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空のごとく海のごとく
第三章 風は嵐となりて
第三節 再会
「――――……」 「――バルバ……」 ディオーネではなくセレスが言葉を紡いだ。 「セレス!! 何ともないか!?」 「ええ、無事審判は終了しましたね」 あれが無事なのかはバルバにはよく分からなかったが、セレスがそう言うならそうなのだろう。 見つめ合う瞳が重なる。 バルバは深海石ごとセレスを抱きしめた。 深海石を通してお互いの鼓動が繋がる――。 次に目を開いた時、そこは空の上だった。 セレスはバルバの首に腕を回す。バルバもセレスの背と膝に手を回し支えた。ゆっくりと落ちていく。仄かに二人は真珠色の光に包まれていた。 最初に目に飛び込んできたのは、二人の待ちかまえていた姿。凄い形相で仁王立ちしたジルクードと涙目で見上げるマグネリオ。 「このまま戻りたくないな……」 「え?」 「あ、なんでもない」 バルバは慌てて繕った。ちょっと本音が漏れてしまったと言ったらセレスはどんな顔をするだろうか。 吸い寄せられるかのようにジルクード達の待つ甲板に降り立つ。 「お嬢!!」 ジルが駆け寄る。バルバに負けず劣らず抱きしめた。 「ありがとう!! ジル!!」 「サリ!!」 サリが操舵室から出てくるとセレスはサリにも再会の抱擁をする。 「申し訳ありません。天空石は……」 「知っている。地上に散った」 サリは珍しく毒気のない艶やかな笑みを漏らした。 「ならば、私はそれを見つけ出すまでよ」 セレスの手を取り、貴族らしく口づけする。 「何見てんだよ。兄貴。顔怖いぜ」 バルバは声の主へ振り返った――今回最初から最後まで痛い目に合い続けてきたマグネリオだ。 「さては今回の原因は彼女か?」 そう皮肉ると足下に転がってきた目の覚めるような青い石を拾い、振りかぶった。 「役に立ったみたいだな」 ビシッとバルバの手の平に納まる。 深海石は親父から渡された時は濁った青色だったが、今は不純物のない輝きを放っている。 「どこから手に入れた?」 聡い兄貴にしては無粋な質問だ。どうやら兄貴も親父には一枚喰わされたのかもしれない。 「親父から預かった」 マグネリオの緑灰色の瞳は明らかに憤りの色をみせた。 「親父が俺のところに姿現した。本当はここに連れてきて自分で渡させるつもりだったんだけど――……」 曖昧な、何とも歯切れ悪く肩を竦めた。 「逃げられた」 「それで親父の居場所は分からなかったのか?」 「奴は逃げはしても隠れる気ないみたいだぜ」 「というと」 「『最果ての地』にいるからいつでも来いってさ」 訳が分からないとマグネリオは首を振った。けれど、これで自分の役目が終わったと思うと心底、安堵する。感涙してしまう!! マグネリオは感謝の言葉より早く解放されたい。まして今回は死にそうにまでなった。 「ふーん、そうか」 バルバは船縁に近づく。ロングコートの胸ポケットに深海石をしまいながら、ウィリアムが不時着しただろう飛空挺を確認した。それから、楽しくジルクードとおしゃべりしているセレスに歩み寄る。 「そろそろセレス連れてっていいか?」 見せつけるように後ろから抱きしめた。 「!?」 バルバの問いかけはあくまでサリだが、その睨む視線の先はジルクードだ。二度も鳶に油揚げを攫われてはたまらない。バルバは意地悪げに舌を出してみせた。ジルクードは心底嫌そうな顔をしてバルバを睨み付けてくる。 「ああ、約束だからな」 サリが隣でくすくすと笑い出した。 「ジル、諦めろ」 「サリ様!!」 「?」 この場にいて意味が分からないのはセレスだけだ。 「それじゃあな、また会うことがあったら――……」 「ふん、よく言う」 と言いつつも、バルバが差し出した手にサリは自分の手を重ねた。力試しの握手となる。 そして、セレスを眼下の飛空挺に降ろすと、バルバは向き直った。 「マグネット」 「え?」 ニヤリとマグネリオに向けて笑んだ。 「そうそう、パレスリンチの社長――」 「?」 「今日の取締役会でおまえに決まったから」 「…………!?」 バルバは船縁に足をかけ、いつでも飛び移れる準備を整えた。その為に敢えて叔父の着せた濡れ衣を脱ぐ気はなかったのだ。 「だから、叔父の身柄も預かっておいてくれ。サリが要るっていうなら――」 「ああ、私の取引はあの船の荷物だ。あのような醜い置物は要らない」 「それじゃ、あの壊れかけの船でなんとか叔父と二人でよろしく頼む。放置っておくわけにもいかないしな」 当初の計画からバルバはパレスリンチの社長を弟のマグネリオに譲る気であった。 「…………」 「おい、大丈夫か?」 石になってしまったマグネリオの肩をジルクードは心配気にその肩を叩いた。 すると、 「なっ、にーーーーーぃぃぃぃいいい!?」 社長就任の件についてか、壊れた飛空挺で帰るということについてか、はたまたダレスの身柄についての雄叫びか。とにかく寝耳に水だ。 勿論、そんなことは気にしないバルバだ。無邪気には、は、はと笑ってる。 「それじゃ、またなサリ、ダッチ」 「ちょ、っと――待てぇーいぃぃ!!!!!」 マグネリオが猛然と走り寄ってくる。その前にバルバは飛び立った。船縁から飛び降りようと覗き込んだが、飛空挺は遙か下方に――……。常人が飛び降りられる高さではない。 「お、覚えてろよー!! 兄貴!!」 マグネリオは大きく息を吸い込んで吐き出した。その目尻には汗とも涙ともつかぬ雫が今にもはち切れそうだ。 「ウィリー!! 行き先は『最果ての地』だ」 「了解」 ウィリアムは何事もなかったかのようにぽつりと呟き返した。 バルバとセレスを乗せた船は地平線の彼方へと消えていく。 <続> |
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