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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第二節 取締役会
細波が繰り返される。引いては満ちる、その永遠の営みに併せ、潮騒を立てる。永遠に続くように感じるこの営みも時には盛大にのたうつ波濤を作り出して人々を恐怖させる。自然は決して人に支配されることはない。 遙か昔に――。 海神の女神はその理を一人の人間に教え込んだ。 自然の偉大さと人間の未知の可能性を。 揺り籠のようだった。 海水の中は気持ちよく、いつまでも浸かっていたい気分にさせられる。 それももうすぐ終わりに近づいていた。海水は碧い。もうすぐ海面に辿り着く合図だ。 一層強く水を掻いた。 「――……ふぅ……」 バルバは海面から顔を出した。まずは大きく息を吸う。それから周りを見渡した。前方斜め右あたりに海岸が見える。三百メートルくらい先だろうか。 「思ったより流されなかったな」 バルバは自力で浮上できる範囲になったら、深海の女神の力を解いて、自ら這い上がってきたのだ。 「それじゃ泳ぎますか」 ゆらりゆらりと軽く泳ぎ出す。水の抵抗に従い身体を動かした。なにせロングコートまで着ているのだ。無駄な抵抗は体力を奪う。それに感が正しければ打ち寄せる波の海流に乗ったはずだ。仰向けになって泳ぎだした。 髪が海藻のように揺れる。 深海の女神の力を行使すれば簡単に沖へ向かえるだろう。だが、彼はそうしない。 深海石を持たずして力の行使は身体の負担が普通以上に大きい上、そんなことしなくても辿り着けるのだ。どこに使う必要がある? もともと彼は力の行使に消極的だった。使わなくてもすむなら全く使う気がない。力自体が鬱陶しいとさえ思うのだ。 空は青い――。海鳥たちは行き交う。 (なんて平和な光景なんだろう……) バルバはあるがままの自然が好きだった。空も海も大地もそのままであって欲しい――。しかし、それと同時、人間が日々進化するのと同じように不変の自然がないことも知っている。 「…………――」 もう浜は近い。 身体を起こして、足を伸ばすと海底にしっかり着く。きめの細かい砂をしていた。 「……ふぅ――……」 久しぶりの地面に安堵しながら、浜辺に向かった。泳ぐ以上に力がいる。浸かりきった服の重さは数倍重く、一足一足動かすのはなかなか困難を極めた。 「…………」 一休みとばかりに足を止め、髪を掻き上げると、ちょうど浜辺にジープが止まるのが見えた。 こんな浜辺に何の用なのだろう? とその場に立って観察していると――。 「!?」 車から人が二人降りてきた。見覚えのある男女の風体――アングラとトーマスだ!! バルバは再び歩き出した。どうやら自分に用があるらしい。 アングラはバシャバシャと音を立てながらバルバの方にタオルを持ってくる。 「やあ。アングラ。元気してたか? また一段と綺っ――……」 ニカリと笑いかけ、近づくアングラを抱きしめようと手を広げるが、アングラは持っていたバスタオルを投げつけた。見事に顔に命中だ。 「挨拶は後にしてください。さあ、早く――」 アングラはバルバの手を取り、グイグイと引っ張って岸に連れて行く。受け取ったタオルで顔や髪をゴシゴシと拭きながら付いていった。 「アングラ、せっかくの再会だってのにつれないんじゃない?」 「…………」 「もっと、ほら。香しい再会ってもんが……」 ブツブツ文句言うバルバを尻目にアングラは気にせずずんずん歩く。 「バルバ様ぁ、あなたがいなくて寂しかったの〜とかなんとか……」 答えの代わりにアングラの足が止まった。既に靴底に打ち寄せる波がかかる程度だ。くるりとアングラは振り向いた。きゅっと唇を噛み、怒りの形相を浮かべている。 「誰ですか!! 約束のデートをすっぽかして一日以上待たせた上! 電話で別れよう宣言をしたのは!?」 「――――……」 バルバはたじろいた。それを持ち出されると事実なだけにバルバは非常に困る。言い訳の余地なんてありはしない。全面的にバルバが悪い。 「私はあなたを信じません!!」 はっきり断言するとアングラは踵を返した。 まだ根に持っていたのか……と呆れたが、顔には出さなかった。この間まで口も利いてくれなかったのだから良しとしなければならないだろう。 トーマスがやってきた。 それにトーマスという新たな恋人もいるのだから、時期許してくれるのではないかと踏んでいる。勿論、トーマスを紹介したのはバルバだ。思えば過去本気で女性と付き合ったことはない。 「やあ久しぶり!! トーマス。よくここが判ったな」 「ウィリアム様の指示でここに来ました」 「ウィリーの?」 トーマスは頷く。 それでは金色の竜の落とし子は無事に辿り着いたのか? 注ぐ力が足りなくて使命半ばで潰えてしまったのではないかと不安だった。 「時間がありません。続きは車の中で」 言うや否やトーマスは運転席に座り、エンジンをかけた。 「バルバ様。コートをこちらへ、中に服を用意しています」 「ああ――……」 言われるがままにアングラに手伝ってもらいながらコートを脱ぎ、車中に潜り込んだ。アングラも手早くそのコートをたたみ、袋に押し込むと素早く乗り込む。 「それじゃ、パレスリンチまで飛ばしますよ!!」 ジープが唸りを上げる。 (――……パレスリンチ――?) 叔父の会社があるところだ。 荒っぽい運転にもかかわらず、ジープは速度を増す。 なるほど。 バルバにはその地名だけで十二分に事態を理解した。 ドスッ 「…………」 乗員皆の尻が浮いた。 ドン 「……――ッ!?」 今度は急にハンドルを切ったので頬が窓にめり込んだ。 「おい!! もっとまともな運転をしろ!!」 「しょうがないでしょ!! 急いでるんだから!!」 恰好付けてる余裕なんてなかった。ポンポンと揺れる中では着替えも難しい。 「アングラ!! 運転代われ!!」 「…………」 アングラはこちらをちらりと見て意地らしく笑んだ。 「あら、私。この運転好きよ」 「…………!!」 バルバの負けだ。男は我慢だ……とバルバは言い聞かせる。だが、しかし……果たしてパレスリンチに着くまで無事でいられるのだろうか。 ――疑問、だ……。 <続> |
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