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up date 05/9/28

空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第三節 再会


 ウィリアム・ビルダードはバルバ・ロダリオとハーバー・ジェンキンズの別れの挨拶を見守っていた。
「ハーバー。久しぶりに会ったのに……、そんなに急がなくてもいいじゃないか。食事をしてからでも」
 バルバが片目を瞑ってみせた。
「私は三日以内で調査しなければならないんだろう? ミロード。どれだけの隠し口座が発見されるか分からない。三日じゃ足りないかもしれない」
 笑いながら肩を竦めてみせた。ハーバーのいうことはもっともで、ダレスの隠し口座を調査したらきっとその多さになかなか大変だろう。頼んだのは自分だ。だだを捏ねるわけにはいかない。
「じゃぁ、せめて俺のことはファーストネームで呼んでくださいよ。あなたは親父の友人だ。遠慮しないで」
 ハーバーは笑っている。そう言われても組織内の地位の差は埋められない。友人のガウィダントでさえ就任後、名前で呼んだことはなかった。今のバルバのようにガウィダントも寂しがっていたが、彼には出来なかった。あの頃は……プライドがあった。ガウィダントへの嫉妬もあった。それを知られたくないが為にミロードとわざと呼んだのかもしれない。
「あなたの手腕は大したものだよ。父上にも負けていない。私は楽しみだ」
 バルバが不満そうに口を尖らせたので、彼は穏やかな微笑を浮かべた。
「これからも良い関係でいたい」
 分別だとばかりにハーバーは手を差し伸べてくる。バルバは渋々応じることにした。バルバにとっては数少ない尊敬に値する目上だ。本来、いくら立場が逆転したとしてもタメ語で話す相手ではない。その彼のたっての願いだ。二人は手と手を重ねて握手する。ハーバーは車に乗り込んで窓を開けた。名前を呼んでくれないことが腑に落ちないバルバを窘める気なのだろう。
「そう膨れるな。もう子供じゃないんだから。これから何度だって会うことができるんだ」
 エンジンが駆けられた。ゆっくりと動き出す。
「よい関係でいたいと思うなら、笑っていろ――……バルバ――……」
「!!」
 ハーバーはバルバが就任して以来初めてファーストネームを呼んだ。バルバが幼かった時のように。別にガウィダントと同じような関係をバルバと結ぶ必要はない。やはり、彼にとってバルバは親友の息子だ。それ以上でもそれ以下でもない。どんなに偉くなろうとも変わらない。また、ガウィダントのことだって同じだ。
 もう彼はミロードではない。だから、その引退祝いに――……。
(……今度会ったら……)
 ――ガウィダントって呼んでやろう。
 バルバはハーバーの乗る車が小さくなるまで見送っていた。彼は自分を名前で呼んでくれることを承諾した。それだけで、胸がいっぱいだった。
 だから、猛スピードで突進してくるタクシーに気付くのが遅れた。
 そのタクシーは見事目の前に止まった。
「!?」
 降りてきた男女と目が合った。
「フィネガン公子?」
 バルバはウィリアムを振り返った。
「フィネガン公子?」
 バルバが聞き返すとウィリアムは頷いた。
「フィネガン公爵家の公子、サリ・フィネガン様と名前は存じませんが従者の方ですよ」
 ウィリアムは自分で言いながら、重大なことを思い出した。サリが女装していることなどウィリアムは気にせず詰め寄った。
「ミスター・フィネガン!! 捜したんですよ!! セレスティ・アラインはどこにいるんですか!?」
 バルバは妙な胸騒ぎを覚えた。見たところセレスが彼と一緒にいるようではない。てっきり自分の屋敷にいるのかと思っていたが……。
 サリはウィリアムの返答には答えずジルクードを見上げた。タクシーは猛スピードで立ち去る。
「ウィム。ダレスはどこにいる? 案内しろ」



 聞くのも嫌そうに屈辱を噛みしめてジルクードが吐いた。
「叔父貴? 叔父貴は帰った。ここにはいない」
「ならそこに案内しろ」
 サリがじれったそうに唸った。紅い瞳が屈辱に燃えている。
「…………」
 バルバの決断は早かった。
「ウィリー。車を用意しろ」
「はい」
「叔父貴のところに向かう」
 ウィリアムが手近にあったジープを運転する。その助手席にバルバが、後部座席にサリとジルクードが座った。
「……詰まるところ――。あんたら空賊が賊に襲われたってことかい」
 バルバはことの顛末を聞いて皮肉った。
「うるさい!! 元はと言えばおまえがいなかったのが悪いんだ!!」
 ジルクードが揉み消すように大声を張り上げた。
「申し訳ありません」
 ちらりとウィリアムを見た。彼もまた彼ら一行を引き留められなかったこと、ダレスの行動を読み切れなかったことを悔いていた。
 バルバは険しく前方を見つめた。
 伝達を任せた金色の竜の落とし子はあと一歩のところで間に合わなかった。サリ達一行と行き違いになってしまった。これはバルバの力不足で起きたことだ。ウィリアムに責任はない。あと少しあの時に余力があったならば――……。
「それで叔父貴がセレスを攫ったのは、確かなのか」
「ああ。捕まえた手下を拷問にかけた」
「チッ。まずいな」
 バルバはダレスをつい今しがた追いつめてきた。タイミングが最悪だ。財産も地位も奪われた叔父貴のすることと言ったら容易に想像がつく。
 セレスが危ない……!!
「ウィリー。もっと急げ」

<続>



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