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up date 05/9/28

空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第三節 再会


「いや!! やめて!! どこに連れて行く気ですか!?」
 セレスは大きな男に腕をねじり上げられ、歩かされていた。
「お楽しみは飛空挺だ。大人しく歩け」
 誰が従うだろうか。そう言われて大人しく歩いてしまったら待っているのは死にも近い悲惨な運命なのは目に見えている。
「いやよ。嫌ったら!!」
 しかし抵抗虚しくどんどんと強引に連れられていく。その脇をいろいろな高級な調度品を持つ召使い達が行き交う。
 ダレスは秘書達の言うとおり持てるだけの財産を飛空挺に積み込み失踪することを決行したのだ。勿論、この地にとどまってはセレスを取り返しに甥っ子がそのうちやって来るのは目に見えていたからだ。空の上でセレスを堪能しようという計画である。
「誰か助けて!!」
「助けを求めたって誰も来やしないよ。お嬢ちゃん」
「――――ッ……」
 笑うと歪む顔がセレスの鼻先に近寄る。思わず仰け反った。ぞっと寒気が背筋を伝う。
 何とかしなければ……!! 最後の一歩を踏み出した時が終幕だ。
 飛空挺の入り口のところでセレスは突っ張った。
 もう荷物という荷物を積み込み、残るはセレスだけとなっている。
 ダレスは余裕だ。
「ほーれ、どこまで持ちこたえられるかな」
 耳元で囁かれる。それだけで悪寒が増す。生理的に耐えられない。セレスは目尻に涙を溜めた。
「ウィ……、ウィムー――ゥ!!」
 身を縮こませてありったけの空気を吐き出した。その叫びが虚しく空にこだまする。けれど分かっていても叫ばずにはいられなかった。
 しかし、思いがけない返答がちょっとした轟音と共に返ってきた!!
「セレス!!」
 はっとその場に居合わせた人物達は目を見張った。
 逆光で黒く塗りつぶされた、巨大な角張った車体が宙を浮いていた。それは着地するとボンッと衝撃で上下に跳ね上がる。
 そこに乗っているのは――……。
 セレスが待ち望んだ、誰よりも今、会いたい人物――。
 逆光が彼のシルエットを浮き彫りにした。猛然とその足がこちらに走ってくる。
「扉を閉じろ!! 出発じゃあ!!」
 一瞬の気の緩みがセレスを一歩飛空挺の中へ押しやった。
 バルバは手を伸ばす。
 セレスは振り切ろうと肩を動かして――……。
 無情にも扉は閉じられた。
 先程の轟音以上の音が唸りをあげる。
 バルバは両の拳を扉に打ち付けた。その扉からセレスを戒める勝ち誇ったダレスがバルバを見下している。
 たった一枚の壁が二人の明暗を分けた。
 飛空挺は地から離れた。バルバ、サリ、ウィリアム、ジルクードは何も出来ずに見つめていた。
 舞い上がる光景はあたかもダレスの哄笑のようだ。
 ぎりっと奥歯を噛みしめた。いい知れない感情が込み上げてくる。バルバの中で何かが弾けた。真横にいたジルクードは今までに見たことがないバルバの表情を見て、この時初めてバルバを恐怖した。
(許さない!!)
 容赦も何もあったものではない。この場に核爆弾があったら間違いなくバルバは投下していただろう。
(必ず……。取り返す……!!)
 バルバは踵を返した。
 不法侵入者達の一人がかの有名なロダリオ財閥会長のバルバ・M・ロダリオだと気がつくと、さっと人が引き外までの道が開かれた。
「ジル。早く乗れ。空賊船で追う」
 沈黙を破ったのはサリ・ステライアだ。ギョッとするほど美しい女性から発せられた低い声など皆気にしている余裕はない。地に根が生えたかのように立ちつくしていた。ジルクードでさえバルバから視線を外せずにいる。
 四人はジープに乗るとダレスの屋敷を後にした。
「ふん。叔父貴もやってくれる」
 唇に乗せる笑み。いつもと違ってその言葉には余裕ではなく、棘がある。
「これからどうするつもりだ?」
 こんな時のバルバにまともに話しかけられるのはステライア空賊団の賊長であり、フィネガン公爵家の公子たるサリぐらいしかいないだろう。
「…………」
 バルバはしばし沈黙した。
「……。取引をしないか」
 おもむろにバルバは提案した。ちらりとサリはバルバを見た。その毒々しい瞳は面白がっている。予想していたようだ。
「いいだろう。内容次第だ」
「俺はセレスを取り返したい。その協力を頼む」
「で、その見返りは?」
 サリは前方を見たままだ。仮にも空賊だ。ただ働きをする気などさらさら無い。もっとも空賊船に向かっているのはセレスを奪い返すためであり、ダレスに報復するためである。
「叔父貴の財産」
 ふっと笑った。あの船に積まれているのは相当量の財産だ。それをバルバは要らないと言う。
「セレスとダレスの財産を取引しようというのか」
 現在、バルバとサリの目的は同じだ。鳶に油揚げをさらわれ、それを取り返すことだ。この場合、その後の俗に言う取り分が問題なのだ。
「悪くない条件だろう? 叔父貴は趣味は悪いが目利きではある。相当なお宝があの船に埋まってる」
「いいだろう。私たちがあの飛空挺を乗っ取り、空賊らしく全てを頂戴してやる」
「交渉成立だな」
 バルバがニヤリと笑った。
「ふん。おまえとの取引は割に合わないな」
 サリは冗談めかして言葉を笑みに乗せた。
「全く、とんでもない獲物を捕えてしまったものだ」
 バルバは苦笑する。空賊船はもう目の前だ。
「ウィリー。俺は先にこいつらと一緒に向かう。おまえは周辺の国々に問い合わせてこの空域を閉鎖しろ」
 ウィリアムは静かに頷く。これから起きることをどこぞのテロ集団に間違えられたら困るので周辺国々の政府関係者と連絡を取る必要があった。
 そうしてバルバを初め、サリ、ジルクードは空賊船に乗り込み、ウィリアムもジープの運転席に着座してアクセルを踏んだ。
 空は一点の曇りもない。
 しかし、それこそが嵐の前触れのようである。

<続>



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