕方ないんじゃないの」
「…………」
 それでも納得いかないものがある。セレスにとってバルバはウィムだからこそ。
「でも、死んでしまったら意味がないわ」
 ジルクードはまじまじと目を見張った。
「……。本当にそう思ってんのか?」
「だって……、あんなところから落ちて助かるわけない……」
「生きてると思ってんだろ?」
「それは……」
 にべもなく切り返してくるジルクードをセレスは恨めしく見た。ジルクードはニカリと笑んだが、
「はっきり言って、あいつ煮ても焼いても死にそうにないからな」
 すぐに苦々しく顔をしかめた。ものの見事にバルバに遊ばれていたジルクードだ。
 だから確信がある。
「大丈夫。ウィムは生きてるさ」
「…………」
「俺やサリ様のお墨付きだ!」
 セレスは思わず笑ってしまった。
「あなた達、全然、空賊らしくないわ」
 気まずそうにそっぽを向くジルクード。
「表の家業、裏の家業――だからな……」
 ちらりと横目で見るとセレスはまだ笑ってる。
「サリもそう。フィネガン家の人物になんて見えない。もっと怖い人だと思ってた」
 フィネガン家は大地の女神が投げ入れた地底石を火炎石に変えた張本人であり、もっと怖い人物かと思っていた。けれど、それは過ぎ去った過去であったらしい。
「実際、そうなんだけど……」
 ジルクードは頭の後ろに手をやった。
「俺だって――……。泣きじゃくった少女がこんなに可愛ぃ――……」
「え?」
「あ、ぃいや。何でもない……」
 はたと顔を赤らめ、もごもごと言って立ち上がった。
「あ、俺。ちょっと飲み物買ってくるわ。何かいるか?」
「いいえ。大丈夫です」
 セレスににっこりと微笑み返されてしまった。早鐘を打つ心臓に背中を押されて足早で向かう。
(全く――。あの笑顔には参るよな……)
 この時、二人を見張る人影にジルクードは心臓が踊って気付いていなかった。
「…………」
 セレスはジルクードのくれたジュースを飲みつつ待っていた。
「失礼ですが、マドモアゼル。セレスティ・アラインですか」
 ストローから口を離し、目の前の黒尽くめの男を見た。
「? そうですけど……。!?」
「失礼」
「――――……」
 仲間が後ろにもいた!! セレスは薬を嗅がされて……意識を保とうと――……、けれども瞼は勝手に閉じられていく。
「!?」
 ジルクードは走った。
 今にもセレスはリムジンに乗せられてどこかに連れて行かれそうだ。持っていたジュースとソフトクリームを投げ出し、跳び蹴りをかました!! 黒ずくめの男が一人倒れたが、そのおかげでリムジンの扉は閉まり、その男を残して発進してしまった。
「くそっ!!」
「……ゥ……ッ」
 黒尽くめの男が唸った。凄い形相でジルクードはその男の胸ぐらを掴む。
「一体何者だ!? どこの回し者だ!?」
「…………」
「吐け!! でなければ殺すぞ!!」

<了> 第三章第一節

第二節へ続く



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