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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第二節 取締役会
「それでは賛決をと――……」 意気揚々とダレスが自分の言葉に酔っていると――……、 バーンッ……!! 扉は大きな音と共に開かれた。 「ちょっと待ったー!!」 何事かと席に着席していた人々は立ち上がった。 扉を開いた男こと、この会社の最高責任者にしてロダリオ財閥会長――バルバ・M・ロダリオだ。 「…………」 彼は戸口に身体を軽く預け、全員を一睨めした。必死で平静を装う取締役達――。一瞬にして、それぞれの顔色に明暗が分かれた。 「それはないんじゃないの。叔父貴」 いたずらに笑んだ。それは子供のように人懐こいが――……、決して感情が一致していないことをその瞳は物語っている。それから、バルバはずんずんと大股で入ってきて自分の定席に座った。若干二三歳とは思えない堂々ぶりだ。 目の前の書類を持ち上げてパシッと机に叩きつけると非常に高慢な眼差しを振りまいた。いつものどこか遊んだ雰囲気は、ない。どこか真剣ではないおちゃらけた雰囲気は頓挫している。それでも余裕のある悠揚たる態度は皆を震撼させるのに十分だった。 「俺はこんな賛決認めないね」 いきなりの拒否権かと皆、固唾を呑んだ。 彼が出てきただけでその場の空気は一転してしまった。それこそ全てがひっくり返ったことは認めざるを得ない事実だ。自信満々で高圧的な視線を容赦なく振りまく。一人一人彼にひれ伏していく。 「何を認めないと言うのだ!! これだけの不祥事を起こしておいてのうのうと社長の座に就いている気か!?」 均衡を破ったのは彼の叔父であるダレス・ロダリオだ。これでもか!! と言うほどまなじりが切れんばかりに甥を睨み付けた。 確かにダレスの言う通りである。ここで問われているのは会社内部の、バルバ自身の不祥事についてだ。こういった事態に発展する前に止めることなど容易だったくせにそうせず、放置したのは明らかにバルバの失態だ。普通はそんな発言認められるわけがない。だが、バルバは動じない。どうするつもりなのだろうとウィリアムは見守っている。否、我が主人に間違えはないとばかりに静かに見守った。 「俺はそのことを言っている訳じゃないですよ。甘んじてその濡れ衣を着るつもりです。叔父貴」 「!?」 「俺が気にくわないのは――、このことですよ」 と言ってバルバは数枚の書類を皆の前に投げつけた。 「これは――!?」 「そう、皆さーん、よーくお解りでしょう」 猫なで声で補足した。手に取った重役達は驚愕の色が隠せない。 「皆さん。案外、少額で落ちましたね。なにか他に利権でももらう約束でも?」 バルバはにっこりと笑っている。乾いた砂色の瞳は非常に殺伐としていた。その殺伐さが軽薄さを非難している。 「さて、皆さんには退陣してもらおうかなぁ。信用ならない人間をトップに置いておくほど甘くはないんですよ」 バルバの瞳が剣呑な光を宿す。大きく息を吸う。 「無論、――それなりの処分を受けてもらいます」 若輩ながらこの場を支配しているのはバルバにほかならない。どんなに年老いても老練しても、この年若き天賦の才にはひれ伏すしかないだろう。 「ハーバー・ジェンキンズとイワン・バーグ以外は皆さん降格でよろしいかな」 ダレスに荷担したどの人も蒼白で顔が上げられない。 「あれでしたら辞められても結構なのですよ」 寝ている子を本格的に起こしてしまったのだと悟るには十分すぎた。たった一度の過ちが人生の築き上げたものを崩壊させてしまったのだ。申し開きが通用するような相手ではない!! 「待てぃ!! この書類をどこから手に入れた!? これは――!!」 「叔父貴。勿論あなたの家ですよ」 バルバは眼を眇めて制した。 「何ッ!? 不法――……」 「無粋な。叔父貴の財産はそのまま当主たる私のもの。叔父貴の家を闊歩することは当然の権利!! もう少しマシなところに隠すべきでしたね」 台詞を言い切り、侮蔑を込めて見た。反論など当然許さない。ダレスの握りしめられた拳はわなわなとこれ以上ないほどに震えていた。理性の箍が今にも外れそうだ。 「そうそう叔父貴には言っておきますが、全ての叔父貴の財産をロダリオ財閥下に置きます。ハーバーに口座の件は調査させますから、事実が判明し次第その処分を検討しましょう。勿論、これは会長として、当主としての命令です。――それに」 「!?ッ」 それは類を見ない厳しい処分だ。ロダリオ家の歴史の中で過去何回あったか。もしかしたら初めてかもしれない。 「これ以降、ロダリオの家名を名乗るそれ自体、避けて頂きたい!」 断固たるはっきりとした発音でバルバは告げた。ここにいる全員がことの顛末の承認者たるように。 詰まるところ、勘当に相違なかった。事実上、ダレスは財産を奪われ、その家名の栄光をも剥奪されたことになる。 沈黙は長かった。血走った瞳はバルバを恨めしく睨み付け続けている――。 <了> 第三章第二節 第三節へ続く |
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