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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第三節 再会
セレスの危機を救った衝撃は空賊船の大砲だった。 バルバ・ロダリオの手によって一段と速くなった空賊船が許容量を超えて荷物を積んだ飛空挺に追いつくのは容易なことだった。 「本当にあれで飛空挺に当たってないんだろうな!?」 叫んだのはジルクード・ダッチだ。 「間違いない。爆風だけが挺に押し寄せるはずだ」 案の定、その通りになった。ちっとジルクードは舌打ちして、バルバをちらりと伺った。こいつの頭はどうなっているのか。咄嗟に距離感を掴み、爆風だけが飛空挺を襲うポイントを割り出したのだ。風向きや大砲の性能、全てを計算に入れなければならない複雑計算を瞬時に行い判断する。非常識にも甚だ程がある。 「面舵いっぱーい!!」 すかさずサリが指示を飛ばす。爆発の煙に巻き込まれないよう右へと進路を促す。操舵室はさながら戦場だ。サリが舵を取り、バルバが大砲の標的を割り出しそれぞれが指示を繰り出す。バルバとサリは見事に自分たちの考えを理解しているようだった。パワーバランスが絶妙だ。 「次はあすことここを狙う」 「おい!! 船に当てるのか!?」 「大丈夫、大した被害にはならない。墜落なんてしない」 いちいち聞き返すジルクードを眇め見て、憮然とした。 「俺が信用ならないって言うのか?」 「ああ、信用ならないね!!」 やけっぱちになってジルクードは即答しつつも照準を合わせる手を緩めない。 「たくッ」 大砲が正確にあたるか見ようと身を乗り出した時――……。 「!? ちょっと待て!!」 バルバは慌てて制止を促した。 「あ!?」 遅かった。狙いすましたところに命中。飛空挺はさっき以上に揺れた。 硝煙が飛空挺を隠す。バルバはこの目で確かめたくて船首へと走った。 「おい、待て!! どこ行くんだ!?」 「ダッチはそこにいてくれ」 バルバの目が正しければ、今セレスが飛空挺の甲板に現れた!! しかし、硝煙が晴れた瞬間、バルバが見たのは――。 「!?」 まっすぐ銃口をこちらに向けたダレスの姿だった。三発連続して火を吹いた。この距離で当たるのは不可能に近いが、まぐれ当たりの一発がバルバの右頬を掠った。 「…………」 それを見たサリがすかさず指示を飛ばす。 「速度減退ッ、上昇!! 船底の大砲用意ッ!!」 大砲がいつでも飛空挺を射抜けるようにその矛先を定めると、ダレスも羽交い締めにしたセレスに銃口を向けた。 空賊船と飛空挺の間に――……、 薄雲が通り抜ける。 「…………ッ」 「――――……」 両者の間に危険な均衡が生まれる。 「……セレスを放せ!!」 言われて放すようなダレスじゃないと知っていても叫ばずにはいられない。 「…………ックソ」 隣にやってきたジルクードが唸った。 どうやってこの危機を乗り切る? 「!?」 意外にも転機はすぐに訪れた。 研ぎ澄まされた聴覚はその音を聞き逃さなかった。 「嫌だ!! 俺を、こ、れ、以上、巻、き込む、なー!!」 ドップラー効果の効いた声が近づいている。 バルバとジルクードは同時に振り返った。遙か後方――飛空挺のような姿が見受けられた。その姿はどんどんとこちらに近づいてくる。それとは別に小型飛行機がふらふらとだが、その飛空挺より速く突進してくる。高速回転するエンジンの音を響かせ飛行機が空賊船の真横を通り抜けた。そのエンジンから煙が上がっている。 「俺を殺す気かぁーあ!!」 「…………」 唖然としたのは皆同じだ。 「……マグネット?」 今過ぎ去ったのは、弟のマグネリオではなかったか? マグネリオはなんだかんだとパレスリンチにやって来たのだ。しかし、不幸なことにパレスリンチの本部に到着したのは、ちょうどジープで駆け戻ってきたウィリアムとほぼ同時だった。 「マグネット!! 一体どうなっているんだ!? 全く操縦が効かなかったぞ?」 「だから言ったろーが!! 壊れてるって!!」 「じゃあ、なんでそんなのを飛空挺に乗せてある!?」 「知るかッ!! 俺の飛空挺じゃねー!!」 マグネリオはウィリアムに引きずられるように飛空挺に乗り込むはめとなった。その飛空挺には一台の軽飛行機が搭載されていた。飛空挺の速度に我慢の効かなくなったウィリアムは、この飛行機を発見してしまったのだ。 エンジンをかけてみると――、不規則な音だった。 マグネリオはエンジン音が変だからやめておけと再三忠告したのだが、ウィリアムは聞く耳持たず乗り込んでしまう。マグネリオは運転席からウィリアムを引きずり出そうと手をこまねいていると……、 ウィリアムとともに……、 ――……空の上だった。 ゆらゆらと旋回する飛行機――。バルバは踵を返した。空賊船の背後数十メートル、ゆっくりと近づいてくる無人の飛空挺。サリと目が合う。とにかく無線室に走る。そして、素早く無線の周波数を合わせた。 「聞こえるか? マグネット!! ウィリー!! 応答せよ」 『あ、兄貴!?』 「よーく聞け。あと数秒後にその機体は爆発だ! とにかく機から離れろ!」 『分かった!!』 言うや否やマグネリオもウィリアムも空に放り出された。バルバは急いで甲板に向かった。操舵室前を通り抜けざま――、 「二人のことは心配するな。後方の飛空挺に一人、この船に一人落ちた。グライダーを用意してある!! 今がチャンスだ行け!!」 サリが叫んだ。 振り向く暇もなく駆け抜ける。 操縦士を失った飛行機はダレスの飛空挺に突き刺さり爆発炎上。 セレスもその一瞬を逃さなかった。ダレスの手から逃れる。 グライダーに乗ってやって来るバルバに向かって一直線に駆けた。 「セレス!! 跳べ!!」 バルバは片手を伸ばした。 セレスの後方ダレスが銃を構える!! セレスは船縁を蹴った――……。 「ウィム!!」 ――……銃声とセレスの叫びは同時だった。 硝煙が上がる。 腕から血が流れている。 拳銃を取り落としたのは、ダレスだ。船首に仁王立ちしたジルクードが銃を構えている。セレスはしっかりとバルバの腕に抱きかかえられていた。 そして、グライダーは風に煽られて舞い上がった。 「良かった……。無事で……。会いたかった――」 バルバはセレスを引き寄せて万感の想いで抱きしめた。懐かしい匂いを、口付けるようにセレスの髪に顔を埋めた。 「ええ……私も、会いたかった……!! ウィム――……」 こぼれ落ちそうな大きな橙色の瞳がまっすぐとバルバを見つめる。 「……――いいえ、バルバ!!」 「――――……、こんなロマンチックな再会二度とないだろうな……」 バルバは悠揚たる笑みを浮かべた。 しかし、甘い再会はここまでだった。 「バルバ!!」 セレスは叫んだ。仰向けだったからこそすぐに気がついた。 「え?」 グライダーが傾いた。飛行機の爆発で火の粉が移っていたのだ。 このままでは炎と墜落の二重の危険にさらされる!! バルバは迷わずグライダーから手を放した。セレスを覆い隠すように抱きしめる。 「空と海を繋ぎし者よ――……」 「空と大地を渡りし者よ――……」 助かりたいが為に二人は無意識だった。 「兄貴!!」 マグネリオが叫びざま何か投げた。 仰向けになってセレスを抱くバルバには視界に入っていない。ただ無心で唱えた。 セレスとバルバの声が唱和する!! 「覇者の名の下に――」 「願わくば我が肩に金色なる翼を与えよ!!」 「我を包む青銀の外套を与えよ!!」 マグネリオによって空に投げ出された何かが信じられないほどの光を放った。 「!?」 眩いばかりの光の柱が屹立する――……。 <続> |
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