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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第二節 取締役会
太陽は爛々と輝いていた。 まるでダレス・ロダリオの心の象徴のようだ。暗雲立ちこめていた中、一筋の光が差し込み、雲を吹き払ってしまったかのようで!! 上機嫌もいいところだった。 甥の家も夕方には引き上げ、夜の晩餐会は大判振る舞いをした。召使い達は、あまりにもいつものダレスとは違う破天荒ぶりに戦々恐々と食事を進めた。皆、毒でも入っているのではないかと確かめながら食事をしたものだった。 今日もそれが続いている。 「今日のスーツはどうかね? こちらの方がいいかね? どう思う」 「はぁ……」 召使い達はダレスの着替えを手伝っていた。いつもならこんなことは聞いてこないし、意見したその日には……、クビだ。 召使い達は腫れ物を触るようにダレスを見守っていた。ダレスを見ていると……、召使い達皆、これから吹く嵐を予感して、どうしようもない胸騒ぎを覚えていた。 風は心地よく吹いている。時折強く吹く風が金糸の髪を乱した。その青い瞳が早く過ぎ去る雲を捉える。 「…………」 ウィリアム・ビルダードはパレスリンチの空港に降り立った。 結局、屋敷を出発する時点で、トーマスとアングラからの連絡はない――。出発のぎりぎりの時間まで待った。加えて、フィネガン一行も結局発見できなかった。 ごくりと唾を飲み込む。吹き付ける風にも負けず顔を上げた。 いつもの無表情がこういった逆境の時に生かされることを知っている。 「やぁ、ミスター・ビルダード」 空港内に入るとハーバー・ジェンキンズが出迎えに来ていた。 「この間はどうもありがとうございました。ミスター・ジェンキンズ」 「君も律儀だな。ハーバーでいいと言っているのに」 ジェンキンズは人懐こい笑みをみせた。 「いいえ、とんでもない。あなたこそ私を名前で呼んでくださって結構なのですよ」 ジェンキンズは眉を上げて、それこそとんでもないと表情を作り出した。 実際、ジェンキンズはガウィダントの旧友で、ガウィダント時代からロダリオ財閥をもり立ててくれている重臣の一人だ。思慮を弁えていて、非常にユーモアに富んだ紳士である。ウィリアムは彼のことを買っている。 ジェンキンズもまたバルバの年若い秘書の有能さに一目置いている。 「それじゃ、ミスターは抜きで話そう。その方がお互い楽だ」 「ええ」 ウィリアムは相変わらず無表情だがそんなことを気にするジェンキンズでもなかった。 「一人で来たところを見ると、まだミロードはお帰りになっていないようだね」 「……。ぎりぎりまで待ったのですが」 「ふむ。ミロード抜きで取締役会をひらくと言うことか――」 ジェンキンズは顎に手を当てた。 「一波乱あるかも知れないな」 「ダレス様を阻止することは簡単です」 「それがそうでもないんだな――」 ちらりとウィリアムはジェンキンズを見た。 「どういうことです?」 「ダレスもこの五年間、無駄に過ごしていたわけではないということだよ」 「…………」 はっきり言って鼻で笑い飛ばしたいことだがジェンキンズの手前、そうもいかない。 「私は蚊帳の外だったが――……、うん。私が彼の立場ならそうしたと思う」 つまり、ジェンキンズ抜きで話は進められていたのだ。 「新しい情報でね。今日、五人目が落ちたそうだ」 「?」 ジェンキンズは自分の秘書とウィリアムしか乗っていないのに声を潜めた。 「ドジャー・ビンズが賄賂を受け取った」 「!?」 ウィリアムは身体ごとジェンキンズに向け、 「それは、つまり――」 「そう。可決に必要な三分の二の票をダレスは集めたことになる」 「――――……」 ウィリアムの元々ない表情が一層能面化した。唇が青い。 「勿論、君がミロードの代理として出席することはできない」 「…………」 「これを覆せる拒否権を持つのは、取締役社長たるロダリオ財閥の会長――ミロードだけだ」 ということは、このままではダレスに会社を乗っ取られてしまうのか――? 「私も出来る限り抵抗はしてみるが――、期待はしないでくれたまえ」 「――――……」 何分敵が多すぎると肩を竦めてみせた。 ダレスを含めて取締役の三分の二が見て見ぬふりをすれば……、団結すれば……。そう簡単には覆せない。 そうたった一人を除いては――……。 ぎゅっと唇を噛みしめた。ジェンキンズが慄然とするほどウィリアムの目は鋭利だった。 <続> |
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